第8話 婚約者とパーティー
「え? 今なんて?」
私の身体に合わせたメニューが提供されるようになった食卓で、私は固まった。
「今度のパーティー用にドレス作ったって言ったが」
私の指導のおかげで父たちのメニューもこってりではなく、健康を意識したメニューに変わった。この数日でだいぶ肌ツヤが良くなった父が首を傾げる。
「何か悪かったかい?」
「そそそそそそれはもしかしてもう随分前に行くと返事をしてしまっているのでしょうか?」
「ああ。ひと月前に」
くっ! やられた!
もうすでに父が許可をしており、先月からの約束となると、破るわけにはいかない。
あいつ、わかってて念押ししに来たわね!
もうパーティーに行かないという選択肢はなくなってしまった。
こうなったら行くしかない。
「もしかして行きたくなかったかい? パーティーにはいつも参加していたから今回も大丈夫だと思ったんだが」
父がおそるおそる訊ねてくる。私の機嫌を損ねたと思っているのかもしれない。
「いえ、大丈夫です」
もしかしたらお願いしたら父は参加しなくていいと言ってくれるかもしれない。
しかし、一度行くと答えているパーティーに参加しないのは、マナー違反だ。
私だけが批判されればいいが、今回父が許可を出している。家族が批判されるのは避けたい。
オロオロする父に私は一つため息を吐いた。
「行ってさっさと退場します」
「パーティー満喫する気ないね!?」
父のツッコミをスルーして、私は当日いかに抜け出すかだけを考えていた。
◇◇◇
「ちゃんと来たな」
馬車の中でルイスが偉そうに言い放つのでその横っ面を張り倒したくなった。
「来たくて来たわけじゃないわ」
私はルイスをジロリと睨んだ。
パーティー用に着飾るだけでどれだけの体力を消耗するのか、ルイスはわかっていないのだ。
綺麗なドレスを着るのは嫌いじゃない。体力さえ奪われなければ。
「私が来るって初めからわかってたでしょ」
父に1ヶ月も前から打診していたのだから来ると確信していたはずだ。
「いや、お前のことだからわからない。いつもパーティーを途中で抜け出しているし」
「だからそれは身体が辛いからだってば!」
この間も伝えたのに、ルイスは端から信じるつもりはないらしい。
もっと文句を言ってあげようとしたが、そこでガタン、と馬車が止まった。目的地に着いたらしい。
ルイスがスッと腕を差し出した。
「一応俺とお前は婚約者同士だからな」
ルイスの「本当はしたくない」と思っているのがわかるセリフに腹立たしさを覚えながらも私はその腕に手を添えた。
「私のセリフよ」
こっちだって好き好んでルイスの婚約者をやっているのではない。
それを言外に伝えるとルイスがムッとしたのがわかったが、私はそれを無視して歩き出した。
私とルイスが会場に入ると一瞬みんなの視線がこちらに向いたが、私たちはそ知らぬ顔でそのまま歩く。
そして本日のパーティーの主催者に挨拶をする。
「お招きありがとうございます」
「ああ、ぜひ楽しんでいってくれたまえ」
本日のパーティー主催者であるボルフィレ公爵がにこやかに挨拶を返してくれる。私たちは次の挨拶をする人のためにすぐにその場を移動する。
そしてルイスが私の手を腕から外す。
「ここからはいつも通り別行動だ」
こちらを気にすることなくルイスは私を置き去りにパーティーの輪の中に入って行ってしまった。
ちなみにここまでがいつものお決まりパターンである。
これだけでルイスがどれだけ私と一緒にいたくないか計り知れるというものだ。
「普通はパーティー中は婚約者と一緒にいるものなのに……」
思わず憎まれ口を吐いてしまう。
婚約者とセットで招待されたパーティーでは、婚約者と共に過ごすことが当たり前とされている。
そうしないのは、相当不仲な婚約者だけだ。
つまり、私とルイスはそういう仲だということだ。
「別にルイスと一緒になんかいたくないけど」
いたくないけど……
私はグサグサ刺さる視線に涙目になる。
ああ、みんなからの哀れみを向けられているのがわかる……婚約者に相手にされない可哀想な女だと……
パーティーに参加するのが嫌だったのは、身体のことはもちろんだけど、この視線も嫌だったのよね……
「あら、フィオナ様だわ」
「今日はいつ退場されるのかしら」
そしてこうした陰口も嫌だったのだ。
そう、私は嫌われ者の悪役令嬢。
いつもパーティーには最後までいないし(体調不良)
表情が固くて怒って見えるし(体調不良)
会話してても上の空だし(体調不良)
たまに口調がキツいし(体調不良)
「考えてもそれは嫌われるわね……」
なぜそうしていたのか理由を知っていたらこんな扱いにはなっていなかっただろうが、前世の記憶を取り戻す前の私はプライドが邪魔をして弱みとも言える病弱体質を誰にも言えなかった。
結果、ただの感じの悪い人となったのである。
ああ、なぜ過去の私は訳分からないプライドを……
かつての自分を思い起こし遠い目をしていると、誰も近寄らなかった私に声をかけてくる人物が現れた。
「フィオナ様」
私は声の方を向いた。
そこにいたのは1人の令嬢だった。
鮮明な長く赤い髪はサラサラと流れ、少しツリ目がちなピンクの瞳でこちらをまっすぐ見てくるところには彼女の意志の強さが現れている。ドレスの上からでもわかる抜群のスタイルの良さと、扇で口元を隠しながらもわかるその美貌に男性のみならず女性もため息を吐いた。
赤い髪。ピンクの瞳。
それだけで私は彼女が誰だかわかった。
彼女はパチリ、と扇を閉じた。
「ご忠告して差し上げます」
このパーティーの主催者、ボルフィレ公爵の娘であり、王太子の婚約者候補筆頭で、社交界の華。
「あなた、しっかりしたほうがよろしくてよ」
このゲームのもう1人の悪役令嬢、カミラ・ボルフィレだ。
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