第60話 人の噂も



 悪役令嬢にライバル宣言されてしまった。普通それはヒロインの役割では?

 肝心のヒロインは今日の手紙でも『フィオナ様の助言通りにしていたら、筋肉が付くようになってきました! 待っててください! 私は片手で岩を砕く女になります!』と書いてあった。砕かなくてもいい。少し落ち着いてほしい。

 ライバルと言っても、私はジェレミー殿下と結婚する気がないから、ただ向こうが私に警戒しているだけである。

  ジェレミー殿下も私との婚約に反対のようだし、きっとそのうちこの話は流れるだろう。

 そう思っていたのに、事態は急展開する。


「フィオナ、大変だ!」


 私の部屋を訪れたルイスが、スタスタと足早に私の元へやってくる。手には何かを持っていた。

 ルイスはその何かをこちらに差し出してきたので、私はそれを受け取った。

 新聞だった。


「とんでもないことになった」


 私は新聞の見出しを見て驚いた。

『フィオナ嬢はインチキ』『王太子妃の座を狙っていた!』と書かれていた。


「ど、どういうこと!?」


 私はインチキでも王太子妃の座を狙ったりもしていない。


「なんで新聞社に知られてるの?」


 私は誰にも今回の件を話していない。

 なのにどうして……。


「前のお茶会で、カミラ嬢はすでに国王陛下のお話を知っていたんだよな?」

「ええ」

「ならどこかから話が漏れてる可能性があるな」


 そんな……。

 私は新聞を見る。内容は見出しと変わりなく、私があくどい方法でジェレミー殿下を狙ってる悪女であるかのように書かれている。

 こんなふうに書かれたら……。

 この世界に娯楽は少ない。新聞はその貴重な娯楽の一つで、みんな読んでいる。ゴシップはみんな大好きだ。

 つまり、これを信じる人もいるのである。


 せっかく評価が上がったのに……。

 ハーブ事業や学校設立の手伝い、爵位授与、そしてこの間ルイスが庇ってくれたことによって得た信頼がすべて水の泡となり、私はみんなから、「すべて王太子妃になるためだった計算高い悪女」と認識されているだろう。

 だって全部そのためだったって書いてあるもん。新聞が。


「『病弱なのも演技である』……嘘でしょ……」


 これで倒れてもみんな演技だと思うだろう。

 もし今後ルイスや信頼できない人の前で倒れてしまったら適切な処置もしてもらえない可能性もある。その場合最悪の事態も……。

 たかがゴシップのせいで、私は命の危険に晒されるの?

 怒りと不安で新聞を持っている手が震える。

 その手をルイスがそっと握った。


「大丈夫だ、フィオナ。噂なんてすぐに消える」

「ルイス……」


 本当に大丈夫かな……。


「新聞社のほうは俺が買い取ってくるから」


 ルイスが新聞をグシャリと握りしめた。


「か、買い取る……?」

「買い取る」


 聞き間違いじゃなかった。


「もう二度とこんな新聞が書けないようにしないと。それから誰がたれ込んだのか調べておくよ」


 私は今改めてルイスって金持ちなんだな、と実感した。

 ゴシップの解決方法が新聞社の買い取り……富豪ってすごい……。


「噂が落ち着くまで、フィオナのそばを離れないことにするから」

「ありがとう……」


 そうよ、人の噂も七十五日と言うもの。少しの我慢よ!



          ◇◇◇



 そう思っていたことが私にもありました。


「やだ、よく出てこれたわね、図々しい」

「まさかルイス様では満足できず、王太子妃になりたいなんて」

「あんなに自分を庇ってくれたルイス殿に悪いと思わないのだろうか」


 みんなのヒソヒソ話がどんどん耳に入ってくる。

 なぜ貴族はパーティーばかりしているのだろうか……。

 現代日本人の感覚がまだある私には理解ができない……いや、仕事仲間を探したり、結婚適齢期の相手を探したり、財力を見せつけたり、娯楽が少ない中での娯楽だからだとか、色々な理由があることはわかるけど……わかるけどやっぱり理解できない……。

 本当はパーティーなど来たくなかった。ストレスで体調も万全とは言い難い。だが、このパーティーに来なければ、噂がさらに助長されてしまうかもしれない。私はそれを阻止するために、このパーティーに参加した。

 だが、覚悟はしていても、めげるものはめげる。自分の身に覚えのないことで責められるのは辛いものがある。


「フィオナ、気にしなくていい」

「ルイス」

「今君に陰口言ったやつの家門と取引するのはやめる」


 ルイスの一言で私に陰口を言っていた人たちが途端に口を噤んだ。なんとわかりやすい……国の経済を牛耳っているハントン公爵家に相手にされなくなったら、終わるものね……。 


「フィオナ様!」


 陰口は聞こえなくなったが、人々はこちらに意味ありげな視線を向けて、私と距離を取っていた。

 そんな中、明るく私に声をかけてくれた人物がいた。


「アリス!」


 ゲームのヒロインである、アリスだ。


「聞きましたよ! なんと酷い!」


 アリスも私の噂を耳にしたようだ。


「あんな記事を書いたやつも、フィオナ様を悪く言うやつも、私がボコボコにしてやります!」

「アリス……」


 私はアリスの優しさに感動した。あんな噂が流れても私に普通に接してくれて、こんなに怒ってくれるなんて……。

 やっぱりあなたがヒロインだわ。もしルイスがあなたを選んだら邪魔しないから安心してね。と私は口に出さないが心に決めた。

 アリスは二の腕を掲げ、もう片方の腕で叩いた。


「任せてください! 私がこの鍛えた拳で再起不能にします!」


 あ……ボコボコって物理的に本当にボコボコにする気なのね……。


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