第69話 過保護なルイス



「まさかニックと同レベルの人間がいるとは……まだまだこの世には私の知らないことばかりです……」


 とてもヒロインに対してのコメントとは思えないことを言ってる……。


「アリスにときめいたりとかは……」

「え……ちょっと私にも好みがあるので……」

「そ、そう……」


 そうよね……見た目の可愛さだけで誤魔化せないものもあるものね……。

 そもそも、サディアスの場合、ヒロインの見た目ではなく、中身に惚れるキャラだ。今のアリスはゲームのアリスと正反対すぎて彼の好みではないのだろう。

 今まで成り行きを見ていただけで口を閉ざしていたルイスが、不意に口を開いた。


「そういえば、フィオナが寝込んでいる間、何度かアリス嬢が見舞いに来たな」

「え? そうだったの?」

「そうですよ! 私何度も行きました!」


 ニックとの話に夢中になってこちらの会話を聞いていないと思っていたアリスがパッとルイスを見た。


「いつもその人に門前払いされてました! 酷いです!」


 アリスがプリプリと可愛らしく頬を膨らませて怒る。こういうところはヒロインらしさを感じる。


「フィオナは絶対安静が必要だったんだ」

「だから元気づけようと見舞いに行ったんじゃないですか!」


 アリスの主張にルイスが首を横に振った。


「君はやかましい」

「フィオナ様、この人結構失礼ですよ!」

「そ、そうね……」


 だがルイスの言うことは的を得ている。アリスはちょっと元気がありすぎて、見舞いに来てもこちらの体力が消耗されそうだ。

 そもそも、私、本当に意識なくて寝ていたようなものだったし……。


「アリス嬢だけでなく、面会はみんな断っていたんだ」

「でも……私、フィオナ様の回復を祈りたかったです」

「それは教会で祈ればいいだろう」

「本人を目の前にして祈りたいじゃないですか」

「悪いが、今後もこういうことがあっても、誰も屋敷には入れない」

「そんなぁ!」


 アリスがその場で泣き崩れた。


「ルイス、面会を断るなんて……それはお父様のすることでは?」

「俺は婚約者だから、俺はフィオナが健康で安心して暮らせるようにする義務がある」


 結婚前にそんな義務あった?


「フィオナ様! こんな過保護な人と結婚するのやめたほうがいいですよ! きっと家から出させてもらえなくなりますよ!」

「まさかあ」


 そんなことはないだろうと、笑いながらルイスを見ると、ルイスは意味ありげに笑みを浮かべるだけだった。

 ……え? 家から出してくれるよね、ルイス? ずっと家に閉じ込められたりしないよね、ルイス? 私は病弱だけど気をつけたら外に出ても大丈夫……なはず……うん、大丈夫なはずよ、ルイス!


「ほら、見てくださいよ、この笑み! 絶対外に出さないですって!」

「フィオナが体調を崩さないように管理する必要があるからな」

「ほらぁ! ほらぁ! 聞きました? 言外に家にいてもらうって言ってますよ!」


 そ、そうね……。


「外には危険がいっぱいだ。また誰にワインをかけられるとも限らない」


 やっぱりカミラに飲み物をかけられた寝込んだのがトラウマになってるのね……。

 目覚めたときのルイスの憔悴ぶりを思い出す。アンネに聞いたら付きっきりで看病しててくれたらしいし、本当に心配してくれたのよね。

 でも外には出たいです……。


「フィオナ嬢」


 サディアスが私の肩をポンと叩いた。ちょっと頬が赤い。


「私は妻を束縛しません。自由に外出してもいいし、好きに仕事をしても大丈夫です。あ、でも夕食ぐらい毎日一緒に食べられたら嬉しいです」

「うん……?」


 なんの話し?

 私にはよくわからなかったが、ルイスには通じたらしい。ルイスは私とサディアスの間に入ってサディアスを睨みつけた。


「自由にしていいって? お前はフィオナの身体の弱さを知らないからそんなことが言えるんだ」

「そんなことはありません。この間の寝込んだ件でよくわかりました。……ところで、あのとき私も見舞いに行ったのですが」

「通すわけがないだろう。エリックに教えてもらったんだ。人間には菌やウイルスが感染していることがあって、それがさらに別の人間に感染して病にすることもあると。俺はフィオナの安全を確保しただけだ」

「私は体調を崩していなかったし、きちんとマスクをしていました」

「身体中に不快な菌が付いているだろう。お邪魔虫菌という菌が」

「お邪魔をするほど仲良しではないくせに。パーティーでいつもフィオナ嬢を放置していた男が」

「昔のことばかり掘り返そうとするところが肝っ玉が小さい。今の俺とフィオナはお前の入り込む隙間はない」

「ならお邪魔虫菌など気にしないで堂々としてたらどうです?」

「不穏分子は小さいものでも排除する主義なんだ」


 私を置き去りにして何やらやり合っている。この二人、本当は仲がいいんじゃない?

 そう思うけど、このまま言い争いをさせていても埒が明かないし、そばで「見よ! この筋肉!」「わあー! すごい上腕二頭筋!」とかはしゃいでる光景にも疲れてしまった。


「えーっと、チェックもできたし、そろそろ帰ろうか」


 私の言葉に、みんなが振り返り頷く。


「そうですね、私も今日はもう授業ないので帰ります」

「俺も筋トレをしに帰らないと」

「私はもう少しフィオナ嬢の家でルビーに触れたいんですが」

「帰れ」

「わかりましたよ……」


 サディアスだけがまだ帰りたくなさそうだったが、ルイスの一言に仕方なさそうに帰り支度をし、みんな学校前で馬車に乗り換えるとそのまま解散した。

 私はルイスと同じ馬車に乗る。


「あの、ルイス」

「どうした? 体調が悪いのか?」

「いや、今日はちょっと疲れた程度でそこまででは……いや、改めてお礼を言おうと思って……」

「お礼?」

「アンネから寝込んでるときのこと、詳しく聞いたの」


 寝込んでる間、本当にルイスは私の看病を懸命にしてくれたらしい。寝る間も惜しんで看病し、その間家に帰らず仕事も私のそばでしていたというから驚きだ。

 ルイスの看病のおかげで回復も早かった。話を聞いて改めてルイスに感謝しているとアンネが「私も看病しました」と張り合ってきたので、アンネにも感謝を伝えた。もちろんアンネが私の看病に手を抜くとは思っていないので、この身体が無事に動いているのは、ルイスとアンネの二人のおかげだ。


「当然のことだ。大切な愛しい婚約者のためだからな」


 ルイスが迷いなく言う言葉に、私は「うっ」と声を出してしまった。

 最近のルイス、さらっとすごい言葉言ってくる! 愛しいって言った? え? 今愛しいって言った?

 いや、この愛しいがヒロインに向けてのときと同じような愛しいかはわからない。だって愛しいにも色々ある。私もルビーのことを愛しいと思ってるもの。そういう愛しいかもしれない!

 おばあ様を助けたあと、私のことルイスが選んだとか、聞いたら甘いセリフとしか思えないこと言われたけど、もしかしたら私が考えてることと違う意味かも知れないし!


「い、愛しいとか簡単に言っちゃダメよ……」

「なんでだ? 愛しい婚約者に愛しいと言わないでいつ誰に言えと?」


 し、心臓が痛い……!

 この弱い身体でこんなに心臓を高鳴らせて、何かあったらどうするの!

 ルイスの言動にドギマギしていると、ちょうど、家に馬車が到着した。これ幸いと私はルイスの手を借りながら馬車から降りながら話を続けた。


「その、感謝してるの。でも私、見ての通り、もう体調はよくなったの」

「いや、フィオナは一瞬で体調を崩す。油断も隙もない」

「そ……れはそうかもしれないけど」


 否定できない。飲み物頭から被っただけであの事態になっていたのだから。


「でももう本当に大丈夫なの。家族もいるし、アンネもいるし」


 だから。


「――だから、そろそろ家に帰って大丈夫よ」


 そう、ルイスは私が寝込んでから、回復した今もこの家に滞在している。


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