第10話 お見舞い



「どうして1人なんだ」

「え?」


 どうしても何も……あなたが私を置いていったからですけど?

 私がそう言うより早く、ルイスが口を開いた。


「話し相手をしてくれる友達もいないのか? いつもパーティーを抜け出したりして、きちんと社交をしないからそうなるんだ。カミラ嬢の言う通り、もっときちんとしたらどうだ」


 嫌味を言われてカチンと来る。

 さっきはちょっとはいいところがあるのかなと見直したのに!


「だからそれは!」


 ルイスに反論しようとしたそのとき。


「あれ?」


 視界がグラリと揺れる。

 ルイスが反射的に出した腕にガシッと抱き止められた。


「おい、演技も程々に……」


 ルイスが何かを言っているが、私の身体はもう悲鳴を上げていて、反論をする元気もなかった。

 やっぱりパーティーに最後まで参加なんてできないんだわ。

 私はそのまま目を瞑った。


「……フィオナ? おい、フィオナ!」


 ルイスの声がどこか遠くに聞こえる。 

 私の意識はそのままなくなった。




◇◇◇




 私はパチリと目を開いた。

 今何時だろう。

 どれだけ眠っていたのか、身体は少しダルいが、頭はしっかり働いた。

 最後に覚えているのは、ルイスの驚いた顔だった。


 あのまま意識を失ってしまったんだわ。


 なんという失態。憎きルイスの腕の中で倒れるなんて。

 次会ったとき、助けてやったと恩を着せてきたらどうしよう。殴ろう。

 早々に決断を出して、私はベッドから起き上がろうとした。


「――起きたのか」

「わあ!」


 誰もいないと思っていた空間から声がして、私は驚いて飛び上がった。

 声をした方を見ると、ぼんやりと人影が見える。

 私が寝ていたからか、明かりの少ない室内で動くその影が、そっとこちらに近づくのがわかり、私は声を上げた。


「オ、オバケー!」

「誰がオバケだ」


 慌てて逃げようとしたが、聞き覚えのある声に、動きを止めた。


「――ルイス?」

「そうだ」


 どうやらオバケではなかったらしい。ちょっと恥ずかしくなって私は逃げようとした姿勢から再びベッドの中に入り直した。

 ルイスが私のベッドのそばにある椅子に腰掛ける。

 え、座るの。早く出て行ってほしいんだけど。

 というより、なぜここに?

 私の疑問が顔に出たのか、ルイスが眉間に皺を寄せた。


「婚約者が倒れたのに放っておくような薄情な男に見えたか」

「見えるけど」


 思わず間髪入れず否定してしまった。

 あ、と思ったがもう遅い。ルイスがさらに眉間の皺を濃くした。


「なんだと?」

「だって今までだって見舞いなんて来たことないじゃない」


 幼い頃からの、長い付き合いの婚約者だ。体調が悪すぎて対応できない日もあったし、熱が出て面会できない日もあった。プライドが高い私だったが、さすがにそういうときは正直に事情を伝えていた。

 でもルイスは見舞いに来たことは1度もない。


「お前の嘘に付き合うつもりはないからな」


 はい……? 嘘……?


「だいたい、わざとらしく倒れて。どうせ人の気を引きたかったんだろう?」


 まさかこの人……目の前で倒れたというのに、それを嘘だと言っているの……?


「何言ってるの?」


 思わず声が震える。


「だってお前はいつもそうやって人の気を引こうとするじゃないか」

「そんなことした記憶ないけど?」


 いつのことを言っているのか。むしろ昔は体調不良がバレないように気を配っていた。体調不良をオープンにしたのは記憶を取り戻してからだから、つい最近だ。当然、人の気を引こうとなんてしていない。

 ルイスはまだ言い足りないのか話を続けた。


「いつも話半分しか聞いてないときがあるし」


 体調が悪くなって話どころじゃないからだ。


「いつも眉間に皺が寄ってるし」


 体調が悪いからである。


「突然帰るときあるし」


 体調が悪いからである。


「出かけることに誘ってもあまり来ないし」


 もちろん体調が悪いからである。


「あまりお茶会やパーティ類にも参加しないから評判悪いし」

「全部体調が悪いからですけど!」


 ついに我慢できなくなって大きな声でルイスの言葉を遮った。


「全部わざとじゃなくて! 本当に体調が悪いのよ! 長時間パーティーとか無理だから途中で抜けるし、話聞いている余裕もなく体調悪いときあるし、頭が痛くて顔が険しくなることもあるし、出かける元気なんてほとんどないし、誘われてもお茶会とかも参加できないの!」


 一気に言ってゼーハーゼーハー息をする私に、ルイスが驚きの表情を浮かべながら、心做こころなしか小さな声で言った。


「そんなこと初めて聞いた」

「初めて言ったもの! プライドが邪魔して身体が弱いこと言えなかったの!」

「なら俺が知らなくて当然じゃないか」


 ふうと私は息を吐いた。


「そうね。言わなかった私も悪いけど、あなたも婚約者なら、おかしいなと思うこともあったでしょう? なのにその違和感を無視して全部こちらが悪いと言われるのは業腹だわ」


 いくら誤魔化しても、体調不良を隠すのには限界がある。かなり無理をしていたし、ボロが出ていた。

 おそらくルイスがきちんと私と向き合っていたらすぐに気付いたはずだ。

 心当たりがあったのだろう。ルイスは黙り込んだ。


「あとこの間、私が倒れたときだけど」


 喧嘩して倒れたとき。私が前世の記憶を取り戻したときのことだ。


「あのとき、見舞いに来てくれなかったわよね」


 そう、ルイスは見舞いに来なかった。

 目の前で倒れたにも関わらず、様子を窺う手紙の一通すらなかったのだ。


「普通はすぐに来ない? 目の前で倒れたのよ? それがどれだけ薄情なことか、わかるでしょう? 私があなたを咎めるのも当然だと思わない?」


 黙るルイス。

 私はもう一度深く息を吐いた。


「……婚約解消したいならいつでもしてあげるわ」


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