第12話 フィオナのおねだり



 さて、婚約破棄目前の私が集中するべきは健康な身体を作ること。

 そのためにやらなければならないことはたくさんある。


「フィオナ、お父さん、もっとこってりした……」

「ダメです」


 私は父の訴えを退けた。


「こってりも別に食べるなというわけではありません。でも毎食は食べ過ぎです。何事もバランス。ストイックな食事はしなくてもいいですが、嗜好だけ取り入れた健康一切無視な食事では早死しますよ!」


 実際この世界の人の平均寿命は短く、70歳まで生きたら長寿と言える。

 100歳近くまで生きる人間が多い日本とは大違いだ。

 家族には長生きしてもらいたい。私の明るいニート生活のためにも。いや普通に家族好きだから長生きしてもらいたい!


「早死……は嫌だな」


 私に却下されて父がしょんぼり落ち込みながらもご飯を口にした。


「なんか……物足りないんだよなぁ」

「慣れるまでの辛抱です」

「フィオナ、俺はまだ若いから関係ないだろう?」


 兄が自分は好きな物を食べていいだろうと主張してくる。


「ダメです」


 なのでハッキリと否定した。


「若くても好き放題に食べたら生活習慣病になります。いいんですか、今までみたいに味がちゃんとついた食事ではなく、あっさり素材の薄味のご飯を食べ、毎日何をどれだけ食べられるか計算する毎日になっても」

「うっ、それは嫌だ……」


 兄も諦めてご飯に手をつけた。


「料理長が味もきちんと考えて作ってくれてるから美味しいでしょう?」


 実際とても美味しい。

 あれから定期的に料理長や他のコックにも栄養を意識するように指導して、おかげで私の分だけでなく、家族の分も健康的な食事が出てくるようになった。


「でもねえ」


 母も戸惑いがちに魚のソテーを見る。


「貴族と言ったらお肉を食べるのが当たり前という考えがあるから、ちょっと抵抗あるのよね」


 そう、貴族は肉。とにかく肉を食べる食文化なのだ。

 おそらく庶民と違う高級な食材を食べることを一種のステータスとすることで始まった食文化だと思う。

 わからなくもない。昔の中世ヨーロッパも、庶民が食べれない高級な香辛料を使った料理を食べたり、高価な砂糖を使ったお菓子を食べたりしていた。

 だけど当然そんな食文化で長生きできるわけがない。


 あの時代、平均寿命短いんだから!


 医療の発達ももちろん関係があるが、なら尚更、医療技術もおそらく中世ヨーロッパに近いこの世界では自ら気をつけるべきである。


「今はわからないかもしれないですが、もうすぐ身体に変化があると思いますよ」


 食べ物を変えたことの実感は、のちのち来るのだ。


「あ、そうだお父様。お願いがあるんです」

「なんだい?」


 私は父におねだりする。


「私、ハーブを育てたいんです」

「ハーブ? いいが、そんなのを育ててどうするんだ?」

「もちろん食べます!」

「いや、食べるだろうが……ただの香辛料だろう? 買えばいいじゃないか」

「違います。ハーブはただの香辛料ではなく、様々な栄養があるんですよ」


 この国では、ハーブの効果があまり知られていない。

 あくまで味付けするときに使用するものと思われている。


「それにハーブティーとして楽しむこともできます」


 母が食事に添えられたティーカップを見た。


「紅茶みたいにするの?」

「そうです」


 この国の一般的な嗜好的な飲み物は紅茶だ。ハーブティーは流通しておらず、飲む習慣がない。


「紅茶と同じように飲むだけで、種類によって様々な効果が得られるんですよ」


 鉄分補給できたり、睡眠の質を高めたり。

 ハーブは数も多く、その効果もそれぞれ違う。


「へぇ、そうなのね。それはちょっと飲んでみたいわね」

「できたらお母様に飲ませて差し上げますね」


 ニコッと私は母に向けて笑う。


「でもそれならやっぱり買えば済むんじゃないか?」

「畑仕事をすることで、身体を鍛えるんです。太陽の光も浴びれますし」


 走ったりするより飽きずに楽しめる気がする。


「ついでに野菜も育てたいです」

「そうか。じゃあ畑仕事ができるように、庭で場所を確保してあげよう。温室も必要かな?」

「お願いします!」


 温度調整が難しいものもある。そういったものは温室で育てよう。


「無理をしすぎないようにな」

「はい! ありがとうございます!」


 やった! これでまた健康に近づいたわ!

 ああ。前世でベランダで家庭菜園していたことを思い出す……

 私は取り寄せるハーブや野菜を思い浮かべてにんまりした。




◇◇◇




 2週間後。


「届いたー!」


たくさんのハーブと野菜の苗が届いて私はウキウキしていた。

 目の前には大きな畑。さすが娘溺愛の父。軽く作るか、と言っていたが、とても立派な畑を作ってくれた。持つべきものは財力のある父親である。

 父が浮かれている私を見て機嫌良くしながら口を開いた。


「温室は完成までもう少しかかるらしい」

「完成が楽しみです!」


 温室で育てる予定のものはまだ苗を頼んでいないから、完成して新たに苗を選ぶのも楽しみだ。

 さて、とりあえず父が作ってくれた畑には、どれから植えよう。


「フィオナ!」


 私が軍手を装着したところで、兄が駆け寄ってきた。


「どうしました?」


 急ぎの用事でもあっただろうか。

 兄は興奮冷めやらぬ様子で口を開いた。


「ニキビが! なくなったんだよ!」


 ニキビ?


「ほら、ここ!」


 兄が髪をかきあげる。


「ここにいつもニキビがあって気になってたんだ!」

「そうだったんですか?」

「そうなんだよ!」


 兄は嬉しそうな顔をする。


「ずっと……ずっと悩んでいたんだ……ずっと……」

「そ、そんなに悩んでいたんですね……」


 正直ニキビがあったことにすら気付いていなかった。だって髪に隠れてたし。

 でも兄もお年頃。目立つところでないとしても、自分の顔にニキビがずっとあるのはストレスだったようだ。


「これもフィオナの食事のおかげだ。初めはなんの事かと思ったが、こうして効果が現れるとは……ありがとう!」

「ニキビも食事で改善されることがありますからね。あと、私は指導しただけで、実際は料理長やコックの皆さんのおかげですよ」

「そうだな! 料理長たちにも何か褒美をあげないとな! さっそく手配しよう! またなフィオナ!」


 兄は嬉しそうに手を振って去っていった。


「フィオナ」


 と思えば今度は母が来た。

 母は軍手をしたままの私の手を握りしめた。

 なんだろう。もしかして貴族令嬢がこんなことするんじゃないと叱られるパターン!?


「お、お母様……」

「すごいのよ! フィオナ!」


 母が興奮した様子で言った。


「朝までぐっすり眠れるようになったのよ!」

「眠れるように……?」


 ふう、と母が憂いを帯びた顔をする。


「実は私眠りが浅いみたいで、夜中何度も起きていたの。この人のいびきでも起きてしまうし」


 この人、と指をさされて、父がサッと顔を背けた。

 お父様……いびきするんだ……


「とにかく朝が辛いし、1日眠くて集中できないしで困っていたのよ。それがなんとここ最近一回も起きないのよ! さらにお父さんのいびきも改善されたの!」


 改善されたと聞いて父が顔をこちらに戻した。よかったね、お父様。


「そうなのですね。不眠の原因は多岐にわたるので一概に食事のおかげとも言えないと思いますが、食事を改善してから治ったのなら関係ありそうですね」

「そうよね! 身体も心なしか軽くなった気がするわ! ありがとうフィオナ! 前は不満そうにして悪かったわ! 私この生活続けてみるわね!」


 母は楽しそうに去っていった。

 するとコホン、と父が咳払いをした。


「実は私も……」


 父が少し照れて言った。


「長年の便秘が改善されたんだ」


 …………


「へ、へぇ~」


 食事によって便秘が治る。よくある話だ。

 だがそれはわざわざ教えてくれなくてよかった。

 実の父親のお通じ事情など知りたくない。 


「今の食事を続けることをおすすめします」

「うむ、そうだな」


 父が大きく頷いた。


「では私は仕事に戻る。お前も無理しないで程々にするんだぞ」

「はい」


 私は父を見送って作業に戻ることにした。

 父も母も兄も、初めは不満そうだったが、実際に健康的な食事にしたらいい方向に転がったようでよかった。


 あれだけ、肉! 油! カロリー! って感じの食事ばかり取っていたら、そりゃ私みたいに病弱でなくても、体調が優れなくなるだろう。

 家族からの理解が得られてよかった。それだけでやりやすくなる。


「ここのハーブや野菜を使えばもっと健康になれるはずよね」


 料理長にここのものを使って料理していいと伝えておこう。

 私はあれこれ計画しながらハーブを土に植えた。


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