第77話 エリックの過去
フィオナの捜索が暗礁に乗り上げた。
「どうして見つからない!」
俺は机を大きく叩く。俺の怒りの行動を、咎める者はいない。婚約者が誘拐されたのだ。みんな痛ましい目で俺を見ている。
もう誘拐されてから数時間は経過した。時間が経てば経つほど誘拐された痕跡を探すのは難しくなる。
フィオナはどこにいるんだ!
最後に消えたのは劇場のトイレだ。丁寧に他の人間が入らないように『掃除中』の立て札がされていて、目撃者はいない。
唯一の手がかりはその近くに落ちていた国旗だ。
「リビエン帝国関連の船はない?」
今まで何か考え事をしていたエリックが口を開いた。
「あの国旗があったから、真っ先に疑って調べた。怪しいものは出てこなかった」
ジェレミー殿下が答える。
「友好国は?」
「友好国?」
「あの国は友好国という名目の属国がある。その中でもリビエン帝国に従順なのは――アルメニアだね」
「! 今すぐアルメニア関連の船を調べろ!」
エリックの一言で、場が動いた。
「なぜもっと早く言わなかった!」
「今のリビエン帝国と関係している国がどこか考えていたんだ。僕が国を出たときとまた情勢が変わっているからね。だから、王太子殿下の部下に新聞の調達をお願いしたんだ」
エリックの周りには新聞が散乱していた。
もう少し早ければ、すぐにフィオナを見つけられたのではという思いからエリックを責めてしまうと、エリックは淡々と事情を説明した。
そうだ。エリックだってわかっていたらすぐに言っていたに決まっているのに。
「悪い……」
「いや、気持ちはわかるよ」
エリックがポツリと言った。
「僕も家族を奪われたから」
エリックの言葉に、俺は彼を見たが、感情のわからない表情を浮かべていた。
「奪われたってどういう――」
「見つけました!」
そのとき、兵士が叫んだ。
「アルメニア行きの船が一隻ありました!」
「よし、すぐにその船に行こう」
「い、いえ、それが……」
兵士が気まずそうに声を出す。
「すでに出航してから五時間経っています……」
その言葉に、その場の全員が言葉をなくした。
五時間。とても縮められる距離ではない。
「クソッ!」
俺は壁を殴った。フィオナが連れ去られたというのに、俺はなんて無力なんだ。
「諦めるには早いよ」
みんなが気落ちしている中、エリックが地図を指さす。
「この海域、潮の流れが早くて、みんな避けて通るけど、実はこの部分だけうまく抜けられるようになってる。ここを通ればかなりの時間短縮になる」
エリックが説明する。
「どうしてそんなことを知ってるんだ?」
「帝国から追われているとき、ここしかバレずにいく海域がなかった。一か八かでいったら、この海流を見つけたんだ」
「追われているとき……?」
「……」
エリックは悩んだようだが、意を決したように口を開いた。
「みんなよく聞いてほしい。これから言うことは真実だ」
みんながエリックに注目し、口を閉ざした。
「リビエン帝国は、国家主導で人攫いをしている」
「なんだって!?」
エリックの告白に、その場がざわついた。国家主導の人攫いなど、あっていいはずがない。にわかに信じ難いが、エリックが嘘を吐いているとも思えない。
「そんな話しは聞いたことはないが」
ジェレミー殿下が困惑した表情を浮かべてエリックに確認する。
「僕がいたころは帝国内だけで行われていたんだ。ある特定の人間だけ、国に捕えられる……だから露見しなかったんだと思う。捕らえられた人は逃げたら家族を殺すと脅され、家族は口外したら捕らえた人を殺すと脅される。……きっと、帝国内では狩り尽くしたから、他国にも手を伸ばしているんだろう」
「そんな……」
衝撃的な真実に、みんな言葉を失った。カミラ嬢は青い顔をして、ジェレミー殿下にしがみついている。
「僕の家族も攫われた。僕の父で、僕に医学のすべてを教えてくれた人だ」
エリック自身が被害者だったのだ。
「僕も……本当は対象ではなかったけど、父の知識を持っているからという理由で捕まりそうになったんだ。父が身を呈して助けてくれて、一人だけ逃げることができたけど、父はそのまま捕まってしまった」
エリックがギュッと拳を握った。
「これから話すことは、さらに信じられないことだと思う。だけど、きっと腑に落ちると思うから、聞いてほしい」
エリックは息を吸い込んで、一度吐く。
「帝国は、『転生者』を攫っている。――そして、フィオナ嬢もその一人だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます