第30話 アクシデント!



「泣けた……」


 人間とはなかなか現金なもので、あれだけ集中できないと言っていたのに、いざ見始めたら真剣に見てしまった。

 まさかの感動ストーリーで最後は泣いてしまった。


「フィオーネ生きててよかった……」


 倒れたときはどうしようかと思ったけどルイのおかげで間に合ってよかった。お医者さんのエリーも素敵だった。


「楽しかったか?」


 ルイスに訊ねられて私はハンカチで涙を拭いながら頷いた。


「よかった。とてもよかった……」

「そうか。夜なべして書いたかいがあったよ」


 ルイスの言葉に私は私は瞬きした。


「え? 書いたの? ルイスが?」

「ああ。フィオナが喜んでくれるように」


 さ、才能の無駄遣い……


 顔も良くて、頭も良くて、経営手腕もあり、家柄も良く、さらに物語を作る才能まであるのか……

 天は二物も三物も与えすぎである。


 逆に弱点ってなんだろう。7歳からの仲なのに知らない。

 というより、あまりルイスのこと知らないかもしれない。

 ゲームで知ってることはあるけど、現実のルイスについては、仲が悪かったから知ろうともしなかった。


「……私、もしかして最低なんじゃ……」


 婚約者のことを知ろうともせず、不機嫌な態度を取っていたのに、それでいて結婚してもらう気満々だった。

 普通に考えても失礼な女である。

 ゲームのフィオナほどでないとしても、嫌なやつだったことは否めない。


「さ、行こうか」


 私が反省していると、ルイスが手を差し伸べてくれた。私はその手を取って席から立ち上がる。


「この後だが、街を少し歩かないか?」


 出口に向かいながらルイスが提案した。


「フィオナは身体が弱かったから、外出もあまりしてこなかっただろう? 街歩きの経験もないんじゃないか?」


 ルイスに言われて初めて気付いた。


 私は人生のほとんどを家の中で過ごしている。


 幼い頃から病弱だったから、出かけるとしてもルイスの家か、参加しなければいけないパーティーぐらいで、それ以外は家に閉じこもっていた。


 当然街など行ったことがない。

 病弱な私が、人の多い街に行くことなどできなかったのだ。


 しかし、今は違う。

 昔なら少し歩いただけでくたびれてしまったが、最近は健康に気を配ったおかげで体力も付いてきた。

 今ならきっと大丈夫だ。


「行きたい!」

「よし。じゃあ劇場を出たら馬車に乗らないで、そのまま少し歩こう」


 劇場から出ると、ルイスは御者に何か指示を出した。そして戻ってくると私の手を握った。


「じゃあ行こうか」


 さっきのエスコートのための手繋ぎではない。これはデートとしての手繋ぎだ。

 私はドキドキしながらもその手を振り払わなかった。

 そして別の意味でもドキドキしていた。

 初めて見る景色。感じる街の活気。行き交う人々の姿。

 どれも初めてのもので、私は興奮が隠せなかった。


「わあ~! すごい!」


 ベッドに横になりながら想像したことはあったが、本物の街はそれをさらに上回っていた。


「どこか行きたいところはあるか?」

「えーっと……」


 どこに何があるのかわからない。行きたいところばかりだが、全部見ていたら時間と私の体力が足りないだろう。


「とりあえず何か食べよう。2つもらえるか?」


 前半は私に、後半は目の前にある屋台の店主に言った。


「はいよ。味は何にする?」


 屋台はアイスクリーム屋だった。バニラ、チョコ、イチゴの3種類があった。


「じゃあイチゴを」

「俺はチョコを」

「了解!」


 屋台の店主は手際よくアイスをすくい取るとコーンの上にのせていく。


「はい!」

「ありがとうございます!」


 アイスを受け取ると、私とルイスはアイス屋の近くにあった広場に行き、噴水の縁に腰掛けた。


「いただきます」


 私は備え付けられていたスプーンでアイスをすくい、口に含んだ。


「……おいしい!」


 イチゴの酸味とアイスの甘さが合わさって、とてもおいしかった。

 そういえば、こうした前世で気軽に食べられたジャンクフード的なものを、今世で食べたのは、初めてかもしれない。

 家のシェフは本格的な料理しかしないし、私も健康のことばかり考えていたからこうしたものは作らなかった。

 久々に味わう懐かしい味に舌鼓を打った。


「アイスは好きか?」

「もちろん」


 アイスが嫌いな人間などそうそういない。類に漏れず私もそうだった。

 ああ、地道に体力つけてよかった……こんな小さな喜びも知らずに生きていくところだった。


「他に何か食べたいものはあるか? といっても、フィオナの好みの健康食はこういうところではないかもしれないが……」


 ルイスが申し訳なさそうな顔をした。


「ううん! こういうところは身体に悪いとか考えないで食べたいもの食べるのが醍醐味でしょう!」


 屋台とか身体のことを考えたら避けた方がいいものばかりだ。しかし、おいしくて、そのときしか食べられない特別感……それを味わい感じて楽しむことに価値があるのだ。


「確かに健康は大切だけど、無理しすぎてストレス溜めるのも身体によくないもの。こういうときは遠慮しないと決めているのよ」


 自由に好きなものを食べることも生きる上で大切なことだ。

 人間は味覚を持って生まれてきているのだから。

 ストレスを溜めることこそ万病の元だからね!


「というわけで、あのお店も気になるんだけど」


 私は麺焼きの屋台を指さした。

 雰囲気からして、焼きそばっぽい。近所の夏祭りを思い出して懐かしくなる。


「ああ。好きなだけ回るといい」


 ルイスは笑って私の望むままにお店を回ってくれた。

 まさか食べ歩きができるとは思ってもいなかった。

 好きなものを見て、好きなものを食べて。

 久しぶりに自由に楽しめて、私も笑顔で過ごすことができた。




◇◇◇




「送ってくれてありがとう。でも門の前までで大丈夫よ?」

「いや、きちんと最後まで責任持って送らないと」


 私がいいと言うのにルイスは譲らなかった。

 ルイスは門から家の前まで一緒に歩いている。


「こういうことはしっかりしないと、ご両親からの信頼が得られない」

「そんなことないと思うけど」

「いいや、今までのことがある」


 ルイスが首を横に振った。


「俺はいい婚約者ではなかった。少しでも名誉挽回しなければ」


 ルイスは私のことを誤解して私に冷たい態度を取っていた。当然家族もそのことを知っている。


「特に君のお兄さんなんか俺を射殺さんばかりの目で見てきていたからな……」

「き、気のせいじゃ……」


 と言いたいが、あの兄なら有り得る。

 少々私への愛が重いのだ。


「お土産も買ったし、大丈夫よ」


 私は屋台で買ったものが入った袋を掲げて見せた。


「これできっとお兄様の機嫌も……」

「フィオナアアアアア!!」


 開けようと手をかけた扉から兄が飛び出してきた。そのまま私に抱きつく。


「きゃーーー!! 何!? ちょっとやめてよ鬱陶しい!」

「兄に向かってなんてこと言うんだ!? お兄ちゃんはこんなにフィオナを愛してるのに!」

「それが鬱陶しいの!」

「うう……これが思春期……」


 思春期とか一切関係なく、いきなり抱きついてくる兄弟など鬱陶しいに決まっている。

 兄は悲しそうにしながら私から離れた。


「そうじゃなくてフィオナ! お前何をしたんだ!?」

「え? しばらく何もしてないけど……」


 記憶を取り戻してからは大人しくしている。今日のお出かけでも何も問題なく過ごしたはずだ。

 兄に遅れて母も父も玄関前にやってきた。2人とも顔色が悪い。


「嘘をつけ! じゃあどうして……」


 兄がピッと私の目の前に手紙を突きつけた。


「どうして王家から手紙が来るんだ!?」

「……王家?」


 私は兄から手紙を受け取った。

 そこには王家の紋章が刻まれていた。これを使えるのは当然王家のみ。


 つまり、これは正真正銘、王家からの手紙。


 そして宛名は私。

 そう、間違いなく、『フィオナ・エリオール』と書いてある。


 私は恐る恐る中身を開ける。



『フィオナ・エリオール殿


 至急王宮まで来られたし』



「は?」


 それは誰がどう見てもわかる、呼び出しの手紙だった。


 呼び出し、誰が? 王家が。

 誰を? 私を。

 私を?


 なんで!?


「どういうこと~~~~~~!?」


 屋敷の中で私の声が響き渡った。



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