第71話 カミラのプレゼント
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
カミラが美しいカーテシーをして出迎えてくれた。さすが洗練された所作。未来の王太子妃は違う。
「お招きいただきありがとうございます」
私もカーテシーを返す。
今日はカミラ主催のお茶会の日だ。あのときはカミラも私に対して冷たかったが、今は優しく接してくれている。
席に向かうと、すでに他の三人は集まっていた。三人は私を見ると、バッと席を立ち上がり、頭を下げた。
「「「申し訳ありませんでした!」」」
「あ……え?」
突然の謝罪に困惑すると、カミラが状況を説明してくれた。
「三人とも、フィオナ様に謝罪がしたいと仰って、今回のお茶会を開いたのです」
なるほど。おそらくカミラが私のことは誤解だったと三人に伝えたのだろう。そして、そのときの話の流れから、カミラに対して負の感情を抱いていないこともきっと察したのだ。
そうなれば、カミラと友人になるかもしれない、次期公爵夫人である私に嫌われるのは避けたい、というところだろうか。
「私たち、カミラ様の敵だと思ってしまって……」
「私たちにとって、カミラ様はとても大切な存在だから、カミラ様を悲しませるフィオナ様が許せなくて……」
「とても失礼なことを言ってしまったことはわかります。フィオナ様の事情も知らずに……本当に申し訳ありませんでした」
「「申し訳ありませんでした」」
一人の謝罪に、他の二人も頭を下げる。
プルプル震えている子たちに、酷いことをしようという気にはなれない。
それに、彼女たちのことはカードをもらうまでは忘れていたほどで、私は彼女たちの行動にそこまで傷付いてはいなかった。
「頭を上げてください」
彼女たちは泣きそうな顔をこちらに見せた。その様子から深い後悔が窺える。彼女たちはカミラを守りたかっただけだ。
「気にしていません。だから、あなたたちも気にしないでください」
「でも……」
「それだけカミラ様が大切だったのでしょう。カミラ様を思っての言葉でしょうから、私は恨んでいませんよ」
本心からの言葉に、三人はジーンと感極まった様子で先程とは違う理由で涙ぐんでいた。
「フィオナ様、なんとお優しい……」
「こんな方に暴言を吐いた自分が恥ずかしい……」
「これからは何があってもフィオナ様の味方ですから!」
三人は前とは違い、キラキラした瞳で私を見る。まるでカミラに向けるような視線に、私はたじろいでしまった。その様子を見ていたカミラがパンパンと手を打ち鳴らした。
「ほら、皆さん。席に着きましょう。身体の弱いフィオナ様を立たせたままではいけません」
「あ、そうですね! ごめんなさい!」
カミラに促されながら、みんな着席した。
「この間はごめんなさい。きちんとした謝罪もできず……」
「いえ、もう謝罪はいただきました」
正直カミラの謝罪より、ジェレミー殿下の秘密のほうのインパクトが強すぎて、謝罪どころではなかった。
ここにいる人は知ってるのか? とカミラに目配せすると、口の前で人差し指を立てられた。ジェレミー殿下の趣味は、この三人にも秘密らしい。絶対に秘密にしたほうがいいと私も思うので、カミラに頷いて口にしない意志を伝えると、カミラはホッとした様子で息を吐いた。
「ところで、中に入ってくるまでに一悶着あった様子でしたが……」
「あ、ああ……いえ……」
その場にカミラはいなかったのに伝わっているとは。この家の使用人は報連相がちゃんとしてるな、と思いながら口を開いた。
「その……ルイスが自分も参加すると聞かなくて……」
一瞬この空間の時が止まった。
「この会に、参加、ですか……?」
カミラが戸惑っている。わかる。私も同じく戸惑ったから。
「今日は女性だけのお茶会だと説明したのですが……なかなか聞く耳を持ってくれず……」
「それは……まあ……なぜ、ルイス様は参加したかったのでしょう?」
「それは……その……」
私は言いにくかったが答えた。
「私が心配だと……」
「え?」
「またいつ倒れるかわからないので、中まで一緒に行くと聞かなくて……」
カミラが申し訳なさそうな顔をする。
「それは……わたくしのせいですわね……ごめんなさい……」
「いえ! 違うんです違うんです!」
実際は合っているが、私は必死に否定した。ルイスが過保護になったきっかけはカミラであったが、その前兆のようなものは、前からあったのだ。
「あれだけが原因ではないので」
「でも申し訳ないですわ。……そうだ!」
カミラが閃いた! という様子でメイドに指示を出すと、すぐにメイドは何かをお盆に載せて戻ってきた。そしてそれを私に差し出す。
「これは?」
「今人気の劇団の試写会チケットです。新作の演目のものなのですが、フィオナ様に差し上げます」
「え!? そんな貴重なものを!?」
この世界には娯楽が多くはない。その中で大人気の娯楽は観劇だ。当然試写会の抽選などの倍率は高く、手に入れるのは苦労するはず。
「いいんですか?」
「ええ。ぜひもらってください」
「ありがとうございます!」
カミラの同意を得て、私はチケットを受け取った。
観劇なら席に座っていられるから、私も助かる。
「ぜひ楽しいデートにしてくださいね」
「……え? デート?」
「それ、二名分なんです」
言われてチケットを確認すると、確かにそこには『二名』の明記があった。
「ぜひルイス様と行ってきてください」
「え、でも……」
ルイス過保護になっちゃうから……。別にルイスとでなくても、アリスと行っても……見るかな? アリス。劇が演じられている間、じっとしていられるかな……。
「私はジェレミー殿下と結ばれました。今とっても幸せで……」
カミラは曇りなき眼で言った。
「ぜひフィオナ様にも幸せになっていただきたくて」
そう言うカミラは、今までのキリッとしたご令嬢ではなく、幸福を享受する乙女だった。
カミラは純粋に私の幸せを願ってくれているのだろう。カミラにとって恋した相手と両想いになるのはこの上ない幸せなのだ。
その好意を無下にはできない。
「ありがとうございます。ルイスと行かせていただきます」
「まだ両想いになっていない二人にピッタリの演目ですのよ」
「……そうなんですね」
ルイスと恋愛ものを見るのか。大丈夫かな、気まずくなれないかな。前ルイスと一緒に見に行ったことあるけど、あのときのものも恋愛ものではあったけど、相手にドキドキするより、感動のほうが上回った。ルイスの脚本がよかったのだ。
まさかこれもルイスが書いてないわよね?
確認すると、ルイスの経営するところとは違う劇場だった。よかった、今回は私とルイスがキャラクターとして使われていることはなさそう。
「楽しみです」
私はチケットを手にして微笑んだ。
◇◇◇
「フィオナ、大丈夫か?」
お茶会が終わり、カミラの家から出ると、ルイスがサッと私に近寄った。
私は「本当にいる……」と言いたげなカミラの取り巻き三人組に笑顔で手を振った。三人も心得ているようで、余計なことは言わずに手を振ってその場を去ってくれた。さすがカミラのそばに侍っているだけある。空気が読める人たちだ。
「気疲れしてないか? 今日はボルフィレ家の庭でのお茶会だったから冷えたのでは? 甘いもので気分は悪くないか?」
ルイスが私の周りをグルグルして大丈夫か確認してくる。
「大丈夫よ。カミラ様がいるんだから、気遣ってくれるお茶会で楽しかったわ」
「本当か? カミラ嬢に気を使ってないか? とにかく馬車に乗ろう。ここに立ってたらそれこそ冷えてしまう」
私はどこまで冷えやすいと思われているのだろうか。確かに冷え性だし、すぐ風邪ひくし体調崩すけど。
ルイスにエスコートされて馬車に乗り込む。ルイスは私にひざ掛けをかけたり、「ちょっと冷たい」と手の温度を確認して揉んでくれている。私は揉まれてるのとは逆の手でしまったチケットを取り出し、ルイスに差し出した。
「これ」
「これは?」
ルイスがチケットを手に取る。
「観劇の試写会チケットだって。カミラ様がくれたの」
「二名……」
ルイスが早速チケットに書いてあった『二名』の文字に気付いた。
「一緒に行こう」
私が誘うと、ルイスが固まってチケットを床に落とした。
「フィ、フィオナが俺を誘ってくれた……?」
何をそんなに驚いているのか。そう思いながら落ちたチケットを拾ってルイスを見ると、ルイスは驚いていたのではなかった。感動していた。
口元を抑えてニヤけそうになる顔を隠そうとしている。
「フィオナが俺を誘ってくれた……もしかしてフィオナも……? いや、それは早合点だ。でもこれはデートに誘ってくれたと言うことで」
ブツブツ何かを呟いている。
何がそんなに嬉しかったのかわからないが、一応伝える。
「カミラ様がルイスと行ってほしいって」
「……ああ、なるほど。カミラ嬢のお願いか」
ルイスは理解したのか、少し落ち着いた。
「というわけで行ってくれる?」
「もちろんだ。当日はフィオナが無理しないように万全の対策で向かおう」
それが不安なのよ……。
しかし、嬉しそうなルイスにあまり野暮なことを言うのもな、と思い、私は言葉を飲み込んだ。
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