第43話 病院事業



 学校と違って、既にやり方が確立されている病院の方針を変えるのは骨が折れる。

 まず反発があるからだ。


「どうして今のままじゃいけないんですか?」


 病院の料理長が怒った様子で言った。仮にも貴族である私たちにここまで強気で来るとは、それだけこの病院の料理長の地位は高いのだということがわかる。


「今のままでも俺たちは問題ありません」


 料理長を含む、その場にいる料理人全員が頷いた。

 私はそれを見て大きくため息を吐いた。


「それは、自分たちが楽ができるからですか?」

「なっ、なんだと!?」


 料理長が怒りを顕にした。


「毎日同じ食材で全員に同じ料理。さぞ楽でしょうね」


 おそらく食事のメニューを変えたくない理由だろうと思うことを指摘すると、料理長は顔を真っ赤に染めた。


「俺たちが悪いと言うのですか!?」

「いいえ」


 私は首に横に振った。


「悪いのは今までこれでいいと思わせた環境でしょう。そして味見すらしない文化」

「でしょう? だから我々は悪くな――」

「ですが、それを変えようと言うのが国王陛下の意向です」


 つまりこれは国の命令だと言外に告げれば、料理長や彼の後ろで騒いでいた料理人は口を噤んだ。


「命令だからといきなり変えるのも私は違うと思うんです。本人が納得しないと。だから」


 私は彼らの前にお皿を差し出した。

 そう、あの病院食の載ったお皿を。


「これを患者が食べられると思っていらっしゃるんですよね? でしたら、どうぞ。皆様もぜひ召し上がってください」

「え……」


 全員の顔色が悪くなった。


「で、でもこれは患者用で……」

「患者さんも、入院している間に味覚が変わるわけじゃないんですよ。家では普通の食事をしていたのに、入院したらこれを食べなきゃいけないのがどれほど苦痛か……」


 私はずいっとそれを料理長の目の前に持っていく。


「その苦痛をずっと与えると主張したということは、皆さんはこれを食べられるということですよね?」

「いや、それは……」

「食べなさい」


 私はついに料理長の鼻先まで料理を持っていった。


「料理を食べている患者の少なさから、気づいていなかったとは言わせません。毎日これを出すのはもはや拷問と言ってもいい。自分たちのしたことを知りなさい。それから、逃げようとしているそこの人たち」


 私が料理長と対面している間に調理場から逃げようとした料理人たちがピタリと固まった。


「食べるのは全員です。逃げられると思わないように」


 私は料理長にスプーンですくったそれを口元に持っていった。


「さ、あなたたちがこれからも患者に食べさせると言った料理です。安心して食べなさい」

「……す、すみませんでし――」

「謝罪は結構」


 私はピシャリと跳ね除けた。


「食事が食べられず弱った患者もいたはずです……それこそ、寿命が短くなった方も。あなたたちがしていたことは、間接的な殺人と変わらない。なぜなら気づいていたのだから。食べないということはそういうことでしょう?」

「……」


 料理長は口を閉じて震え上がった。しかし、それでも口を開かない。


「アンネ」

「はい、お嬢様」

「この人たちに必ず完食させて。私は新しく求人を出すように手配してくるから」

「はい。おまかせを」


 アンネが私から料理を受け取って、全員を見回した。


「必ず完食させてみせます」


 私が退室したあと、調理場は絶叫に包まれた。



◇◇◇



「汚れたシーツの上に寝かせたら看護師たちは震え上がってたよ」


 どうやらエリックも同じようなことをしたらしく、徹底的に医者や看護師指導をしたようだ。


「でも今までのことがあるから、すぐ同じようにしようとする人が出てくるでしょう。そのほうが彼らは楽ですからね。ですから、一つの病院に一人、国から監視人を置いてください」

「わかった」


 ジェレミー殿下が頷いた。


「それからシーツなど新しい物品の補充の手配も……」

「うちの商会から既に手配しておいた。すぐに全病院に届く」

「ルイス、ありがとう」


 さすが、仕事が早い。これなら早めにふえいせいな環境もよくなるだろう。


「あとは孤児院ね」


 孤児院のほうも、食事に関してはアンネに頼んで指導したはずだけど……。

 学校事業とは違い、数が多いから、アンネにも手伝わせていいかと確認したら了承してもらえたので、アンネも張り切って頑張っている。

 私は今までの病院での対応を思い出していた。

 このままでいいと主張する人たち。私たちを常識知らずだと詰る人たち。そして自分も患者と同じようにしろと言われたら逃げようとする人たち。

 ――この感じだと、孤児院も一度見に行ったほうが良さそう。


「孤児院にも行ってみようと思います」

「そうだな。俺はちょっとやることがあってしばらく同行できなそうなんだが……」

「俺がいるから問題ありません」


 ルイスが私とジェレミー殿下の間に入った。


「殿下、フィオナと距離が近いです。離れてください」

「そ、そうか……? すまない。しばらく一緒に仕事していたから仲間意識があって」

「近いです」

「わかった! わかったって!」


 ジェレミー殿下は私から距離を取った。


「お前はフィオナ嬢の行く先どこにでもついて行くな……」

「当たり前でしょう。婚約者なんですから」

「いや当たり前じゃないだろう」

「殿下ならこの気持ちはわかるはずですが」

「…………まあわからなくはない」


 わからなくはないんだ……。

 ジェレミー殿下も心配性なほうなのかしら。


「私も同行しましょう」


 私とルイスの間にサディアスが入ってきた。


「いや、俺だけで大丈夫だ」

「一人より二人、二人より三人のほうがいいでしょう」

「僕も主治医として同行するから数に入れてくれる?」


 エリックが自分を無視するなと入り込んで来た。


「大体、お前はこの間までフィオナの噂を真に受けて毛嫌いしてただろう」

「私が愚かだったことは認めましょう。ですが、それはあなたもではないですか。知ってますよ、最近まであなたたちの仲が悪かったことは。有名でしたからね」

「そ、それは……お互い、行き違いがあったんだ」

「どうだか」

「なんだと?」

「なんです?」


 二人の間に火花が散っているのが見えるわ……。


「みんなで行ったらいいわよね。人数は多ければ多いほうがきっと気付くことも多いと思うし」

「ほら、フィオナ嬢もこう言っています。私と一緒に行きたいと」

「そこまで言ってない。耳を直せ」


 二人がギャーギャー言い争っている。エリックが私に視線で「なんとかしたら?」と伝えてくるので、私は二人の間に入った。


「じゃあ明日にでも行きましょうか!」


 元気よく言ったらルイスが首を横に振った。


「ダメだ。また熱が出てる」


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