第50話 褒められるフィオナ
「すごいぞ! 学校はもちろんのこと、孤児院や病院でも一気に環境が良くなったと報告が上がっている!」
ジェレミー殿下が興奮した様子で教えてくれた。
「病院の患者の回復力が大幅に上がっています。また、成長が芳しくなかった孤児院の子どもの身長が伸び始めたそうです」
サディアスがジェレミー殿下の報告を補足してくれる。
「よかった。どこも順調そうですね」
専門家でないので不安もあったが、うまくいっているようで安心した。
「うまくいってないと言えば一つだけですね」
「え!? どれです!? どれがダメでした!?」
何か間違えてしまっただろうか。不安になる私にサディアスが深くため息を吐いた。
「ニックの運動授業が」
「なんでみんなついてきてくれないんだー!」
あ……。
嘆き悲しむニックを見て、思わず私はルイスと顔を見合わせてしまった。
「ちなみにどんな授業を?」
「校庭百周と腕立て五百回とか」
「ひいっ」
あまりのことに声が出てしまった。なんだその授業は。罰ゲームだろうか。
それはおそらく超強豪運動部とか、軍隊とかがやる筋トレだ。一般生徒がやるものではない。
「それじゃダメよニック……みんなあなたみたいな筋肉ダルマじゃないんだから……」
「何でだ!? 筋肉ダルマじゃない彼らが、この特訓で筋肉ダルマになれるんだぞ!?」
筋肉ダルマになることがさも嬉しいことのように言われたが、大事なことなので訂正する。
「ニック、残念ながら、この世には筋肉をつけることに興味がない人や、むしろ運動が大嫌いな人もいるのよ。そんな人たちにその授業はキツすぎるわ」
というか、特訓と言ってるじゃない。これは授業なんだって! 特訓じゃないんだって!
「な、なんだってッ!?」
ニックは心底驚いていた。そして震える声で言った。
「じゃあ……みんな……筋肉はどうつけるんだ……?」
「普通の人はわざわざ意識して筋肉をつけないのよ。階段を昇り降りしたりとか、日常の動作で筋肉がついていくの」
「そ、そんな貧弱な筋肉でみんな生きているのか!?」
衝撃のあまりニックが身体をよろめかせた。可哀想な現実を教えてしまうけど、みんな筋肉にそこまで固執してないのよ、ニック……。
しかし、ニックのように、筋肉に重きを置いている人間も少なからずいるだろう。授業を受けている人の中には、肉体労働を生業にしている人間もいるはずだし……。
「騎士になりたい人もいるだろうし、ニックは騎士だから武術を教えられるわよね? メインをそれにして、そのためには体力をつけなきゃいけないから、筋トレも授業に取り入れてもいいと思うわ」
「! だよな! 筋トレは必要だよな!」
水を得た魚のように元気になったニックに、私は釘を刺す。
「ただし、常識の範囲内で」
「え?」
「校庭は十周、腕立て伏せはせいぜい多くて五十回ぐらいかしらね」
「そんなに減らすのか!?」
ショックを受けているが、素人に腕立て伏せ五百回やらせたの、相当鬼畜だからね、ニック……。
自分の考えとかけ離れているのか、ニックが呆然としているので、もう一つ考えたことを伝えてあげる。
「でも中にはニックのような人もいるかもしれない」
呆然としていたニックがバッとこちらを向いた。
「そうした人には放課後に特別メニューを受ける権利をあげたらどう? ニックも満足できるメニューを」
ニックがパアッと顔を明るくした。
「うおー! 俺のような筋肉好きを増やすぞ!」
「放課後メニューは筋トレ以外にも、武術特訓のメニューも入れるのを忘れないでね。筋肉に固執しないこと!」
「わかった! 任せておけ! すぐに新たな授業内容をまとめてくる!」
ニックが元気に部屋から飛び出して行った。
任せておいたらあんな筋肉ダルマメニューになったんだけど、また彼にメニューを作らせて本当に大丈夫だろうか……。
「話の腰を折られてしまったが……」
ジェレミー殿下がコホンと咳をして話を戻した。
「君の功績を称えて、パーティーをしようと思う」
「パーティー?」
「ああ。君がしたのはすごいことなんだよ、フィオナ嬢」
ジェレミー殿下がこちらに笑顔を向ける。
「君を表彰して、爵位を与えて、国所有の土地を分け与えようと思うんだが」
「待って待って待って待ってください」
何をどうしてどうしようとしてると今おっしゃいました?
「君を表彰して、爵位を与えて、国所有の土地を分け与えようと思うんだが」
一字一句間違いなく同じ言葉を繰り返したジェレミー殿下は、相変わらず爽やかな笑顔をこちらに向けている。
事の重大さがわかっているのだろうか。
「しゃ、爵位なんてそんな大それたものを貰う訳には」
「子爵位を与えようと思うんだが低いだろうか?」
違うそういうことじゃない。爵位が低すぎると思ってるんじゃない。
「確かに低いが、あまり高いと要らぬ義務も発生してしまうし、子爵位ぐらいが泊をつけるのにちょうどいいかと思ったんだが」
「いえ、本当にそういったお気遣いは必要なくてですね……」
どう説明しようか。ひとまず、すでにもらったものがあることを伝えておこう。
「すでに仕事としてお金も頂いておりますし、余計に何か貰うなど、できません」
「いや、あんな金額で済むレベルのことではないんだよ、フィオナ嬢」
「その通りです」
サディアスがジェレミー殿下に代わり説明してくれる。
「学校を作ったことで、この先国の経済が発展する見通しができています。現に字を覚え始めた国民が、前の給金の倍で働くことが出来、雇う側も難しい仕事を任せることができるようになったと喜んでいます。病院の見直しをしたことで、五体満足で退院出来る患者も増えた。孤児院を立て直したおかげで、子どもたちも健やかに成長できる」
サディアスが私に一歩近づいた。
「あなたがしたのは革命なんですよ、フィオナ嬢」
サディアスに言われて、私は自分のしたことが、想像以上に大きな影響を与えたことに気付いた。
前世の記憶がある私からしたら当たり前のことで、ちょっとしたお手伝いのつもりだった。
でも違った。この国の人々の暮らしの根底を揺るがすようなことだったんだ。
「爵位ぐらいはもらっておかないと、みんな納得しないだろうな」
ルイスがトドメの一言を放った。
爵位……もし断罪される流れになって、逃げるときに足枷になる可能性を考えるとないほうがいいんだけど……もう断れないわよね、これは。
「……謹んでお受けしたいと思います」
よし、わかった。貰えるものは貰っておこう。 土地も貰ったら野菜育てたり店開いたり何か出来るし……領民がいる土地だったら領民と一緒に何か商売や開発できるかも知れないわね。爵位も義務が発生しない泊を付けるための爵位らしいし。
「よかった。パーティーも盛大にするから、ぜひ楽しんでくれ」
ジェレミー殿下がホッとした様子で言った。
ありがたいけど、楽しめるかなパーティー。疲れるからあまり楽しめたことがないのよね……あ、そうだ!
「一つお願いがあるのですが」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます