第9話 悪役令嬢VS悪役令嬢



「し、しっかりとは……?」


 私はカミラを見つめながら言った。


 カミラ・ボルフィレ。

 私が悪役令嬢となるのとは別のルート――王太子殿下のルートを選択すると現れる悪役令嬢だ。


 ゲームではフィオナとカミラは関わりがなかった。彼女たちはそれぞれのルートで現れる悪役令嬢だから、接点がなかったのだ。


 しかし、ここはルートなど関係ない、1つの世界だ。

 カミラもフィオナも同じ世界線に存在する。


 同じ高位貴族。参加するパーティーなど被ることが多いはずだ。だから、こうしてカミラに出会うのは、当然と言えば当然だ。

 ただ、そうは言っても、カミラは社交界の人気者で、私はみんなの嫌われ者。お互い関わることなどなく、挨拶程度の仲だった。

 だが、そのカミラが話しかけてきたということは、私はカミラから見てよっぽど目に余ったのだろう。


 カミラは悪役令嬢らしく、後ろに取り巻きを何人も引き連れていた。彼女は社交界の頂点。取り巻きがいるのも当たり前だ。

 カミラがこちらをスッと見る。ただ見ただけなのに緊張が走るのはさすが悪役令嬢と言ったところか。


「あなたもよくわかっていらっしゃるでしょう?」


 カミラの言いたいこと。それは確かにおおよそ予測が付く。


「いつも貴族令嬢らしからぬ険しい表情。催し物は最後まで参加しない。使用人たちへの当たりも強い」


 うっ、よく見ている……

 確かに今までの私はそうだった。

 体調が悪いから笑顔を振りまく余裕などなかったし、パーティーなども長時間参加できないからいつも途中で抜けていた。また、ゲームのフィオナのように、使用人たちに罵声を浴びせたりはしないが、愛想良く接してはいなかったことは確かだ。体調が悪いと人を気遣っている余裕などない。

 カミラがスッと扇でこちらを指した。


「あなたは次期公爵夫人。そのあなたがそのような行動ばかりとるのはいかがなものかしら?」


 カミラが言い終わるのを待っていたかのように、後ろにいた取り巻きたちがはしゃぎ出した。


「そうです! ルイス様の婚約者に相応しくないですわ!」


 黒髪の子が言った。


「侯爵令嬢とは思えないです」


 茶髪の子が言った。


「この場にいるのすら図々しいですね」


 金髪の子が言った。

 別に公爵夫人にはなりたくてなるわけじゃないし……

 つい心の中でそう思ってしまったけど、今そう言っても余計に睨まれるだけだ。

 元日本人で社畜だった私はこういうときの対処法を知っている。


「申し訳ございません、カミラ様」


 私はカミラに頭を下げた。


「私もちゃんとしなければと思っているのです……ですが……」


 私は精一杯瞳を潤ませた。


「私、生まれつき身体が弱くて……体調が悪いと顔も無意識にキツくなるようで……皆様と交流も深めたいのですが、長い時間パーティーなどに参加するのが困難なものですから……」


 グスン、と鼻もすする。


「そんなこと信じるとでも?」


 しかしカミラには通用しなかった。

 そんな、この方法で私は今まで数多のパワハラ上司をやっつけていたのに……!

 ちなみに周りに人が多いと効果大であった。

 どうしてこんなに効かないんだ……? と考えて、ハッとする。

 そう、私は忘れていた。


 私は嫌われ者なのだ。


 ちょっと泣いても誰も気にしてくれないどころか、この涙すら煩わしく思うのだろう。カミラも後ろにいる取り巻きも険しい表情をしている。

 少しは味方してくれるのではと期待していたギャラリーも、様子見することに決めたようだった。

 誰1人味方がいない中、私をなじる人達はさらにヒートアップしていく。


「そうです! そんなこと信じられません!」

「言い訳に決まっています」

「この期に及んで恥を知りなさい」


 カミラの背後で水を得た魚のように取り巻きが騒ぐ。カミラが静かなときに騒いで、カミラが喋るときに黙るところなど、さすが優秀な取り巻きだなと感心してしまった。

 カミラが呆れたような視線を向けてくる。


「今までそんなこと仰らなかったのに、急に言い出すのもおかしいではありませんか」


 カミラの鋭いツッコミに、私は泣きそうな演技を続けたまま説明した。今急にやめたらさらに批判されるからだ。


「誰かから同情などされたくなくて……私のつまらないプライドです。ですが、正直に言わないと、今後皆様に迷惑をかけると思い直しました」


 涙に濡れた目で訴えかけるが、当然カミラは強い視線を緩めない。


「本当に身体が弱いとしたら、婚約者のルイス様が心配してそばにいるはずなのでは? いつも1人ではありませんか」


 それも私のプライドと、単純に仲が悪いからである。


「それは――」

「失礼する」


 どう言い訳しようか。

 そう思っていたときに、スッと私とカミラの間に入ってくる人間がいた。

 私には後ろ姿しか見えないが、その銀の髪を見間違うはずがない。


 ルイスだ。


「俺の婚約者が何か?」


 カミラが一瞬身体を揺らしたが、さすが悪役令嬢。怯むことなく扇で再び口元を隠すと、私に向けていた視線をルイスに向けた。


「フィオナ様の振る舞いに思うところがございましたので、少々注意させていただきましたの」

「思うところ?」


 カミラはチラリと私を見た。


「いつもパーティーなどは途中でいなくなってしまいますし、態度もとてもよろしいものとは思えませんでしたので。同じ貴族令嬢として助言したまでですわ」

「ああ」


 ルイスが私を少し振り返る。


「今後は婚約者として俺も注意させていただく。それでいいだろうか」

「いつもそばにいらっしゃらないルイス様が?」


役立たずでは? と遠回しに言っている。

 ルイスが来ても私に対するときと変わらぬ様子で怯まない悪役令嬢、強い。


「これからはなるべくそばにいる。婚約者としての役割を果たすので、あなたたちの手を煩わせることはないだろう」


 ルイスがカミラをまっすぐ見つめて言った。


「……そうですか。わかりましたわ」


 ルイスの強固な姿勢に、まだ何か言いたそうだったカミラが1歩引いた。

 そしてカミラは私に軽く頭を下げた。


「それではこれ以上、わたくしから申し上げることはごさいません。わたくしはこれで失礼いたします。フィオナ様も、本当に体が弱いと仰るなら、ご無理なさらないように」

「お心遣い感謝いたします」


 本当に、のところが疑っていると雄弁に語っていたが、ルイスが出てきた以上、カミラがしゃしゃり出ることはできない。

 私のことが気になるとしても、あくまで当事者はルイスと私であり、彼女たちは外野なのだ。


 カミラと取り巻きはそのままその場を去っていった。

 様子を窺っていたギャラリーも、カミラが去ると興味をなくしたように他の場所に移動していく。

 残されたのは私とルイスの2人だ。

 私はルイスの後ろ姿をそっと見上げた。


 ――もしかして、庇ってくれたの?


 もしかしなくても、あのタイミングを考えれば、庇ってくれたのだろう。


「ルイス」


 お礼を言わなければ。

 そう思い、私はルイスに声をかける。

 すると、ルイスが振り返った。

 眉間にしわを寄せながら。


「どうして1人なんだ」


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