第42話 次の仕事


「ホワイトマスク一号は元気ですか?」

「ルビーだってば」


 ルビーに会いにうちに来たサディアスを家に入れると、ルイスが顔を顰めた。


「なんでサディアスがここに来るんだ?」

「この子の面倒を見てたのはサディアスだもの。様子が気になるのは当たり前でしょう?」

「そうです。私はホワイトマスク一号が気になるだけで……あ、これ毛玉対策にいいと聞いた猫草です」

「ありがとう。ほら、ルビー、どうぞ」


 ルビーは猫草をクンクン嗅ぐと、ちょっとずつ齧り始めた。気に入ったらしい。


「この子猫が気になって、ね」

「なんですか?」


 ルイスがサディアスに疑いの視線を向けた。


「いや、本当に気になってるのは子猫なのかと思ってね」

「そうに決まっているじゃないですか。おかしなことを言わないでください」

「でもここに来てからずっとフィオナを見ているじゃないか」

「気のせいだと思います」

「今まさにガン見してるじゃないか」

「気のせいです」


 何やらルイスとサディアスが言い争いをしている。


「ふう、うちのお嬢様の魅力に気づいてしまった人間がまた一人……」


 アンネも何か言ってるし。

 面倒なことに巻き込まれたくないから、私は静かにルビーと遊んでいた。フワフワ、モコモコ。可愛い。

 猫っていいわね……前世では猫を飼う余裕なかったけど、実は飼ってみたかったのよね。


「おー! みんないる!」


 密かに前世からの夢が叶って喜んでいると、部屋にズカズカとニックが入ってきた。


「ニック、部屋に入る前にノックをだな……」


 ジェレミー殿下がもっともなことをニックに指摘している。


「えー、知り合いなのに? 先に近しい来客が来てることがわかってるのに?」

「するんだ。覚えておきなさい」

「面倒だなぁ~」


 ニック……。

 筋肉について以外の常識も教えてあげないといけないかしら……。

 ジェレミー殿下はそんなニックに代わって頭を下げた。


「突然来て済まない。おかげで学校事業は大成功だ」

「よかったです」


 学校についての評判は私も聞いている。子供たちは楽しく通いながら学ぶことができて、親からの評判も上々だ。


「夜間学校も、今の子供の通っている学校と教材を利用してできるからすぐに始められた。大人でもやはり学びたかった者が多かったようで、入学希望者が今殺到してるよ」


 夜間学校も上手くいっているようで安心した。自分で発案した事業が上手くいっていなかったら申し訳ないものね。


「それで相談なのだが――」


 いきなり声のトーンが変わり、私は嫌な予感がしてルビーを撫でるのをやめた。


「今度は病院や孤児院の環境や食事面などの指導をしてほしいんだけど」

「嫌です!!」


 私は食い気味に言った。

 学校事業、楽しかったしお金ももらえてよかった。よかったけどやっぱり大変だったし疲れで何度熱を出して寝込んだか。その度にルイスが「やっぱり国を買っておけば……」とか言い出すのを毎回止めなきゃいけないし……。

 もうあの経験は一度だけでいいかな、というのが本音だった。


「そうだよな、わかる。わかるんだけど……」


 ジェレミー殿下が申し訳なさそうにしながらも、言った。


「ちょっと来てくれないか?」



◇◇◇



 来たのは病院だった。


「何これ……」


 私はそれを見て衝撃を受けた。


「みんなこれを食べてるの……?」


 ドロドロで原型がわからない食事。


「咀嚼ができない人だけじゃなく? 全員がこれ?」

「そうだ」


 ジェレミー殿下が頷いた。


「それじゃあ食べるのに支障がない人も、これ以外選択肢がないんですか?」

「そうだ」


 ジェレミー殿下がもう一度頷いた。

 そんな……これを……?

 私は恐る恐る一口それを食べた。

 うっ……。


「こんなの食事に問題のない人間が食べるわけないじゃないですか!」


 不味かった。

 食感も最悪だし、味も最悪。とりあえず食べられそうなものを突っ込んで煮詰めて出したというのが丸出しだ。患者のことをまったく考えていない。


「そうだよな。今まではこれが当たり前だと思っていたから疑問にすら思わなかったが、フィオナ嬢の教材で栄養について知ってから、これはおかしいなと思ったんだ」


 それで、とジェレミー殿下は続けた。


「食事も残されることが多く、患者が体調を崩すことも多かったんだ」

「それはそうですよ……食事をきちんと取れなければ、体力も落ちますから……」


 食事は生きる上で大切だ。きっちりきっかり栄養ばかり考えた食事だと逆にストレスになって身体に悪くなることもあるから栄養バランスを毎食きっちりしろとまでは言わないが、こんな食べる気さえ起きなくなる食事はダメだ。


「食べ物って大切なんです。味を楽しむことで、元気になるし、その食べ物で身体を作るんですから」


 私と共に教材を作ったり、日々私の話を聞いたりしている面々は、深く頷いた。


「そうだよな! この俺の筋肉も食事から出来ているんだ!」

「ニック、暑苦しい」

「はい!」


 ニックが自慢げに腕を出したが、私の言葉にすぐにしまった。


「食事だけじゃないね」


 病院の中を見て回っていたエリックがイライラした様子で戻ってきた。


「シーツ交換の頻度が半年に一回だって。部屋の掃除も、換気も出来てない。衛生面という観点が抜け落ちてるよ」


 エリックが信じられないと思っていることを隠さずに、病院のダメな点を羅列する。

 私の前世の世界でも確か衛生について考えが広まったのが1800年代……今のこの中世ヨーロッパ風の世界なら、衛生という言葉すら、一般の人は知らないかもしれない。エリックが知っているのはやはり先進国にいたからだろうか。

 私は病院を見て、一つため息を吐いた。


「孤児院も似たような感じなんですね?」

「ああ。そうだ」


 子供たちまでこのような過酷な環境で暮らしているということだ。

 見捨てられるはずがない。

 私の答えは決まった。


「やります」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る