第83話 ミリィ
「でもフィオナはフィオナだろう?」
ルイスの言葉に、私は俯いた顔を上げた。
「え?」
「そうだろう? 誰か別の人間が乗り移ったわけでもないし。出会ったときから今まで、フィオナはフィオナだろう?」
私は私。
ルイスの言葉を聞いて、私は瞳から涙を流した。
「ど、どうした!? どこか痛いのか!? 何かされたのか!?」
ルイスが私の涙に狼狽える。さっきビービー泣いたときは平気そうだったのに、変なの。
「違うの」
私はずっと、元のフィオナを奪ったのではないかと思っていたのだ。
本来ならフィオナは前世の記憶などなかったはず。でも私は記憶があることで、本来のフィオナとは違う。だから、ずっとどこかで罪悪感があったのだ。
だけど違った。私は生まれたときから私だ。間違いなく、他の誰かの人生を奪っていない。
フィオナは間違いなく私だ。
「ありがとうルイス、ありがとう」
静かに泣く私に、ルイスはただ頭を撫でてくれた。
「……なんなの? なんなのよ!」
ただ呆然としていたミリィが、ようやく気を取り直したようで、私とルイスに向けて叫んだ。
怒りを顕にするその醜い顔に、私は涙が引っ込んだ。感動していたのに……。
「なんで同じ転生者なのに、あんただけおいしい思いしてるのよ! ルイス様だって本当は私のものなのよ!?」
ルイスが理解できないものを見るような顔でミリィを見た。
「彼女はちょっと頭がおかしいのか……?」
「彼女も転生者なんだけど、どうも前世と今の区別がつかないみたいなのよね……」
「ちょっと! ルイス様の前で私の悪口言わないで!」
悪口ではなく事実を言っているだけなのだが。
「ルイス様、私も転生者です。私も誘拐されたんです。可哀想でしょう?」
ミリィがルイスにしがみつこうとするが、手が触れる前に避けられた。
「可哀想? そもそもフィオナを誘拐したのは君だろう? 自業自得では?」
冷めた目でミリィを見るルイスに、ミリィはショックを受ける。
「なんで? 私だって悪役令嬢だったら、ルイス様は私に優しくしてくれたはずなのに……ううん、ヒロインならよかった? どうして? 私だってなりたくてモブになったわけじゃないのに!」
ミリィが叫ぶ。切実なその声も、私とルイスの心には響かなかった。
「ミリィ」
「何よ! 憐れむつもり? いいわよね、あんたは転生ガチャ引き当てて! 私は運がないって言いたいんでしょう?」
「そうじゃないわ」
私はミリィの言葉に首を振った。
「あなたの言いたいこともわからないでもないの。私ももしフィオナじゃなかったら違う人生だっただろうとは思うし。でもね、どんな誰になろうと、中身は自分なのよ」
「何が言いたいのよ」
ギロッと睨まれ、私はため息を吐いた。
「わからない? あなたの行動が、言動が、あなたに優しくしてくれる人をなくしてるってこと」
「はあ?」
やはりわかっていないようなので、私ははっきり言ってあげることにする。
「あなた性格が悪すぎるのよ。その性格だと悪役令嬢に転生しようが、ヒロインに転生しようが、無理よ」
「な、な、な」
「ゲームなら性格悪かろうと選択肢で仲良くなれるから問題ないけど、現実はそうじゃないの。いいかげん、わかるでしょう?」
ミリィがブルブルと身体を震わせる。
「こ、この……あんただってどうせ前世引きこもりだったくせに!」
「私はきちんと社会人して生きてました」
「はあ? なんであんたみたいなのが……私は就職できなかったのに!」
その性格のせいだと思う。
「なんなの。せっかく私に優しい世界に転生できたと思ったのに……」
ミリィの切実な声に、私は返した。
「優しさには優しさで返さないといけないの。ただ自分に都合のいい世界なんて、存在しないのよ」
「……」
ミリィはもう話す気力もなくなったのか、黙ってしまった。
「話は終わったかな?」
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