第11話 フィオナは告げる



「……婚約解消したいならいつでもしてあげるわ」


 黙って下を向いていたルイスが顔を上げた。


「……お前は嫌だと言っていたじゃないか」


 驚いたのだろう。そうだ。以前の私はゲームのフィオナと同じように、ルイスの婚約者であることに固執していた。だから仲が悪くても婚約したままだったのだ。


「ええ、以前はね」


 それはルイスが顔が良くて地位も高くて好物件だったから。

 体調不良を隠すのも限界だったし、当然婚約破棄された上で身体が弱いことがバレたらもうルイス以上の相手と出会うことはないと思っていたのだ。

 結婚相手に病弱な相手を選ぶことは稀だ。だからルイスを逃したら結婚できなくなってしまうと思ったのだ。

 だがもう私は結婚に固執していない。

 私が目指すのはハッピースネかじり!


「仲が悪いのに婚約してても仕方ないなと思ったのよ。婚約破棄なんてまるで捨てられるみたいで嫌だったけど、お互いのためにもそれがいいかなと思って」


 そうすれば私の悪役令嬢フラグも折れるしね。

 私はスネかじりする予定だから結婚しませんとは正直に言わず、やんわりとそれっぽい理由を告げた。

 嘘ではない。この仲の悪さで結婚などしてしまった日には血の雨が降るかもしれない。


 悪役令嬢として転生したら、婚約者との関係を修復したり、チート無双したり、いろいろなパターンがあると思うが、私が目指すのは――婚約破棄一択である。


 ルイスと婚約していることで破滅するのだ。

 ルイス自身に恋心を抱いてはいないし、もしかしたら悪役令嬢にならないかもしれないが、少しでもリスクは下げるべきだ。

 そのためには婚約破棄!


「それは……」

「今日は疲れたからもう帰って」


 何かルイスが言い訳しようとするが、そんなことはさせない。


「帰って」

「いや、少し話を……」

「私倒れたばかりなの。辛いんだけど?」


 先程の病弱エピソードを聞いたからか、ルイスは今度は私の体調不良を疑うことはなかったようだった。

 ルイスはもごもご口を動かしたが、文句を言わず、椅子から腰を上げて出口に向かった。

 扉の取っ手に手をかけて、そのまま出ていくかと思いきや、ピタリと足を止めた。


「悪かった……」


 とても小さい声が私の耳に届いた。


「え?」


 私が思わず聞き返そうかと思ったときにはルイスの姿はなくなっていた。


「今、確かに……」


 悪かった、って言ったわよね?

 私はルイスが帰って行った扉を見つめた。


「あの人謝れたのね……」


 もしかしたら初めて謝られたかもしれない。

 しかしそれはそれ。これはこれだ。


「婚約破棄してって伝えられたわ!」


 私はグッと拳を握りしめた。

 こちらから一方的に婚約破棄できたらよかったが、残念ながら我が家は侯爵家。あちらは公爵家。地位の差は大きく、こちらから断れない。

 親にお願いして無理をしたらいけるかもしれないが、そんなことをしたらそれこそこ一家でこの国で村八分になるかもしれない。

 私は家族に苦労をさせたくない。


「だから何がなんでも向こうから婚約破棄してもらわないと」


 と言っても元々仲が悪いし、ここまで言ったら断ってくるでしょう。

 そうなれば私の破滅フラグはなくなったも同然!


「あとは健康になるだけ!」


 私は見えてきた目標に、瞳を輝かせた。



◇◇◇



 一方。

 馬車の中で、ルイスは考え込んでいた。


「本当のことだったのか……」


 フィオナのことを嘘だと決めつけていた。

 なぜなら今までのフィオナはワガママで自分勝手だったからだ。

 だけどその自分勝手だと思っていた行動も、体調に左右されてのものだったのだとしたら。


 ――そのときの自分はフィオナにどんな態度をとっていただろうか。


 彼女の顔色など一切見ず、何か違和感があってもあえて見過ごしていなかったか。


「人の事ばかり言えないな」


 ワガママで自分勝手だったのは己も同じだとルイスは気付いた。


「病弱な体質でそれを改善したいか……」


 確かそのようなことを言っていた。


「もしそうなら……」


 ルイスは馬車の窓の外を見た。 


「もしそうなら……あの人のことも……」


 ルイスは期待を込めて呟いた。


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