第70話 彼女からの手紙
「滞在費は渡しているが?」
何がダメかわかっていないルイスが首を傾げる。
「ええ、滞在費はありがとう……むしろ、ちょっと多いから減らしてくれてもいいわよ」
滞在費という名目に合わない金額に、家族が戸惑いを隠せていない。「これ最後に返金しようか?」「でもそれはそれで失礼じゃないか?」「じゃあ滞在期間中豪華に過ごしてもらう?」という相談が成されて、ルイスが家にいる間、食事も豪華だし、家の装飾も豪華になった。この間は、誕生日でもなんでもないけど、オーケストラを呼んだ。派手な日常すぎて落ち着かない。
「俺の気持ちだから気にしないでくれ」
気にしないとはとても言えない金額なのよルイス。お金持ちなのは知ってるけど、感覚バグってる?
「そうね。それと」
「それと?」
「私のこと、すぐお姫様抱っこするのもやめてほしいの……」
馬車から降りてすぐにお姫様抱っこされてしまった。楽だ。すぐ疲れるこの身体からしたらとても楽だけど、これに甘んじてしまってはいけないと思う。
「エリックも言っていたでしょう? 多少身体を動かさないとどんどん弱くなっていくって」
ルイスがしょぼんと肩を落とした。残念さを隠せないまま、渋々私を下ろす。私は自分で踏みしめる地面にホッとした。
ルイスはそのまま私の後ろを付いてくる。ダメだ、これは帰ろうとしてない。
「ルイス、仕事も進まないでしょう?」
「必要なものは家から全部持ってきてるから大丈夫だ」
「……本当にずっとここに住む気?」
ルイスははっきり頷いた。
「ああ。だってフィオナは一瞬で死にかける。常にそばにいて守らないと」
「……」
一瞬で死なないとは言いきれないのが、私の身体の困ったところだ。
ルイスは私の部屋の隣の扉に手をかける。
「フィオナが死ぬまでずっとそばにいる。――いや」
ルイスは一度扉に掛けていた手を離すと、私のそばに歩み寄った。
手で軽く私の前髪を払う。
「死んでもかな」
そして――私の額に口付けた。
一瞬時が止まったのではないかと錯覚してしまう。ドキドキと鳴る心臓の音がうるさい。
ルイスは固まってしまった私に、ふっと笑うと、今度は手に取った髪に口付けし、「また後で」と言って部屋に入っていった。
「な、なにあれ……」
私はルイスに口付けされた額を押さえる。
今のは帰らないことを誤魔化すためにやったのよ。きっとそう。
「ほう、中々やりますね」
「きゃあ!」
背後からアンネがニュっと現れて私は大声を出してしまった。
「あ、アンネ?」
「はい、お嬢様のアンネです」
「あの、いつから……」
「お嬢様が帰ってきたときから後ろにおりました」
初めから!?
「イチャイチャしている二人の間に入れず見守っておりました。結婚後も仲良くできそうでアンネは安心しております」
「アンネ……」
「ちなみにご家族皆様見ておいでです」
そっとアンネが指さしたほうを見ると、物影に隠れていた兄や両親、さらにエリックがビクリ、と反応した。
「アンネ、教えるなよ」
「申し訳ございません。私はお嬢様に隠し事はしない主義です」
兄たちが渋々と物陰から出てくる。
「いや……フィオナが心配で」
父が言った。
「ちょっと二人の関係がどこまで進んでるか知りたくて」
母が言った。
「フィ、フィオナが……もう嫁に行ってしまう」
なぜか兄は泣き出した。
「僕は診察に来ただけだから、早く部屋に入ってくれる?」
エリックだけはきちんと目的があった。
私は大きくため息を吐いた。
「娘相手で遊ばないでください」
「違うぞ! 本当に心配して……!」
「そうだぞ! ルイスくんと仲がいいか気になって……!」
「フィオナ、もう少し家にいてくれる?」
兄だけ反応が他と違うが、スルーしよう。
「とにかく、余計なことしないで! 覗きも禁止!」
「「「はい……」」」
みんな肩を落として各々部屋に帰って行った。
私はエリックとアンネを部屋に招き入れる。
「……まあ、仲が悪いより良いほうがいいよ」
「エリック!」
エリックまでからかおうとするなんて!
「いや、大切なことだよ。フィオナ嬢は身体が弱いからね。ただでさえ他の人より手間がかかる身体なんだ。そんな身体に寄り添ってくれる相手は貴重だよ」
エリックの殊の外真剣な言葉に、私は口を開けなかった。
エリックの言う通りだ。こんな面倒も金もかかる人間、普通の人なら嫌がるだろう。しかし、ルイスは私の身体が弱いことを知ってから、それについて面倒そうにしたことはない。ずっと気遣ってくれていた。
「そう……ね……」
そう、それはとてつもなく有難いことで、私も感謝している。
だけど……。
「でもちょっと過保護がすぎるのよ!」
私は自分の部屋とルイス側の部屋を隔てる壁を叩いた。すぐにコン、と反応が返ってきた。この反応の速さ、壁のすぐそばにいた証拠だ。
聞き耳立ててる!
「部屋での会話なんて聞いても楽しくないでしょう?」
大したことなど話さない。誰が聞いてもつまらない日常会話だ。
壁の向こうからボソボソ声が聞こえてきた。何? 「た、の、し、い?」
そんな訳ないでしょう!
「ね!? 行き過ぎてると思わない!?」
ルイスの肩を持ったエリックに訊くと、エリックはわかりやすく私から目を逸らした。
「愛ゆえだろう」
「愛!? 愛の上ならなんでもありなの!?」
エリックは顔を背けたままだ。
「お嬢様、私はお嬢様の愛を得るためなら何でもしますよ」
「アンネ、話がややこしくなるから!」
なんか壁の向こうもドンドン叩いてくるし。まさか自分もだとでも言ってるの? というか、会話に参加するならもうこの部屋に来たらいいんじゃない?
「あ、そうだ。お嬢様、これを」
アンネからカードを差し出された。
「何これ?」
「先程、黒髪のご令嬢が来て、これを置いていかれました」
「黒髪のご令嬢?」
そんな知り合いいたかな。
私はカードの内容に目を通した。そしてようやく黒髪のご令嬢が誰だかわかった。
「カミラ様の友人ね」
カードにはお茶会の日にちが記載されていた。参加者にカミラの名が書いてある。あの黒髪と金髪と茶髪のカミラの取り巻きたちが頭に浮かぶ。……いや、顔は正直薄ぼんやりだ。これぞ脇役! というセリフしか言ってくれなかったから印象に残らなかったのだ。
とにかく、その中の一人である黒髪の子が来て置いていったことは間違いないだろう。
カミラの意図を私は和解した。つまり、これは前のように私を糾弾するための会ではなく、おそらく仲を深めましょうとするか、改めて謝罪をするための会なのだろう。
「アンネ、便箋とペンを出して」
「はい、こちらに」
察しのいいアンネが、スッと便箋とペンを差し出してきた。
「返事を出さなくちゃね」
私はペンを走らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます