第51話 授与式前
「一つお願いがあるのですが」
「何だい?」
とても大事なことだ。
「表彰とかは巻きでお願いします」
「え?」
「お願いします。パーティーの最後までいられる自信がないので」
今までほとんどのパーティーは途中で抜けている。ヒールで長時間立っているのも辛いし、愛想笑いも疲れる。体力をとてつもなく消耗するので、私には厳しいのだ。
おかげで私の評判は悪いけど、パーティー主催者もいきなり参加者が倒れても困るだろうし、やっぱり限界の前に去るのが正解よね。
「ああ。そうだよな。わかった。なるべく簡易式にして早く終わるようにしよう。もちろんパーティーは途中で帰っても構わない」
「ありがとうございます」
受け入れてもらえて、私はぺこりと頭を下げる。爵位の授与や、表彰を巻きでしてほしいなど、不敬な発言と受け止められる可能性があったが、ジェレミー殿下はこちらを考慮してくれた。
「もしパーティー中、辛かったらすぐに教えてくれ。できる限りのことを――」
「俺が常にそばにいるから大丈夫です」
ジェレミー殿下の言葉をルイスが遮った。
「俺が常にそばにいるから大丈夫です」
「二回言うなよ……わかったわかった」
ジェレミー殿下がため息を吐いてこちらを向いた。
「ちょっとフィオナ嬢を気にかけるだけで嫉妬とは……大変だなフィオナ嬢」
「え?」
嫉妬?
ルイスを見ると、ルイスはにこりとこちらに微笑んだ。
「嫉妬だなんて……フィオナはすでに俺のなのに嫉妬するはずないじゃないですか」
「いや、まだ婚約者だろ。お前のじゃないだろ」
「何か言いました? 殿下なんてそんな余裕かましてる時間あるんですか? まだ婚約もできてないのに?」
「お、お前なぁ……」
「大体本当ならフィオナはこんな大変なことさせないで真綿にくるんでおきたかったのに」
「本音が漏れてるぞ」
この二人って結構仲良しよね。ゲームではそんなに関わりなかったけど、やっぱり現実では幼い頃から関わりあったのかな? 公爵家嫡男と王太子殿下だもんね。
「まったく心の狭い男ですね」
二人のやりとりを見ていたサディアスがいつの間にか私の隣に来ていた。
「その点私ならあなたのしたいことをさせて、あなたを籠に押し込めたりしません」
「? そ、そうなの?」
「ええ。だからあの男よりあなたを尊重して――」
「油断も隙もあったもんじゃないな」
私とサディアスの間にスッとルイスが入ってきた。さっきまでジェレミー殿下といがみ合ってたのに、いつの間にこちらに来たのだろう。
「フィオナは俺の婚約者だと何度言ったらわかる?」
「威張るのは結婚してからにしたらいかがですか?」
バチバチバチと睨み合うルイスとサディアス。この二人、どうしてこんなに仲悪いんだろう。
それにしてもパーティーかあ。
私は前回のパーティーを思い出していた。赤い髪の美女に絡まれたあのパーティーを。
……今回はジェレミー殿下もいるはずだし、大丈夫よね……?
せっかく私が主役だから、程々に楽しもう。
◇◇◇
「美しいですわ、フィオナ様」
ナタリーさんがパチパチと手を叩く。
私はナタリーさん手製のドレスに身を包みながら、ため息を吐いた。
「すでにドレスはいくつも作ってもらったのに、また新しく作るなんて」
「何をおっしゃいます。今日はフィオナ様がメインのパーティーなんですから、当然ですわ」
「そうです。今日はどのご令嬢よりも美しくないといけないのですから」
ナタリーさんとアンネに立て続けに言われたら納得するしかない。
前世の記憶から私の庶民感覚が抜けないから、もったいないなあ、と思ってしまうけど、今はその気持ちを捨てないと。
二人の言う通り、私のパーティーなんだから。
そう、今日は私の爵位授与式と今までの働きを労うパーティーを合わせたものになるらしい。
注目されるのか……嫌だなぁ。だって私は目立つの苦手な元日本人だもの……。
憂鬱な気分でいると、部屋がノックされる。
「準備はできたか?」
ルイスが私の部屋に入ってきた。
ルイスも私と一緒に行くから服装を合わせている。色もドレスに使われている宝石や、アクセサリーなどの色やデザインもルイスとおそろいだ。
おそろいの必要あった? 一緒にパーティーに参加することは多々あったけど、いつもはわざわざ服装を合わせることなかったわよね?
言いたいことはあるけど、この衣装のお金を出してくれたのもルイスだ。そうでなければナタリーさんのドレスを着るなど私にはできない。
ルイスは私をじっと見ると、ふわりと笑った。
「うん。綺麗だフィオナ」
「あ、ありがとう……」
褒められて少し照れてしまう。お世辞だとしてもやはり嬉しいものだ。
「にゃあーん」
「ルビー」
ルビーが私の足元に寄ってきた。まるで「私も連れて行って!」と言っている円な瞳に、私はルビーを抱き上げた。
「今日は大事なところに行くからダメなのよ。おうちで遊んでてね」
「にゃーん……」
不服そうなルビーも可愛い。鼻を触っていると、扉がバーンと開いた。
兄だった。
「見つけた!」
ハアハア荒い息を吐きながら、兄は私が抱いてるルビーに近づいた。
そして口を近づける。
「ルビーちゃん! こっちにおいで!」
ルビーの全身の毛が逆立つのがわかった。
ルビーがババババ! と前足で兄の顔を引っ掻く。「ぎゃあああああ!」と兄が叫んで顔を覆った。
「お、お兄様……?」
心配になって声をかけるが、兄は引っ掻き傷まみれの顔をしながらも、とろけるような笑みを浮かべていた。
「えへ、えへへへ、肉球少し当たっちゃった」
肉球どころか爪が当たっている。
ルビーの毛が再び逆立ったのがわかった。
「大丈夫だよ。ルビー」
兄が自分の顔を触った。
「これも愛だってわかるから」
ついに私も全身の毛が逆立った。
ルビーは私以上に寒気を感じたのか、私の手から逃れ、スタタタタッと走り去ってしまった。
「待ってルビーーーー!! あ! フィオナ綺麗だね」
「あ、ありがとうございます」
「また後で! ルビィィィ!」
兄はルビーを追いかけて行ってしまった。
「お兄様があんなに猫好きだとは思わなかったわ……」
「ちょっと引くレベルだな……」
ルイスも私と同じく引いた様子で、首筋に鳥肌が立っていた。
……この後私の爵位授与のパーティーだから、家族として当然兄も参加する予定なんだけど……あの蚯蚓脹れの顔で行くのかしら……。
貴重な兄の長所である顔が台無しだけど、本人は幸せそうだったな……。
ルビーが無事に逃げ切ることを祈っていたら、ポンと肩を叩かれた。アンネだ。
「何? アンネ」
「お嬢様。これから大切なことを言います」
「うん?」
アンネは私の肩に置いている手に力を入れて言った。
「出発直前に猫を抱っこしないようにお願いします。毛が付きます」
「あ……」
さっきまで私がルビーを抱っこしていた箇所には毛がべったり付いていた。
「ごめんなさい……」
私は素直に頭を下げた。
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