第7話 婚約者のお誘い
「アポイント取らない方が悪いんじゃないの?」
相手の言い草に、イラッとして言い返してしまう。
元々彼とはそりが合わず、というより、向こうが私のことを嫌っていて、その態度を私が気に食わず、お互い言い合いになるという関係だった。
前世の記憶が戻った今も、その関係は変わらない。
「相変わらず口だけは達者だな」
「あなたもね」
「お前に言われたくなんか――なんだその格好は?」
文句を言おうとしたルイスが私の服装に気付いて訊ねてきた。
「これ? 運動着」
今私は走りやすいように……結局ほとんどが歩いていたけど当初の目的は走ることだったので、走りやすい服装をしている。もちろんドレスではないラフな格好である。
本当なら貴族令嬢として、こんな姿を見せたことを恥じらうべき場面ではあるのだが、前世の記憶がある私からしたら、とくに恥に思うことなどない。ドレス姿から動きやすい服装に変えただけだ。
だから平然と答えたのだが、ルイスは胡乱な目で私を見る。
「運動? お前は運動が嫌いだっただろ?」
「嫌いじゃない。運動する体力がなかっただけよ」
身体を動かすことは嫌いではない。あまり貴族令嬢がそういうことをするのははしたないと思われているからしなかったのと、あと単純にこの病弱体質のせいだ。長時間歩くことすら厳しい身体で運動などできるはずがない。
「私、病弱なの。だから、体力つけるために身体を動かしているのよ」
私はすべてを正直に告げたのに、ルイスはハンッと鼻で笑った。
「お前が病弱? どうせまた嘘だろう?」
こ、こいつ~~~~!
私は怒りでワナワナと身体を震わせた。
確かに前世の記憶を取り戻すまで、私もプライドから病弱なの隠していたから知らないのは仕方ないだろう。でも今私はこうして本当のことを告げているのだ。
それを鼻で笑うとは!
ゲームのヒロインにはあんなに優しいくせに! 私が悪役令嬢だから!?
そう、ルイスはゲームの中で一番優しく、一番人気のキャラだった。
ゲームのメインルートは王太子だったが、それを抑えてルイスルートが一番人気だったのだ。
平民から突然貴族になったヒロイン。そのヒロインが慰問に行った孤児院でルイスと出会い、貴族のあり方がわからない彼女に、優しく指導してくれるのだ。
それはもう、優しく親切で、これはヒロインでなくても惚れちゃうだろうと思うほどゲームのルイスはいい男だった。
フィオナがそんなルイスに執着してヒロインに嫌がらせをして最終的に断罪されて獄中死亡(※死因については語られていないがおそらく病弱なので獄中が耐えられなかったと推測できる。だって私耐えきれる気がしない)するぐらいにいい男だった。
でもそのいい男がいい男になるのは、たぶんヒロインの前だけなのだろう。
今目の前にいるルイスは、真実を告げる婚約者を鼻で笑う無礼千万な男だ。
人に失礼な態度取るのもいいかげんにしないと、あなたの後ろで拳を構えてる侍女の我慢に限界がくるわよ!
アンネがいつルイスを殴るんじゃないかとハラハラしているのにも気付かずに、ルイスはまだ話を続けた。
「それに、身体が弱いなら部屋で横になってたほうがいいだろう? だけどお前は部屋から出るほど元気じゃないか」
何? まさか私の発言が信じられないというの? 信じられないんでしょうね、さっき嘘だって言い切ってたもの!
でもそのセリフは聞き捨てならないわよ!
「病弱だからこそ外に出るんじゃないの!」
私の語気の強めな言い方に、ルイスが一瞬押し黙った。
「部屋の中にばかりいたら綺麗な空気を吸えないし、筋肉は衰えるし、身体を動かさないことで血の巡りも悪くなるのよ!」
グイグイとルイスに近寄ると、ルイスが後ろに下がっていった。しかし私は止まらない。
「それに太陽を浴びることで人間の皮膚からビタミンDが作られるのよ!」
「ビタミン……D?」
ルイスが首を傾げる。
知らないのね? 知らないなら教えてあげるわこの前世健康オタクだった私がね!
「人間は基本的に口で摂取する以外でビタミンという栄養を作り出せないんだけど唯一食べ物以外から作り出せるビタミンが――」
とここまで言ってルイスの顔を見ると、ポカンとした表情でこちらを見ていた。ルイスの後ろでルイスを殺ろうとしていたアンネまでポカンとしている。
……これは――ビタミンというワードを知らない顔ね?
「……ええっと」
ビタミン……ビタミンを何と言ったらいいか……
「人間の身体を動かすのに必要な栄養たちを助ける働きをするものよ!」
「身体を動かすのに必要な栄養……?」
「私たちは食べ物を食べて身体を動かしているわよね? それは食べ物から栄養を取っているからなの」
ルイスが大人しく私の話を聞き始めた。
「食べ物で身体を構築しているのはわかっている。その食べ物に栄養があるんだな?」
「そう! そうなの! その身体の構築に必要なのが栄養なの! そして栄養にも色々種類があるんだけど、ビタミンDは免疫力の維持に欠かせないものなのよ!」
ルイスが少し考えて言った。
「病気になりにくくなるということか?」
「そう! そうなの!」
意外とルイスがきちんと話を聞いてくれるので、私は嬉しくなってルイスに顔をグイッと近付けた。
するとルイスが「なっ……」という声を出して頬を少し赤く染めた。
しかし興奮している私は構わず続ける。
「ビタミンDは唯一食べ物以外で作り出せるビタミンなのよ!」
「そ、そうなのか」
「これは紫外線を浴びることによって皮膚で生成されるの! つまり日差しを浴びることが病気に負けない身体になるのに必要なことなのよ!」
「そ、そうか、それより……」
「あ、でも紫外線を浴びすぎるのも身体に悪いからほどほどに……」
「近すぎるぞ!」
ルイスが慌てた様子で私から距離を取った。 興奮しすぎて気付かぬうちに、ルイスにかなり近付いて話してしまったようだ。
「婚約している相手とは言え、恥じらいを持て!」
まるで恥知らずみたいな言い方にムッとする。
「はいはい。嫌いな女に近づかれたくないわよね。ごめんなさいね」
私の皮肉的な言い方に、ルイスはまだ赤い顔のまま、「そういうことじゃない!」と反論する。
そういうことでしょ。ヒロインが顔を近付けたら喜ぶくせに。少なくともゲームのルイスは嬉しそうだった。
「で、今日はなんの用で来たの?」
私が少し拗ねた気持ちになりながら訊ねると、ルイスがハッとした様子で口を開いた。
「今度パーティーがある。絶対参加だ」
「え、嫌」
反射的に断ると、ルイスが眉間に皺を寄せた。
いや、この身体でパーティー参加キツいんだって!
「今説明したじゃない。私は身体が弱いのよ。ヒールのある靴で長時間立ってるなんて無理」
私が理由を説明する。しかしルイスは不服そうだ。
さっき真剣に話を聞いてくれていたから理解してくれたのかと思ったが、それはそれ、これはこれなようだ。
つまり私が身体が弱いということはまだ信じていないのだ。
ルイスはコホンと一つ咳をする。
「とにかく、必ず一緒に参加するように。仮病は使うなよ」
「仮病なんかじゃ」
「じゃあな」
ルイスは言いたいことだけ言うと満足したのか、こちらの言い分も聞かずに足早に去っていった。
私は再び身体をフルフルと震わせた。この短時間で2回も怒りで身体を震わせるなんて普通ある?
「な……なんて腹立たしいやつなの!」
まだ見ぬヒロインさん! この男はやめた方がいいですよ! 思い込んだらこっちの話を一切聞いてくれません!
いやヒロインには違うのかもしれませんけど! もしそうなら余計腹立つわ! 私が悪役令嬢で悪かったですね! ヒロインにはさぞ優しくするんでしょうね!
「うう……全力で怒りたいけどその元気もない」
私はヨロヨロとその場にあった木に寄りかかった。
「大丈夫ですかお嬢様。やはり殺りますか?」
「アンネ、落ち着いて」
すごく腹が立つが、殺してしまうほどでないしアンネには牢屋など行かず、このまま私のそばにいてほしい。
「どうせ行かないもの」
そう、私は家族に溺愛されているお嬢様なのである。
だからお父様に言ったら全部解決――
「え? 今なんて?」
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【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
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よろしくお願いいたします!
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