第76話 本当の目的
「……大丈夫か?」
「気持ち悪い……」
私は甲板の上でぐったりしていた。吐くものはもう吐いて何も出てこないのに、気持ち悪さは消えない。
あのあと、木箱に入れられたまま、私とミリィは船に乗せられた。まさか船にいきなり乗るとは思わず、木箱から出て海を見たときは呆然としてしまった。
海の上に出てしまったらもう逃げ出すことは不可能だ。
木箱に入れられるとき、何がなんでも抵抗するべきだったと後悔しても、もう遅い。
……いや、そもそも抵抗してもきっと無駄だった。要らぬ怪我をしなかっただけマシだったと思い、自分を奮い立たせる。
……それに今はそれどころではない。
「船酔いが……こんなに辛いとは……」
前世でも今世でも船に乗ったことはなかった。身体は弱いが船にも弱いとは。何になら強いのだこの身体は。
「ほら、薬だ」
「ありがとう……」
吐き出さないように気をつけながら飲み込む。うう、頑張れ私! この薬の成分を身体が吸収するまで吐かない! 我慢!
話をして気を紛らわそう。
「ミリィは?」
「まだ箱の中でグーグー寝ている」
人をこんなことに巻き込んで、呑気なやつ。
「ミリィとはどうやって知り合ったの?」
「裏のギルド……悪い依頼を請け負うところだ。そこにミリィが依頼してきた。君のことは転生者だと確信していたから、君への依頼があったら俺に連絡が行くようにしていた」
「そう……あなたはギルドで転生者絡みの依頼を受けているということ?」
「そういうことだ」
「私たちは向こうに行ったらどうなるの?」
一瞬間を置いてアーロンが口を開いた。
「帝国で幽閉され、二度と外には出られない。ただ帝国に知識を提供するだけの存在になり、それが終わっても、知識を漏らさないように徹底的に管理される」
それを聞いて私は頭に血が上る。
「そんな……! まるで人を物のように!」
「実際やつらにしたら、転生者は都合のいい代物だ。人間とは思っていない」
「転生者だとしても、この世界に生まれたのよ!? この世界の人間に間違いはないないのに! 彼らの家族は!?」
「帝国は転生者の連行を邪魔する者を許さない。邪魔をしたら、その家族は極刑だ。だから、転生者は家族を守るためにも従う」
「そんな……」
なんて酷い……。
想像以上に過酷なリビエン帝国の実態に、私は怒りで震えた。
エリックも帝国に何かあって国を出たような様子だった。進んでいる国だとも言っていたけれど、それらは全部転生者から知識を奪っているから。なのに彼らの扱いは悪いなんて。
「なんて国なの……!」
「その通りだ」
まさかの同意に、私は目を瞬いた。
「あの国は腐りきってる。滅ぶべきだ」
どういうことだ。アーロンは リビエン帝国の人間ではないのか? 帝国を憎んでいるなら、どうしてこんなことを?
混乱していると、アーロンが私を見た。赤い瞳とかち合う。
「レンだ」
「え?」
「レン・アルゲナス。それが俺の本名だ」
アーロンが本当の名前だとは思っていなかった。きっと都合のいい名前を使っていたのだろうと思ったが、まさか本名を教えてくるとは。
「どうして名前を……」
「信頼してほしいからだ」
「信頼……?」
どうして私の信頼がいるのだ。これから自分が売り飛ばす人間の。
「船酔いはよくなったか?」
「あっ」
いつの間にか気持ち悪さはなくなっていた。薬が効いたのか、衝撃的な会話をしたからか。
「それなら落ち着いて話ができるな。よく聞いてほしい」
アーロン。いや、レンが私に話しかける。
「俺はある目的のために、君を攫った」
「ある目的?」
レンはゆっくりと口を開いた。
「俺は――リビエン帝国を滅ぼしたい」
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