第68話 アリスとニック
「え? あれ見たのか? ドン引きだよな」
家に遊びに来たニックが筋トレしながら言った。人の家に来てまで筋トレするってどういうこと?
「あれを集めるために使われされる人間が可哀想ですよね」
サディアスがルビーを抱きしめながら言った。
「……もしかして、ジェレミー殿下のアレはみんな知ってたの……?」
私が知らなかっただけで有名な話?
「いいや、俺たちはジェレミー殿下の側近になるから知ってただけだ」
「私たち以外に知らないはずです」
私が情報に疎かったわけじゃなくてホッとした。
「……俺も知ってはいた」
「え!?」
ルイスの発言にビックリした。だってルイスはジェレミー殿下の側近ではない。
「ジェレミー殿下の中で一応友人枠に入れてもらっていたようでな……前に王宮でのパーティーで酔ったジェレミー殿下に『俺の宝物を見せてあげるよ!』と言われて見せられた」
そういえばたまにルイスはジェレミー殿下について、何か知っているような反応をしていた。
そうか……あれをすでに見ていたのか……。
「さっさとカミラ嬢と結婚しろと思っていたし気味悪いと思っていたし想いをこじらせて面倒くさい人だと思っていたし……特に今回の件ではどう考えてもカミラ嬢としか結婚する気がないのだからさっさと白状して父親説き伏せろと思っていたな」
本当に……もっと早く白状してほしかった。ジェレミー殿下はカミラも同じぐらい愛してほしいと言っていたけど、中々そのレベルになるのは難しいと思う。カミラも受け入れたけど引いてはいたし。……あれを受け入れただけカミラの情は厚いと思う。
まあ、私たちにはわからない愛の形があるのだろう。
「あ、そうだ。私ちょっと今度学校に行ってこようと思うんだけど」
「学校に?」
なぜだと言いたそうなルイスにわけを話す。
「定期的に気になるところがないか確認してほしいって言われてるのよ。だから抜き打ちでたまーに学校に行くの。今回本当はもう少し前に訪問する予定だったけど、私が寝込んじゃったから……」
行くタイミングを逃したので、そろそろ行っておかないと。
「なら俺達も行く」
「そうですね。私も付き添いましょう」
ニックとサディアスが私に同行の意志を示した。
「俺達も教材提供してるからな。たまに講師としても行くけど、抜き打ちで行くのもいいよな」
「私も自分の教材が適切に使われているか確認したいので」
確かに二人がいたほうが確認がスムーズだろう。
こうして私とニックとサディアス。そして当然のように付いてくるルイスと、学校に行くことになった。
◇◇◇
久々の学校は、生徒で溢れ、活気があった。
「校庭の遊具も使ってもらえてるみたい」
子どもたちがキャッキャしてる様子はとても可愛い。
校庭を見学してから校舎内の見学をする。教室の見学もして、指導内容に問題がなさそうなもチェックする。うまく指導できてるようだと安心したそのとき――。
「あれ?」
見覚えのあるピンクの髪が視界に入った。
「アリス!?」
「あ、フィオナ様!?」
机に向かって座っていたアリスがこちらを振り返った。椅子から立ち上がり、私たちの方へ嬉しそうに走ってくる。
「どうしたんですか?」
「いえ、学校がうまくいってるか確認に……」
「ああ! そういえば、フィオナ様が学校作ること提案されたんですっけ?」
アリスは私を見て瞳を輝かせた。
「すごいですよねえ。私なんて同じ転生者なのにそんなこと思い浮かばなか――」
「アリス!」
アリス転生者は禁句! 頭のおかしい人だと思われるから!
転生者というワードは出てしまったが、途中で遮ったからか、みんな彼女の言葉を気にした様子はなかった。
私はそっと胸を撫で下ろすと、遮ったついでに聞きたかったことを聞く。
「アリスはどうしてここに?」
貴族は家庭教師を雇うのが一般的だ。だからこの学校に通っているのは平民。貴族もゼロではないが、通っているのは家庭教師を出すのも厳しい経済状況の人達だ。
アリスの家は、貧しくはない。ハントン家には当然及ばないが、貴族としては並といった程度の経済状況のはずだ。だから、本来この学校に通う対象ではない。
「家庭教師に匙を投げられてしまいまして!」
私の疑問にアリスはあはは、と笑って答えた。
アリス……気難しい貴族のご令息ご令嬢に勉強を教えて耐え症のある家庭教師に匙を投げられるって相当よ……。
「私勉強向いてないんですよー! それより冒険するほうが楽しくて」
「まさかまだドラゴン探ししてるの?」
「当たり前じゃないですか! ドラゴン見つけるまで諦めないですよ、私は!」
私はゲームのちょったしたグラフィックでしか見たことがないアリスの父親に同情した。
「でもこの学校に通えることになってよかったです。懐かしいですし、何より」
アリスが拳を握りしめた。
「何より剣術が学べます……!」
アリスの生き生きとした表情に、それが目的で通っているんだなと思った。
「やはり、強さ。強さこそ正義」
なんというヒロインらしからぬセリフ。
「そうだよな! 強さこそ正義!」
そしてここには同じような思考の人間が一人いた。ニックだ。
「わかってくれますか!?」
「ああ、わかるとも! 見てくれ!」
ニックがバッと上半身の服を脱いだ。ニックはどうしてすぐに脱ぐんだろう。そして脱ぐのが早業すぎて一瞬で裸になってるのも謎。
ニックはご自慢の筋肉をムキッとさらけ出す。
「フィオナ嬢の助言でここまで俺は素晴らしい筋肉を手に入れたんだ」
「まあ!」
アリスがまっすぐな眼差しでニックの筋肉を見る。
「素晴らしいです! それだけムキムキなら剣を振り回せるでしょうね」
「ああ! 筋肉も剣を振ることの阻害にならないよう計算して鍛えているんだ。なぜなら俺は騎士だからな!」
「騎士様!?」
アリスが騎士と聞いてニックに憧れの眼差しを向けた。
「騎士といったら自分の身を顧みず人々を守る、あの騎士様ですか!?」
「そうだ! あの騎士だ!」
「重い剣もものともせず、どんな怪物も退治するあの騎士様ですか!?」
「そうだ! あの騎士様だ!」
「すごい! フィオナ様!」
「え、はい」
ニックを見ていたアリスが急にこちらを向いて私は驚いてしまった。
アリスはぎゅっと私の手を握ると、真剣な眼差しで言った。
「私にもご指導お願いします!」
「え?」
「ドラゴンを倒せるほどの強さが欲しいです!」
「どれだけドラゴン倒したいの!? というかドラゴンは倒したいの!? 仲良くなりたいの!?」
前に手紙でドラゴンの卵探してなかった!? 友達になりたいんじゃないの!?
「どっちもです! 悪いドラゴンがいたらボコって英雄になりたいし、良いドラゴンがいたら仲良くなりたいです!」
欲張り!
「……筋肉についてアドバイスできるかもしれないけど……強くなるにはどんな感じにしたらいいかとかは、おそらくニックのほうが詳しいと思うの。騎士だし。女騎士の鍛え方も知ってるんじゃないかしら? ね、ニック」
「そうだな! 女騎士は男騎士と違って、素早さや小回りの利く動きが重要だとされているから、そちらを鍛えたほうが強くなれると思うぞ」
さすがニック。ただの筋肉バカなのかなと思っていたけれど、そうではなかったらしい。
ニックの説明に、アリスは衝撃を受けていた。
「そうなんですね!? 知らなかった!」
「男と同じように鍛えても、どうしても同じように筋肉もつかないし、持ち前の身軽さがなくなってしまうおそれがある」
「今までとにかく筋肉をつけようとしてました! それだけじゃダメなんですね! とはいっても、どうやったらいいんでしょう?」
チラリ、と私を見てきても、その辺は専門分野外だから、私にはわからない。
そっち分野の専門家であるニックが胸を叩いた。
「なんだったら俺が特別に指導してあげよう!」
「いいんですか!?」
「もちろん。同じ強さを求める者として当然だ」
そうなの?
アリスが感激した様子でニックの手をガシッと握った。
「ありがとうございます! えーっと」
「ニックだ」
「ニックさん! ともに最強を目指しましょう!」
「ああ! ともに自分に合った肉体を手に入れよう!」
脳筋が増えてしまった……。
アリス、筋肉モリモリになったりしないよね? 素早さ重視とかそういうこと言ってたから大丈夫だよね? 個人の自由ではあるけど、可愛らしい容姿の女の子がいきなり筋肉モリモリになるのは心構えが必要だからその場合事前に教えてほしい。サプライズで「筋肉モリモリになりました!」とか言って登場してきそうで怖い。
おそらく今アリスとニックの出会いシーンだけど、感動も何もない。もはやアリスにヒロインらしい出会いを期待しなくなった私がいる。これ乙女ゲームじゃなくて育成ゲームだったのかな。ヒロイン恋じゃなくて強さ求めてるんだけど。
そしてもう一人の攻略対象であるサディアスとも初めての対面だと思うんだけど、トキメキとは程遠い、遠い目をして二人を見ていた。
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