第67話 割れ鍋に綴じ蓋



 壁には一面カミラカミラカミラ! これでもかというほど年代それぞれのカミラの肖像画。そしてなんだかよく分からない雑貨類。ストローがガラス張りのケース中に展示されてるんだけど、ゴミじゃないの? これ何?


「俺のカミラコレクションだ」

「カミラコレクション……?」


 何それ……え、本当に何それ……。


「俺が集めたカミラに関係した品だ」

「え……」


 待ってつまり……。


「カミラが口をつけたストロー。カミラが書いた落書き、カミラが壊れたから捨てるように指示した靴、カミラが使ったハンカチ、カミラが使った――」


 ひ、ひえええええええ!

 ジェレミー殿下が品を説明してくれるが、私はドン引きしている。つまり、この部屋全部、ジェレミー殿下が集めたカミラが使ったか触ったかしたものってこと!?


「ス、ストーカー……?」

「違う、愛を求めただけだ」


 思わず漏れてしまった言葉にジェレミー殿下がすかさず訂正した。

 いや、どう考えてとストーカーだよ。だって使用済みストローをカミラが嬉々として渡すとは思わないもん。絶対秘密で集めてたでしょ? こんなこと知ってたらカミラが私とジェレミー殿下のことで不安になることもなかっただろうし。

 いや、それよりも、ゲームのジェレミー殿下はカミラはもちろんのこと、ヒロインにもこんなことはしてなかったはずだ。爽やかイケメン王太子だった。なにがどうしてこうなった。ああ、さようなら、私の推し……。

 ガラガラガラと、音を立てて私の推し像が崩れていく。


「カミラ様……訴えたほうがいいですよ……」


 王太子に対してこの国の法が動いてくれるかは定かではないが。

 私のドン引きした発言に、カミラ様は頬を赤らめて言った。


「そ、その……確かにわたくしもドン引きはしましたが」

「え、引いてたのか……これからも集める気だが」

「おやめください」

「……」


 ジェレミー殿下はやめるとは言わなかった。やめないな、これは。


「ドン引きはしましたが、その……殿下がここまでわたくしを思ってくれたのは嬉しくて」


 嬉しくなったの? これを見て? 私はルイスがこんなことしてたら鳥肌立っちゃうよ……。


「まあ、つまり、俺はカミラが死ぬほど好きで好きで堪らなかったわけだったんだが、どうせならカミラに俺と同じぐらい俺を愛してほしかった」


 これと同じぐらいってなかなか難しいのではないだろうか。


「まだカミラが俺と同じぐらい俺の事を好きになってくれているとは思えないが、カミラはこれを見ても受け入れてくれた。それはつまり、俺自身を受け入れてくれるということ」


 そうですね。これを受け入れてくれる人は器が大きいから、すごく有能な妃になると思います。


「というわけで、カミラと婚約することになったんだ」

「そうですか……」


 私としては、収まるところに収まってくれて嬉しい限りだ。


「ジェレミー殿下はカミラ様のこといつから好きなのですか?」


 ジェレミーがカミラを好きだとはまったく気づかなかった。


「六歳だな」

「六歳!?」


 そんなに早くから!? ならもっと早く婚約してあげてよ! いや、両想いになりたかったんですね! 理解できない!


「俺が平民に変装しているときに助けてもらったんだ」


 ん? ……平民に変装……?


「それは……王宮での暮らしに息苦しさを感じて息抜きにお忍びで街に出たやつですか?」

「ああ、そうだ。どうして知っているんだ?」


 どうしても何も、それはゲームでのアリスとのエピソードだからだ。


 ゲームでは幼い頃に城を抜け出して平民に変装したジェレミー殿下が、破落戸に絡まれた際、破落戸にリンゴをぶつけて彼らがよそ見をしている間にジェレミー殿下はアリスととともに逃げ出すのだ。

 そのときのことが忘れられなくて、そして大きくなってアリスに再会し、あのときの子だと気付き、アリスへの恋心を再熱させるのだ。


 幼い頃から好きだったとか、純愛だよね、と好きな設定だった。

 そのシチュエーションが、カミラと成り代わった。どうして?


 そこでハッと私は気付いた。そうか、アリスが転生者だからだ!

 前にアリスが手紙で「子どもの頃はしょっちゅう裏山に行ってました! だってドラゴンの卵とかあるかもしれないでしょう!?」と書いてあった。ジェレミー殿下がお忍びで街に来ていたときも、きっと裏山にいたんだ。そして、そこにアリスの代わりに、偶然通りかかったカミラがジェレミー殿下を助けたのだろう。


 でもジェレミー殿下、ゲームでもヒロインにここまで執着してなかったんだけど……いや、もしかしてゲームでは出ない裏設定であったのかな……。

 と、いけない、ジェレミー殿下の質問に答えないと。


「その……平民に変装と言ったらそうかなと思って!」

「ああ。なるほど」


 ジェレミー殿下も深く考えて質問したのではなかったのだろう。あっさり受け入れてくれた。


「そのときからカミラのことが好きで、カミラを観察すればするほど好きになって、カミラのものに囲まれると幸せで」

「……そうですか」


 完全に危ない人の思考だと思うが、相手は私ではないので軽く返す。


「……カミラ様、本当にいいんですか?」


 今ならまだ間に合うのではないかと思い訊ねる。

 カミラは長年ジェレミー殿下の相手と見られてきたので、表立って彼女にアプローチをかける人間はいなかったが、もしカミラがジェレミー殿下の婚約者を辞退したら、大勢の独身男性がカミラ様に求婚することだろう。

 彼女はこの国の公爵令嬢だし、見目麗しい若い女性だ。身体も健康そのもの。そして知性と品性を兼ね揃えた才色兼備。まさに高嶺の花。

 そんな彼女がフリーになったとなれば、我先にと申し込みが殺到することは難しくない。

 王家から命じられても断る余地がある程度には、彼女の家は権力がある。つまり嫌なら嫌で断っても彼女はあまり困らないのだ。

 わざわざストーカーを選ばなくても、と思って訊ねると、カミラはポッと頬を赤らめた。……赤らめた?


「……引きはしたのですが……」


 カミラはモジモジと手を擦り合わせた。


「それだけわたくしを思ってくれてると思うと嬉しく思って……愛されてるな、と……」


 照れた様子でそう言うカミラに、ジェレミー殿下が感激した様子で「カミラ!」彼女の名を呼ぶと、彼女がモジモジ動かしていた手を握った。


「君が俺の愛を受け入れてくれて嬉しいよ」

「わたくしこそ、こんなに愛してくれて嬉しいです」


 両思いになり、二人の世界を展開するカミラとジェレミー殿下を見て、破れ鍋に綴じ蓋だと思った。


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