第45話 彼女は


「ここが孤児院……」


 寝込んで一週間、私はようやく孤児院に来ていた。


「なんか……教会っぽい……?」


 屋根に十字架があり、見た目は教会だ。


「孤児院は教会と併設しているところが多いのです。この教会の奥に孤児院があります」

「そうなのね」


 サディアスの教えに納得する。そういえば、ゲームでヒロインがルイスと出会うルートのスチルで、孤児院の形がこれに近かった気がする。

 そうそう、確か、ルイスとヒロインが出会うのは、ヒロインが孤児院に慰問してるときなのよね。ルイスは確か悪役令嬢のフィオナから逃げるためにたまたま入ったところがその孤児院で……。


「フィオナ?」


 ルイスに声をかけられてハッとする。


「あ、ごめんなさい。中に入りましょうか」


 いけないいけない。今は仕事に来てるんだから。

 私たちは教会の中に入る。


「おや、信者の方ですかな……?」


 中に入ると神父が話しかけてきた。


「国王陛下のご命令で、孤児院の確認に来ました」

「へ……?」


 神父は途端にアタフタとし始めた。それもそのはずである。孤児院の内情を知るためには抜き打ちで来なくてはいけない。神父はまさに寝耳に水で、驚いているだろう。

 悪いけど、でも行く日を伝えて、その日だけ取り繕われても困るのよね。


「急なことで申し訳ないが、子供たちの様子を見させてもらってもいいだろうか? 子供の環境を整えたいというのが陛下の意向だから、ここを罰したい気持ちできたわけではないので安心してほしい」

「わ、わかりました。こちらに……」


 神父は怯えた様子ながらも、私たちを孤児院へと案内してくれた。

 孤児院は小さかった。建物も古く、もうそろそろ立て直ししたほうがいいかもしれない。


「わー! このおねえちゃんたちだれ!?」

「なんかきれいー!」


 孤児院の子供たちがキャッキャとはしゃぎながら駆け寄ってきた。


「こ、こら、子供たち……!」

「大丈夫ですよ」


 神父が慌てた様子で止めるが、私はそれを制した。子供たちの様子をじっくり見るいい機会だからだ。

 子供たちは痩せていたが、そこまで栄養状態は悪くなさそうでほっとした。ただ……。


「この服はどれぐらい着せてるんですか?」


 服装が汚かった。そしておそらくお風呂も入れていない。


「一ヶ月に一度でしょうか。お風呂に入るときに変えています」

「下着も?」

「そうですね」


 なるほど。臭いの原因もわかった。


「せめて一週間に一回、お風呂に入れてあげてください。下着は可能な限り毎日取り替えましょう。感染症予防になります。……お風呂も衣類の着替えも本当は毎日がいいんですが、それは厳しいですか?」

「そうですね……人手とお金の問題が……服も余分に買えなくて……」


 確かにこの教会に余裕があるようには思えない。それに、今ここに私たちや神父以外に大人が見当たらない。もしかしたら一人で運営してるのかもしれない。


「もしかして、ここの運営は寄付金によるところが大きいのでしょうか?」

「そうなんです。なので余裕はなくて……」


 よくやく孤児院が教会と併設されている理由がわかった。教会なら信者から寄付金が入る。その寄付金で孤児院を運営するから、教会しか孤児院を作れないのだ。


「国のほうに支援金を出すようにお願いしてみます。人手のほうも確保できるようにしておきましょう」

「いいのですか!? ありがとうございます!」


 私の言葉に神父は喜び深く頭を下げた。


「子供たちを飢えさせないので精一杯で……服が手に入ったら子供たちはどれだけ喜ぶか……」


 この神父は子供を虐げるつもりもなく、おそらくお金があったら服も毎日変えてあげていたかもしれない。彼だって子供たちの臭いには気づいていただろうから。


「すぐに全孤児院に支援金と人手がいくように手配します。今まで頑張りましたね」

「ありがとうございます……!」


 状況がわかっていない子供たちが、首を傾げた。


「しんぷさまどうしたの?」

「いじめられたの?」

「わたしたちがまもってあげる!」

「こ、これこれ、そうじゃないんだ! やめなさい!」


 神父を守ろうと立ちはだかる子供たちを見て、神父が愛情を持って子供たちを育てているのがよくわかった。

 この孤児院は、支援をして、やり方さえ教えたら大丈夫そうね。

 私は料理人たちを思い出して失笑した。

 結局は人間性の問題なのよね。


「あれ、神父様、お客様ですか?」


 そのとき、孤児院の奥から人が出てきた。

 私はその人物を見て目を見開いた。


「ああ。アリスさん。視察に来てくれた国の方たちです」


 神父が私たちを紹介する。


「まあ、そうだったんですね!」


 目の前の少女は明るく笑った。

 綺麗なピンクの髪に、月を思わせる黄色い瞳。桜色の愛らしい唇と、同じようにほんのりピンク色をした頬。愛らしい顔立ちをした彼女は、私が何度も見たことのある人物だった。


「初めまして! 私はアリス!」


 彼女が私に手を向ける。


「アリス・ウェルズって言います!」


 そう、彼女こそ、このゲームの主人公。


 明るい人柄で周りを元気にし、会う人みんなを虜にしてしまう少女。


 アリス・ウェルズ男爵令嬢。

 このゲームのヒロインだ。


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