第59話 カミラの宣言



「素晴らしい知識ですわね。わたくしも知らないものです」

「あはは、は……。あの、そういう方面に興味がありまして……」

「その知識を国王陛下は欲しくなられたのでしょうね」


 やはりその話のために呼ばれたのだ。


「学校もあなたの提案だとか。発想力もあるのですね」

「いえ、思いついたことを言っただけでして……」

「その思い付きは誰もできなかったのですよ、フィオナ様。あなたは自分の才能を誇るべきです」


 誇るべき。

 みんなよくやったとは言ってくれたけれど、こんなふうに自分に自信を持てと言ってくれたのはカミラが初めてかもしれない。


「ありがとうございます」


 たとえ、その言葉に含むものがあろうとも、私は嬉しくなった。


「――何がありがとうですか」


 感極まっている私を現実に引き戻したのは、カミラの取り巻きの一人だった。

 黒髪のご令嬢は私をキッと睨みつけた。


「カミラ様の座を奪おうとしているくせに、なんと図々しい!」

「そうです! ルイス様という婚約者がいるのに、さらにジェレミー殿下もですって!?」

「王太子妃の地位を欲しがるなんて、浅ましすぎます!」


 黒髪のご令嬢に触発されたのか、ご茶髪の令嬢と金髪のご令嬢も続いて私を責め立てた。

 やはり、私が国王陛下からジェレミー殿下との婚約の打診をされたことを知っているのだ。

 だが、私はなりたいとも思っていない。今日はカミラにそれを伝えたくて、気乗りしない上に、心配して騒ぐルイスを説得して、お茶会に参加したのだ。


「王太子妃になりたいなど、思っていません!」


 私は彼女たちの望む答えを言った。というのに、なぜか彼女たちはヒートアップしてしまった。


「どうせ口だけで言ってるんですよね!? そう言っておいたほうが都合がいいですものね!」

「王太子殿下とルイス様の双方を手玉に取ろうとするなんて!」

「カミラ様の美しさに敵わないのに、鏡を見てみなさい!」


 ひどい。今日もアンネが頑張ってオシャレにしてくれたのに……しかもルイスとジェレミー殿下二人を手玉に取る悪女のように言われている。どうして。

 緑茶をもっと飲んでほしい。緑茶に含まれるテアニンはリラックス効果があるから。ここまで興奮していたら意味あるかわからないけど。


「皆様落ち着いてください」


 カミラの鶴の一声で一斉に静まり返った。声は決して大きくないのに、カミラの声には逆らえない力がある。

 カミラは私を見つめ、その美しい口を開いた。


「つまり、王太子妃になる気はないと?」

「はい!」


 私は首を縦に振った。


「そんなの嘘に――」

「ミリィさん」


 カミラが茶髪のご令嬢――ミリィを止めた。ミリィは渋々再び口を閉ざした。カミラは視線で私に続きを促した。


「前に伝えたように、私は身体が丈夫ではありません。そんな私に責任のある王太子妃など、無理です。後継を産めるかどうかすらわからない。私は可能な限り静かに過ごしたいんです」

「それにしては最近派手に動いていたではありませんか」


 もっともすぎるツッコミに、私は必死に言い訳をする。


「ハーブ事業は私だとバレるとは思っていなくて、学校事業は国王陛下のご命令で仕方なくて……でもどちらもお金のためなんです!」


 お金、と言われて、カミラがぽかんとした。カミラのこんな表情を見ることができるとは。


「お金、ですか?」

「はい! お金です!」


 私は激しく頷いた。


「もしかしたらルイスと婚約破棄するかもしれないと思っていたんです。ほら、私たち仲が良くなかったから……」

「それは……そうでしたわね」


 カミラから見ても否定しようがないほどに私とルイスは仲が悪かったらしい。そうよね、関係修復できたことが周りからしたら不思議なぐらいよね、きっと……。


「婚約破棄したら、身体の弱い私は他のどこかに嫁ぐのも難しいでしょう。そうしたら実家で生活することになります。家族は受け入れてくれるでしょうが、できれば迷惑をかけたくなくて……自分でお金を稼げるようになりたいなと」


 記憶が戻ってすぐは、親のスネかじろうと思っていたけれど、今は可能なら迷惑をかけたくないと思っている。兄や兄のお嫁さんや子どもにも迷惑をかけちゃうもんね……。


「まあ……努力家ですのね」


 カミラが感心したような声で呟いた。


「カミラ様! 騙されちゃダメですよ!」


 しかし、すぐに金髪のご令嬢が否定する。


「家が金持ちなのに自分で稼ぎたいなんてそんな変な人いますか? 信じられませんよ」

「アリーさん、いきなり否定してはいけませんよ」


 金髪のご令嬢はアリーと言うらしい。


「カミラ様は人が良すぎます」

「サラさんも落ち着いて」


 黒髪のご令嬢、サラもカミラが窘める。三人ともカミラに言われると何も言えなくなるのか、再び黙った。


「周りがうるさくてごめんなさい。本当は二人で話をしようと思っていたんだけど、この子たちが納得しなくて」

「カミラ様は慕われているのですね」


 慕われる理由もわかる。カミラはカリスマ性があるし、この人についていきたいと思わせる不思議な力がある。

 だからこそ、私はカミラに王太子妃になってほしい。

 ヒロインにもなってほしい気持ちはあったが、実際に会ったアリスは王太子妃になりたいと思わない気がする。ドラゴン退治に行きたいとか言い出しそう。


「フィオナ様の言い分はわかりました。しかし、すべてを信じることはできません」

「それは……そうですよね……」


 信じてほしいが、いきなりそこまで親しくない自分を信じろと言うのも無理な話だ。


「ですから、今日からわたくしはあなたのことをライバルと思って接します」

「ライバル?」

「あなたの本心がどうあれ、国王陛下があなたに関心を示しているのは事実。つまり、あなたが王太子妃になる可能性はあるのですから、ライバルでしょう」


 違うと思います。

 そもそも私にはライバルになる気はないのだ。

 ゲームでフィオナとカミラは絡みがなかったのに、国王陛下のせいで、変なことになってしまった。しかも面倒な方向に。


「正々堂々、よろしくお願いいたします」


 カミラの澄んだ瞳に、「嫌です」と言えなくて、私は「よろしくお願いします……」と力無く言うことしかできなかった。


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