第78話 協力
「リビエン帝国を滅ぼしたいってどういうこと?」
言ってから私はハッとして周りを見回した。
私の行動を見たレンが、安心させるように言った。
「この船にいる人間は、全員俺の仲間だ。だから会話を聞かれても問題ない」
「あ、そうなのね」
ほっと胸を撫で下ろす。
「……君を攫った人間の心配をするのか。根っからの善人だな」
「そ、そんなことは……」
そこまで善人ではないと思う。たぶん。お金にがめついし。でも、確かに今、無意識にレンを心配したのは確かだ。
「いや、安心した。そういう人間のほうが信用出来る」
「ど、どうも」
喜んでいいところかわからないが、一応礼を言う。
「えっと、それで、どういうこと?」
彼はリビエン帝国側の人間ではなかったのか。
疑問を投げかける私に、レンは答えてくれた。
「そもそも俺がこんなことをしているのは、帝国を滅ぼすためだ――転生者である母を持った、俺の復讐だ」
転生者を母に持つ、と言われ、私は息を飲んだ。
「帝国は転生者を攫ったら、二度と外には出さない。中の様子も教えてくれない。帝国が教えてくれるのはただ一つ――転生者が死んだ場合だけ、その死を教える」
死を教える。
その言葉で、彼がこれから言おうとしていることがわかってしまった。
「母は俺が十歳のときに連れていかれてしまった。転生者は捕まるのを恐れて、基本的にみんな自分が転生者だと秘密にしているんだ。母もうまく隠せていた。だけど、ついに帝国に見つかり、連れ去られてしまった。帝国では家族が連れ去るのを妨害しても、本人が逃げ出しても、罪に問われる。母は抵抗もせずに、涙を流しながら連れていかれた。俺に「愛してる」と何度も言いながら」
淡々と語っているが、言葉に悲しみが滲み出ている。母親と引き離されて、どれだけ悲しく、寂しく、心細かっただろうか。
「手紙を送ることも禁止。母がどうしているかわからないまま、でも、きっといつか出てくると願っていた。だけど、二年後……あんなに健康だった母の死亡が、二年後教えられた」
レンがグッと拳を握った。
「母の遺骨を持ってきた役人が、こう言った。『大した知識もなかった役立たずだった』と」
私は思わず口を覆った。無理やり連れ去って、家族と引き離してそのまま死に目にも合わせなかったのに、最後に家族にかける言葉が役立たずだなんて!
「その言葉だけだ、母がどんな扱いをされていたのか、すぐにわかった」
握りしめた拳が痛そうだったが、私は何も言わなかった。そうしなければ、彼はきっと感情をコントロールできない。それだけ、彼が怒りを抱いているのがわかった。
「同じ帝国民なのに、転生者というだけで人権を無視され、尊厳を踏みにじられる……そんなことあっていいはずがない!」
レンが声を荒らげたが、すぐにハッとして「すまない」と謝罪した。
「帝国は、そのうち、転生者だけでなく、自国民も虐げるようになっていった。理由は転生者より役立たずだから……どうやら彼らは役立たずという言葉が好きらしい」
レンの皮肉に、私は胸が痛くなった。
「帝国では上層部だけが甘い汁を吸って、のうのうと生きている。あいつらこそ、人の知識を奪うことでしか生きていけない役立たずなのに。……だから、今の帝国に反旗を翻そうとする者たちが現れた。帝国民のほとんどが賛同している。そして、俺がそのリーダーだ」
「反乱軍のボスってこと!?」
「そういうことになる」
レンが頷いた。
「反乱を起こすことは簡単だ。だが、皇帝のいる場所は、さすが知識を奪い取って作っている場なだけあって、強固で侵入もできなかった。これでは反乱を起こしても、立てこもられて、真の敵が倒せないまま終わってしまう。だから、俺たちはある作戦を考えた」
「作戦……」
「厳重な守りが敷かれている帝国の中心……転生者も幽閉されている皇居は、転生者を受け入れるときだけ開く」
私は彼の言わんとしていることを察した。
「つまり、転生者を連れてきた人間として、一緒に中に入ろうとしてるのね?」
「そうだ」
レンが頷いた。
「中にさえ入れれば、皇居を攻撃できる。だが、それには転生者が必要だ。さすが長年転生者を攫っている国なだけあって、偽物だとすぐ気づかれてしまう。だから本物の転生者が必要だった」
レンの説明で、私は今までのことに納得した。
「どうしても転生者が必要だったのね。そのためにわざわざ外国の王家に仕えたの?」
「自国では転生者は狩り尽くされたからな。他国で見つかる可能性に賭けるしかなかった」
「そして私を見つけたと」
「そうだ」
状況はわかった。だけど、まだ腑に落ちないところがある。
「……それで、どうして急に私に事情を説明するの? あのまま転生者のブローカーだと演技を続けていたほうが、帝国側を欺けるでしょう?」
そのほうがリスクが減るはずだ。もし反乱軍の人間だとバレたら、おそらくすぐに排除されてしまう。なら、私にも教えずにいたほうが、私の反応から、向こうが疑う可能性を減らせる。
しかし、わざわざこうして私に話をしたということは、そうしなければならない理由があるからだ。
「何か、私にしてほしいことがあるのね」
「……そうだ。君にしかできない」
やはり。レンはおそらく私を初めから仲間にするつもりだったのだろう。こうして話をしているのがその証拠だ。
「なら、誘拐なんてしないで初めから頼めばよかったんじゃない?」
「頼んで来てくれるか?」
……行かないわね。
危険があるとわかっているのに、わざわざ行く人間はいないだろう。だからこそ、レンは絶対に断れない状況にするために、誘拐という手段を選んだのだ。
私は一つ深く息を吐いて、覚悟を決めた。
「それなら、協力するわ」
「……いいのか?」
レンが確認してくる。
「危険もある。何より、自分を無理やり攫った相手だぞ」
「わかってるけど、そんなこと言われて断れないじゃない。何より、もう海の上だし。どっちみち、断ろうと断らなかろうと、協力させるつもりだったでしょ?」
「……いや、初めは君を使って中に入ることさえできればいいと思っていたんだ。中に入れば中側から外の扉を開けられる。そうしたら、外にいる仲間が入ってこれるから、それでいいと……もちろん君の身の安全は保証するし、すべて終わったら家に帰す手はずだった。……君が協力しなくとも、多少危険は増えるが可能性はあるんだ」
だから、無理に自分たちに協力する必要はない。きっとレンはそう言いたいのだ。
しかし、私は首を横に振った。
「いいえ、やるわ」
私はもう覚悟を決めたのだ。
「本当にいいのか? ただの同情心でやるには危険が大きすぎるぞ」
「それでも、そうすることで、私が国に帰れる可能性も増えるんでしょう?」
クーデターが成功する可能性が、私の協力で増すならやるべきだ。彼らがやり遂げないと、私は一生帝国から出られなくなってしまう。家族にもルビーにもアリスにも……そしてルイスにも会えなくなる。
それは嫌だ。
それに。
「全部承知の上よ。私は許せないのよ、同じ転生者として、彼らの尊厳を奪ったやつらが」
ただ転生者として生まれただけなのに、なぜそんな扱いを受けなければいけないのか。
捕まってしまった転生者は、普通の人間だったはずだ。家族がいて、幸せに暮らしていたはずだ。それが転生者というだけで、幽閉され、自由のない暮らしになる。
彼らは何も悪くないのに、なぜそんな目に合わなければいけないのか。
「どうせ中に入るのだから、私にも協力させて」
「……助かる。中に入るのは少人数しか無理だから、君の手助けがあるとなれば、スムーズにことが運ぶはずだ」
私は手を差し出した。
「じゃあ、今から帝国を滅ぼしたい同士ってことで!」
レンが笑った。そして私の手を握る。
「ありがとう。だが危険だと思ったらすぐに逃げるんだ」
「わかった」
「随分仲良しじゃない」
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