第29話 初デート
――変じゃないかな?
私はドキドキしながらルイスが来るのを待っていた。
ナタリーさんに作ってもらったワンピースと靴。そしてアクセサリーを身にまとい、落ち着かない気持ちで紅茶を飲む。
「ルイス様がいらっしゃいました」
カチャン!!
来訪を知らせてくれたアンネに驚いてティーカップを手から危うく落としそうになった。
私は何にもなかったように装いながらティーカップをテーブルに戻した。
「今行くわ」
「お嬢様」
アンネが残念なものを見る目で私を見た。
「そんなに落ち着かないで……それだけデートが楽しみなんですね」
「そ、そんなことないわ! ちょっとアンネがいきなり話しかけてきたから驚いただけよ!」
「声をかけられるだけで動揺するほど緊張していると」
「アンネ」
「冗談です」
まったく。昔からアンネは笑えない冗談を言う。
私はアンネを連れて玄関ホールへ向かった。
到着すると、そこにはルイスが立っていた。
「お待たせ」
私はドキドキしながらルイスのそばに行く。
なんだろう、デートだと意識しているからだろうか。ルイスがいつもの5割増しでかっこよく見える。
ルイスはじっと私を見た。
「へ、変……?」
無反応のルイスに不安になってくる。
もしやナタリーさんの営業トークに乗せられただけで実は似合っていないのだろうか……?
「やっぱり着替えてくる……」
新調したドレスのほうを着てこよう。ドレス姿なら見慣れているから少なくとも変ではないはずだ。
「待ってくれ!」
私が踵を返すと、ガシリと肩を掴まれた。
振り返ると、顔を真っ赤にしたルイスと目が合った。
ルイスは私の肩から手を離すと、珍しく動揺を隠せないまま口を開いた。
「違うんだ……その、フィオナが可愛すぎて……」
「え?」
可愛い……?
ルイスの言った可愛いがじわじわと胸に沁みる。
ルイスから見て、ちゃんと私は可愛く見えているらしいことに嬉しくなった。
「その服、すごく似合ってる」
「ドレス姿じゃないんだけど……」
「ドレスじゃなくても可愛いよ」
また可愛いと言われて、今度は照れの気持ちも出てきた。
嬉しいはずのなのに恥ずかしい。なんだろう、この気持ちは。
「その姿ならドレスより楽か?」
「うん、とても。ありがとう、ルイス」
この服を作れるように手配してくれたのはルイスだ。
私は素直にルイスにお礼を言う。
少し前までの私とルイスの関係だったらそんなこと言えなかっただろう。
「じゃあ行こうか」
「うん」
私はルイスに連れられながら家を出た。
玄関の扉が閉まる瞬間、アンネが手を振っているのが見えた。
◇◇◇
馬車を降りて到着したのは、劇場だった。
「ここなら座って見れるし、フィオナも無理しないでいられるだろう」
私の体調を考慮したデート場所だったようだ。
中に入ると中年の男性が寄ってきた。
「これはこれは、ハントン子息殿! お待ちしておりました」
男性がぺこりと頭を下げる。
「フィオナ、この劇場のオーナーだ」
小太りのオーナーはハンカチで汗を拭く。
「初めまして。ハントン子息殿の婚約者のフィオナ様でございますね。お話は伺っております」
オーナーはスッと手を劇場の入口に向ける。
「さあ、こちらへ」
オーナーに案内された方向に足を進める。専用通路なのか、途中で誰かにすれ違うこともなかった。
到着したのは、大きな専用鑑賞席だった。
「では、ごゆっくりお寛ぎください」
オーナーは扉を閉めて去っていった。
「すごいわね」
劇場には貴族や富豪の専用鑑賞席はあるものだが、それにしても広い。
「うちが経営している劇場だからな。ハントン家用として、他より大きな専用席を作らせたんだ」
ハントン家用の席なのね!
改めてハントン家の力を思い知った。父から「ハントン家がこの国の経済を回している」と聞いたことがあるが、私が婚約を嫌がらないために大袈裟に言っているのだろうと聞き流していたが、この様子では本当のことなのだろう。
「フィオナ、ここに座って」
ルイスに促され座った席は、ふかふかで、これなら長時間座っても疲れないだろうと思える見事な作りだった。
ルイスはそっと私の膝にひざ掛けを掛けてくれる。
「観劇中体調が悪くなったら言ってくれ」
「あ、ありがとう……」
ルイスのおばあ様を治してからルイスがやたら優しい。
私が病弱だと言ったことを理解してくれたことと、おばあ様への恩があるからだろうけど……なんだろう。とてもとても……むず痒い!
優しくされるのは嬉しいけどどう反応していいかわからない。変な反応をしてないだろうか。
ルイスが気を悪くしてないかな、と様子を窺うと、ルイスは優しくこっちを見ていた。
「か、劇始まったね……」
「そうだな」
「……」
「……」
「あの……」
「なんだ?」
「ずっとこっち見てるの?」
劇が開幕したというのに、ルイスは劇には目もくれずじっと私を見ていた。
なぜ。ここは劇を見るための席なのに。
「俺のために着飾ったフィオナを見るのは貴重だから、一緒にいる間ずっと見ておかないと損だろう」
サラッとルイスが言う。
どうしてそういう台詞を照れずに言えるの!? そんな甘い言葉ホイホイ吐く人じゃなかったじゃない!
今までは私と仲違いしてたから言わなかったの?
いや、それにしても対応が変わりすぎでしょう!
もっと段階踏んでくれないと、私どうしたらいいかわからない!
言っておくけど私学生の頃は苦学生だったし、社会人になったらうっかりブラック企業入っちゃって社畜してたんだから、まったく恋愛経験ないんだからね!
甘い言葉をサラリと躱すようなスキル持ってないのよ!
「せ、せっかく劇に来たんだから見ないともったいないじゃない」
「劇はいつでも見れる。だがデート中のフィオナを見れる機会は限られているからな」
ダメ! 口で勝てない!
これ以上口を開くと墓穴を掘りそうで、私はルイスから顔を逸らして劇を見ることにした。
劇の内容はオーソドックスな恋愛もの。犬猿の仲の婚約者がお互いの気持ちのすれ違いに気付くというものだ。
……私たちの関係に重なる部分が多々あるんだけど、これはまさかわざわざこれを公演するように指示出してないわよね、ルイス?
ヒロインの名前がフィオーネ、ヒーローの名前がルイなんだけど私たちと名前が似てるのはわざとじゃないわよね、ルイス?
劇にも集中できず、ルイスを見ることもできず、落ち着かないまま時間が過ぎていった。
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昨日10/6に私の新刊
『「好きです」と伝え続けた私の365日』
発売されました!
きっと2度読みたくなる物語。
よければお手に取っていただけると嬉しいです!
詳細は10/6の近況ノートをお読みください。
よろしくお願いいたします!
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