病弱な悪役令嬢ですが、婚約者が過保護すぎて逃げ出したい(私たち犬猿の仲でしたよね!?)

沢野いずみ

第1話 悪役令嬢だけど病弱すぎる



「お前はいつもそうやって……!」

「はあ!? あなたがそもそも……!」


 今日も今日とて言い合いをしている私たちに、そばに控えていた使用人たちがオロオロしている。

 しかしヒートアップした私たちは止まらない。

「お前がああだから」「あなたがああだから」とお互いの悪口を言い合い、さらに頭に血を登らせていた。


 この二人が婚約者同士だなどと、誰が思うだろうか。


 というか、今日はやけにしつこいわね! いつもは「もういい!」とか言って適当なところで引くのに!

 こうしている間にも私は頭が痛くなっているのよ!

 こうなったら律儀に相手が帰るのを待っている必要はない。私から退散してあげようと、踵を返そうとしたそのとき――


「あ」


 木の根っこに足を取られ、私はおでこから盛大に地面にぶつかった。


「フィオナ!?」


 いつになく焦った様子の婚約者の声を聞きながら、私は朦朧とする意識の中、目まぐるしく記憶が駆け巡るのがわかった。


 待って待って待って。


 この記憶の通りだと、私、悪役令嬢のフィオナ・エリオールじゃないの!




◇◇◇




 フィオナ・エリオール。


 乙女ゲーム『きらめきの中に』の悪役令嬢の一人である。


 彼女はある人物を攻略しようとすると現れ、ヒロインに対して邪魔をし、蔑み、最終的にはヒロインの命を狙うが、攻略対象とヒロインが結ばれると、あらゆる罪を暴露されて最終的に死ぬ悪役令嬢である。


 そして前世の記憶通りなら、私はそのフィオナ・エリオールその人である。



「嘘でしょう!?」


 私は叫びながら飛び起きた。


「あ、あれ……?」


 今までのは夢の中で見ていた記憶のようだ。どうやら私は地面に頭を打ち付けてから、意識をなくしたみたいで、自室のベッドに寝かされていた。

 私は立ち上がり、ふらつく足取りで姿見の前に向かった。


「そ、そ、そんな……」


 私は鏡の中の自分を見つめながら、身体を震わせた。

 特徴的な水色の癖のない長い髪。菫を連想させる紫の大きな瞳。長いまつ毛と筋の通った高い鼻。歳は17と、少女と大人の狭間特有の魅力がある。

 間違いなく美少女であるが、どこか生意気そうに見える。そして私はこの姿に見覚えがあった。


 そこには確かにゲームで見た、フィオナ・エリオールが映っていた。


 私はフルフル身体を震わせて叫んだ。



「やったー!」



 私は飛び上がって喜んだ。

 どこからどう見てもフィオナである。間違いない。


「これで……」


 にんまりする顔が抑えられない。


「今世はのんびりできる……!」


 フィオナは確かに悪役令嬢だが、侯爵令嬢で超お金持ち。両親も兄も、唯一の女の子であるフィオナを溺愛している。


 その証拠にこの部屋を見てほしい。とても広々とした、日当たりのいい部屋。女の子が使うことを想定して作った特注の家具たち。そして部屋に備え付けられている、もはやもう一つの部屋と言えるほど大きなクローゼットには、数えるのも馬鹿らしくなるほどのドレスと宝石が詰まっている。


 物だけでなく、幼き頃は乳母に任せて親があまり関わらないことが多いのが貴族であるのに、母はいつも私と一緒に寝てくれたし、父もなるべく食卓に顔を出してくれたし、兄はいつも私の遊び相手をしてくれた。


 もはや疑いようもなく家族から愛されている。素晴らしき、愛。


「私が婚約破棄して、のんびり家で暮らしたいと言っても、同意してくれる姿しか想像できない」


 婚約破棄自体は両家の問題なので、今すぐこちらの一存ではできないが、ゲームの通りに進んだ場合、私は婚約破棄される。家族の様子では、婚約破棄後はのんびり暮らすことが可能なはず。

 そして記憶を取り戻したタイミングもよかった。


「私、まだ悪役令嬢してない!」


 そう、ヒロインに出会ってもいなければ、いじめてもいない。

 そして肝心のフィオナが悪役令嬢として立ちふさがる原因である婚約者とは、幼き頃から不仲。さきほども怒鳴り合っていたし、当然記憶を取り戻した今の私は彼に執着などしていないので、ヒロインが彼とくっつこうというのなら、邪魔などしないし、なんなら全力で祝福してみせる。


「つまり、断罪回避可能なはず……!」


 思い出される前世での記憶。


 就職氷河期をなんとか乗り越え就職した先は、超絶ブラック企業。サービス残業当たり前。むしろ連続寝泊り当たり前。だと言うのに引くほど薄給。心神喪失していく同僚を尻目に、同じく心神喪失しながら日々を生きていた。

 正直働いていた頃の記憶があまりない。なんとか会社に行っていたことだけは覚えている。


 やっぱり過労死したのだろうか。

 確か最後の記憶は、また一人同僚が出勤しなくなり、そのしわ寄せで忙しなく働きながら、久々に帰った自宅で「やってられるか!」とビールを飲んだ場面だ。


 え、ビール飲んでどうしたんだろう。死んだ? ビールで死んだ? その場合もしかして過労死にならない? もしそうだったら会社は無傷? それは悔しい! どうせ死ぬなら一矢報いたかった!


 しかし、それもすべて前世でのこと。


 そう、今の私は超絶美少女お金持ち、フィオナである。


「今世は贅沢三昧スローライフエンジョイしてやるわー!」


 私は嬉しさのあまり踊り出す。

 前世での苦行はきっと今世のためだったのよ!

 ランランランッ、とテンポよくスキップしていたところで、私はその考えを思い直した。


「うぅ」


 そしてその場で膝をつく。



「この身体、病弱すぎる!」



 少し踊っただけでこの動悸、震える身体。なんという体力のなさ! 私は荒い息を吐きながら、流れる汗を手で拭った。


 ――そう、私は生まれながらにして、身体が弱かった。


「公式にこんな設定なかった!」


 何度もやり込んだから確かである。ゲームの中で、フィオナが病弱だという記載もなければ、そういった場面も出てこなかった。

 フィオナはただただ性格が悪く、すぐに不機嫌になり怒鳴り散らす悪役令嬢だった。


「くっ」


 私は気分の悪さに歯を食いしばった。

 ゲームでは特に記載はなかったが、もしゲームのフィオナも私と同じ状況なら、なぜ彼女があのような性格になったのかよくわかる。


「この体調の悪さだと周りに当たり散らすしかなかったんだ……!」


 体調が悪くなったことのある人間ならわかるだろう。

 体調が悪い中、普段通りに振る舞う辛さ。どんどん募っていく苛立ち。人の話し声すら頭痛のタネになる理不尽さ。

 正直ただ歩くのも辛く、記憶が戻る前に婚約者と喧嘩したのだって、「歩くのが遅い」と言われたからだ。


 早く歩けるか! この体調で!


 と怒りが爆発したのである。


「危ない危ない。あのままだと、ゲームのままの悪役令嬢フィオナになるところだった」


 それだけ日々体調が悪く、イライラしているのだ。

 しかし、私は当然悪役令嬢フィオナと同じことをする気はない。断罪など以ての外。

 今世こそは前世と違ってゆったりのんびり暮らすのだ。だって金持ち貴族の侯爵家ご令嬢だもの。


 目指せ、親のすねかじり!


 しかし、この病弱さをどうにかしなければ、スローライフさえ、夢のまた夢である。

 私は決断した。


「私、健康になる!」


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