第44話 噛み跡


「え……本当に?」


 ルイスが私の額に手を当てる。


「ちょっとだけどある。そうだろう? エリック」


 エリックは私の額に触れて、頷いた。


「そうだね。熱が出てる。フィオナ嬢は休んだほうがいい」

「そうなの……わかった。休む」


 無理したらどうなるか、私は私の身体のことをよくわかってる。だって記憶を取り戻す前に無理しすぎて身体が辛すぎて、常に不機嫌だったもの。

 黒歴史だわ……。


「身体が弱いのに無理させてすまないな、フィオナ嬢」


 ジェレミー殿下が申し訳なさそうに謝罪する。


「私も、身体が弱いということを信じられずに疑って申し訳ありません」


 サディアスにも謝罪される。彼はこの間までそう思い込んで私に対して厳しかったから、負い目があるようだ。


「ジェレミー殿下、大丈夫です。なるべく無理しないようにやってますし。サディアスも、昔の私に問題があったのは確かだし、気にしてないわ」


 社交界で有名になるぐらい、態度がよろしくなかったものね……。

 サディアスもあの頃の私を見たことがあるはずだし、私に対して思うところがあったのは仕方ない。


「今は友達でしょう?」


 サディアスに笑顔を向けると、彼は顔を赤らめた。


「そ、そうですね。私はあなたの大切な友達です」

「ええ」


 友達。いい響きよね。

 幼い頃から病弱だったから、友達なんて作れなかったのよね。


「フィオナ嬢!」


 いつも事業についてなど、難しい話には一切入ってこないニックが声を上げた。


「俺も! フィオナ嬢のこと、友だと思っているぞ!」

「え……あ、ああ、そうね……私も友達だと思ってるわよ?」


 思わず「私たち友達だっけ?」という言葉を飲み込んだ。私の回答に満足したようで、ニックはニカッと笑った。

 暑苦しいけど笑顔は爽やかなのよね……さすが攻略対象。


「お嬢様」


 アンネがぬっと割り込んだ。


「私はお嬢様とは友という枠を超えて魂で結ばれていると感じております」

「そ、そうね……?」


 魂で結ばれてるってなんだろう……。

 そう思うが突っ込んたら面倒なことになると思い、私はそのまま流すことにした。


「俺もフィオナ嬢のこと、友だと思っているよ」

「ありがとうございます、ジェレミー殿下。私もです」


 にこりと笑って言うジェレミー殿下、眩しい。

 みんなからの友人宣言に嬉しくなっていると、ルイスが私の肩を抱いた。


「みんな、フィオナは熱があるんだ。そろそろ失礼する」

「ああ、そうだったな。引き止めて申し訳ない」

「それに」


 ルイスが私に笑みを向けた。


「友人より婚約者のほうが上だからな」


 ルイスがみんなに笑顔を振りまきながら言った。


「そうだろう? フィオナ」


 キラキラした笑顔なのに、謎の圧を感じるのはどうしてだろう。


「そ、そうね」


 私の返事に満足した様子のルイスは、満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ帰るから」


 ルイスはテキパキと帰り支度を始め、私はみんなに挨拶しながらエリックとアンネとは別の馬車に乗った。


「最近のフィオナは人たらしだ」

「え?」


 人たらし……?


「それはルイスじゃ……」

「俺がいつ誰をたらしこんだって言うんだ?」

「それは……」


 これから現れるヒロインによ!

 とは言えない。言ったら頭おかしい人だもの……。


「女性に人気あるでしょ? ルイスは」


 このルックス、この地位、この財力。

 どれをとっても女性が寄ってくる要素しかない。

 実際、私という婚約者がいても、ルイスに寄ってくる女性は後を絶たなかった。

 いや、もしかしたら、婚約者が悪名高い私だったからかも……?


「それは……」


 ルイスが口を片手で覆った。


「嫉妬ということか……?」

「え?」


 嫉妬? なんで?

 私は慌てて今自分のした発言を思い返した。


『女性に人気あるでしょ? ルイスは』


 あ……このセリフだけだとそう見えるかも……。


「あの、嫉妬とかではなく……」


 事実を言っているだけなのだが……。

 しかし、ルイスは私も話を聞いていなかった。


「そうか……フィオナが嫉妬……ふふ……」


 なんか笑ってる。


「んんっ!」


 ルイスが咳払いをしてこちらを見た。


「フィオナ」

「は、はい」


 ルイスが私の手を取った。


「俺は浮気は絶対しない。俺はフィオナ以外目に入らない」


 ギュッとルイスが私の手を握る手に力を込めた。


「俺が結婚するのはフィオナだけだ」


 ルイスの真剣な表情にドキリとした。


「あ、あの……」


 きっと今私の顔は真っ赤だ。

 ルイスルートにハマった人の気持ちが今ならわかる。

 こんな綺麗な顔で甘い言葉を囁かれたらときめくに決まっている。


「フィオナ」


 ルイスが私の左手薬指を手に取った。

 そしてそのままそこを甘噛みする。


「ひゃっ! な、何…ッ」

「そろそろ覚悟を決めてくれるか?」


 か、覚悟って……。


「ここに、お揃いの指輪を付ける覚悟だよ」


 ルイスが甘噛みした指を今度は人差し指で撫でる。

 甘い痺れが走り、私は身体を震わせた。


「お嬢様、着きましたよ」


 私はアンネの声で我に返った。

 慌てて馬車から飛び降りて、まだ馬車に乗っているルイスに叫んだ。


「まだ覚悟できません!!」


 そしてそのまま自分の部屋まで走り抜けた。

 ハアハア荒い息を吐きながら、私はベッドに横になった。

 心臓が痛い。走ったからだけではない。


「ルイスのバカ」


 身体が弱いんだから、心臓に負担かけないでよね!

 私は赤くなった顔を隠すように毛布を頭から被ってそのまま眠りについた。




 その後、一週間寝込んだのは、ルイスのせいかもしれない。


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