第31話 王宮へ

お待たせしました! 連載再開です。


『病弱な悪役令嬢ですが、婚約者が過保護すぎて逃げ出したい(私たち犬猿の仲でしたよね!?)』


コミックス2巻、小説1巻、6/5発売されます!

小説2巻も7月上旬発売予定で2ヶ月連続刊行ですのでよろしくお願いいたします!


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 私たちは今、馬車の中にいる。

 そう、私たち、だ。


「なんで僕もこの場にいるわけ?」


 心底わからないという表情で、私の対面に座るエリックがこちらに顔を向けた。


「いや、一人じゃ怖いし……」


 馬車の揺れに身を任せながら、「自動車ってよかったなあ……」としみじみ思う。近場だからよかったけど、そうじゃなかったらこの病弱な身体、乗り物酔いで死んでたかもしれない。

 私は恐怖の紙を握りしめた。

 そう、王宮召喚の便りである。


「だってこれ『至急王宮まで来られたし』しか書いてないんだもん。怖い」


 身に覚えがない。いや、もしかしたらやらかしているのかもしれない……。

 だって私は悪役令嬢。記憶を取り戻したのも最近で、その前までは体調不良のせいで、性格がいいとは言い難かった。

 体調悪いときに王太子に話しかけられたりしたとか……? いや、王太子とまともに話した記憶がないからさすがにそれはないと思う……思いたい。


「僕がいなくても……」


 エリックがスッとこちらに指を差した。


「隣に婚約者がいるじゃないか」


 エリックが指差したのは私ではない。私の隣に座る人物だ。

 そう――ルイス・ハントン。私の婚約者である。


「……何でいるの?」


 そう、なぜかこの男、ちゃっかり私の隣に座っているのである。ちなみに呼んでない。


「俺はフィオナの婚約者だぞ。ついて行くことはおかしくなことではない」


 胸を張ってルイスは答えた。


「……頼んでないんだけど」

「エリックはよくて俺がダメな道理はないだろう」


 どういう理屈だろう、それは。


「一人だと怖いと言うなら、俺がいたほうがいいだろう?」


 それはそうかもしれないけど……。


「それに、急に体調が悪くなったらどうするんだ?」

「そのためにエリックを呼んだんだけど」

「俺がそばにいたら支えられるだろう?」


 人の話を聞いていない。


「俺がいるのが嫌か……?」


 ルイスがちょっとシュンとして訊ねてきた。


「いや! いてくれると心強いけど!」


 慌てて否定するとルイスがホッと胸をなで下ろした。

 別にいてほしくないわけではない。呼び出されて不安だし、人数は多いほうが安心する。

 しかし、ゲームになかった展開だから、ルイスを連れて行って何か起こらないかが少し不安だったのだ。

 いや、ないはずよね? シナリオにこんなのなかったし……変なこと起こらないよね……?

 不安に思っていると、ルイスが私の手をそっと握った。


「大丈夫だ。何かあったら俺がなんとかするから」

「ルイス……」


 私はルイスと見つめあった。なんだろう、前まで私たちはいがみ合っていたのに、今はこうして私の味方になってくれている。


「お二人さん、僕がいること忘れてる?」


 すっかり存在を追い出してしまったエリックが、じとーっとした目でこちらを見ていた。

 私は慌ててルイスから距離を取る。


「わ、忘れてないけど!?」

「ふーん。どうでもいいけど」


 エリックが立ち上がる。そして馬車の扉を開けた。


「着いたよ」


 促されて馬車の外に出ると、そこにはゲームのスチルで見た、美しい城がそびえ立っていた。


「わあ……すごい」


 感嘆の声が漏れる。

 その声を聞き逃さなかったルイスが訊ねた。


「欲しいのか?」

「はい?」


 何のことだかわからず聞き返すと、ルイスは大まじめな顔で言った。


「こういう城が欲しければ作ってやる」


 こういう城が欲しければ作ってやる……?


「それってこれのこと?」


 まさかな、と思いながら王宮を指差したらルイスが頷いた。


「これのことだ」


 私はゆっくり王宮に向き直った。

 さすが一国の王が住むだけあり、壮大で優美な城。見上げてると首が痛くなる高さで、存在感を醸し出している。


「必要ないからと今の屋敷はほどほどの大きさだが、金はあるからいつでもこれぐらい作れる」


 うっ……! 見える……! ルイスの後ろにお金が……!

 さすが仕事が大好きですべて成功しているハントン公爵家の跡取り。スケールが違う。


「い、いい……大丈夫……」

「遠慮しなくても」

「遠慮じゃなくて……こんな大きな家だと落ち着かないから……」


 家の中を歩き回るだけで疲れてしまう。ただでさえ体力ないのに。


「そうか。確かに大きすぎるとフィオナには不便だよな」


 私が謙遜ではなく本気で必要ないと思っていることに納得してくれたようだ。

 ホッとしたのもつかの間、ルイスがこちらに笑顔を向ける。


「そのうちフィオナが過ごしやすいように、今の屋敷を改装するから安心してくれ」

「え……?」


 改装って……あの大きな屋敷を?

 私は先日おばあ様の件で伺ったハントン家を思い出した。我が家より大きく綺麗な屋敷。どこも改装する必要がないような気がする。


「まずフィオナの部屋は日当たりのいい部屋にして、扉もフィオナが開けやすいように軽いものにしよう。フィオナが疲れないように、よく行く食堂や浴室は部屋から近いところにしようか。あと廊下に手すりも付けておいたら急にふらついても安心だよな。それから――」


 バリアフリー?

 病弱だけど、確かに家の中を直すということは考えたことがなかった。実家に帰ったら色々見直してみよう。

 ペラペラと色々話していたルイスが、不意に言葉を止めた。


「フィオナは何か希望はあるか?」

「え?」

「部屋に何か置きたいとか……何か希望あるだろう?」


 希望……。

 私は自分が住む部屋なら、と考えて思いつく。


「窓と扉は一直線上にあるといいな。換気するとき、そのほうが効率がいいの」


 よく窓だけ開ける人もいるが、それは誤りだ。窓と対局線上にある扉、もしくは別の窓を開けておくと、流れを邪魔せず、部屋から不要なホコリや菌などを追い出すことができるのだ。


「そうか。部屋を作るときはそうなるようにするな」

「ありがとう」


 ルイスにお礼を言ったときに、王宮の使用人が現れた。


「お待たせして申し訳ございません。フィオナ・エリオール侯爵令嬢様でお間違えありませんか?」


 使用人に確認され、「そうです」と頷きながら、私は王宮から届いた手紙を渡した。これで私が本物であるということが証明できる。

 使用人は手紙を開いて確認すると、「ありがとうございます」と言いながら、手紙を懐にしまった。


「私は王太子殿下の侍従のアーロンと申します」


 ぺこり、と挨拶される。

 アーロンというキャラはゲームでは紹介された覚えがない。でもゲームのスチルでたまに王太子の後ろに控えるキャラがいた。それがもしかしたらアーロンだったのかもしれない。

 アーロンがルイスとエリックを見る。


「フィオナ様のみ呼ばれたと思うのですが、皆様は……」

「俺は婚約者だ。こちらはフィオナの主治医」

「主治医様……ですか?」


 使用人が怪訝な顔をした。まだどこからどう見ても子供のエリックを見て医者だとは思えないのだろう。


「正真正銘医師免許を持っている医者だよ。ほら」


 エリックは持っていたカバンから医師免許を証明する紙を取り出すと、アーロンにそれを見せた。アーロンはそれを見ると「確かに」と頷いた。


「大変失礼しました」

「いいよ。王宮に得体の知れない人間を入れられないのはわかってるし、慣れてるから」


 エリックは医者かどうか疑われることが多いから、医師免許の証明書を持ち歩いているのだろう。


「案内いたします。こちらへ」


 アーロンに促されて後に続く。

 歩きながらドキドキしてきた。何を言われるんだろう。私本当にやらかしてないかな?

 不安になりながらアーロンの後ろを歩く。なぜ王宮というのはこんなに広いのだろうか。この長い廊下は必要あるのか? 王族なんて数人しかいないのにこんな広さが必要なのか? 

 要らぬことをつらつら考えている間に、アーロンが立ち止まる。そこは大きな扉の前だった。


 嫌な予感しかしない。


 こんな大きな扉の前だなんて、「ちょっと応接室でお話しようか?」とかのレベルじゃない。のんびりお茶飲みながら話するやつじゃない。これガチなやつだ。


「陛下がお待ちです」


 やめて開けないで。

 心の中で懇願するが、アーロンはその大きな扉を開けた。

 ゆっくりと扉が開いていき、ついに前回になったとき、扉の先にいたのは、国王陛下と王太子殿下。そして宰相と宰相候補と、次期騎士団長だった。


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