第2話 健康になるには
「でも健康になるってどうしたらいいんだろうか……」
私は疲れたのでベッドに再び横になりながら考えた。この鏡とベッドの往復だけで疲れるなんて、本当に貧弱すぎるこの身体。
「筋トレ? いやそんなのいきなり始めたら死ぬ。それぐらい身体が弱い死ぬ」
自分が筋トレ中にバタンキューする姿が想像できて私は首を横に振った。死因筋トレは悲しすぎる。
「ゲームの世界だから何か特殊な特効薬とか……ダメね、そんなもの聞いたこともない」
せっかく前世の記憶があるのに……
私はああでもないこうでもないと頭を悩ませた。
そのとき、コンコン、と扉がノックされた。
「はい」
「お嬢様。アンネでございます」
アンネは私の専属侍女だ。
「入って」
「失礼いたします」
アンネが部屋の扉を開けて入ってくる。侍女にしてはやたら奇麗なその顔は、無表情である。
しかし、アンネは無表情だが無感情ではないということを、長い付き合いである私は知っている。
「起きていらっしゃったのですね」
「うん。急に倒れて面倒をかけたけど、もうなんとか起き上がれるわよ」
決して調子がいいとは言わない。今も身体がダルいもの。
病弱……本当に病弱この身体……
アンネが「それはよかったです」と言いながら水差しをベッド脇に置いた。
「お嬢様は丸三日寝ていたのですよ」
「え!? そんなに寝てたの!?」
せいぜい一晩ぐらいだと思っていたのに!
私は驚いて大きな声を出し、肺が痛くなった。くっ、本当にこの身体ぁ……!
胸を押さえた私を、アンネがそっと支えて、布団をかけなおしてくれた。
「無理しないでください。お嬢様が死んだら私も死にます」
愛が重い。
孤児院から私が引き取ったからか、アンネはこの家というより、私に忠誠を誓っている。私のために死ぬと言い、私の幸せが自分の幸せだと公言して憚らない。
そこまで誓わなくてもと思うぐらいの忠誠心である。本当に私の後を追ってきそうだから長生きするようにしないと。そのためにはこの身体をどうにかしなくちゃ。
「身体もまだお辛いでしょうから、食事はこちらに運んで召し上がっていただこうかと思うのですが」
「いえ、食堂に行くわ!」
アンネの提案に食い気味に答えた。
三日間寝たきりでいた貧弱な身体。
ただでさえ身体が弱いのに、その三日でさらに弱くなっているはず。少しでも身体を動かして、筋肉や内臓を動かさないと!
じゃないと、このまま寝たきり生活に突入する未来が見える!
ダメよ、今世をハッピースローライフにするためにも、ここで寝たきりになって寿命を縮めるわけにはいかない!
「かしこまりました。では食堂までご一緒させてくださいませ」
私はアンネに支えられながら、食堂に向かった。アンネが「お嬢様の柔肌……」と呟いたのは聞かなかったことにする。
食堂に着くまでの間、家の中の調度品などを見て、我が家の金持ちっぷりが改めて確認できた。さすが王国第二位の金持ちと言われるだけある。
ちなみに第一位は悔しいけれど、婚約者の家だ。悔しい! あの男に負けるなんて!
しかし、これだけ裕福なら娘一人養うぐらい簡単なはずだ。ありがとう、お金持ちな我が家。ハレルヤ!
あとは養ってもらうようにどうにか悪役令嬢フラグをヘシ折るだけ!
食堂に到着すると、父と母と兄がすでにそろっていた。
「フィオナ、もう起きていいのか?」
父が心配した様子で聞いてくる。
「そうよ、部屋で食べていいのよ? 無理しないで」
母も私を気遣ってくれる。
「歩くのが辛かったらお兄ちゃんがずっと抱っこしてやるぞ?」
それはさらにひ弱になるからダメ!
「もう大丈夫です。ご心配おかけしました」
私はにこりと家族に笑いかけながら席に着いた。
みんな私を心配してくれている。そう、私は家族に愛されているのである。
「フィオナが元気になるように、コックにお願いしたからな」
つまり、私の体調を考慮した食事なのだろうか。
よかったお腹が空いていたのだ。だって三日何も食べてない。
父の言葉に期待して、ワクワクして用意された食事を見て――私は絶句した。
「お、お父様……こ、これは?」
「うちの領地の特産、高級牛のステーキだぞ。精がつくだろう? しっかり食べなさい」
そう、目の前には、それはそれはおいしそうな、ステーキが置いてあった。
肉は分厚く、油ものっていて、香りからしてもとても良い肉が使われているのがよくわかる。きっと口に入れるととろけるような食感に違いない。貧乏社畜にはまずお目にかかれない代物だ。前世の私ならよだれを垂らして喜んでいただろう。
しかし病弱な悪役令嬢に転生した今の私には食べられない。
「無理!」
ステーキの香ばしい香りだけで気分が悪くなり、口を押える。
「ど、どうしたフィオナ。いつもは食べていただろう?」
確かに、いつもは食べていた。
しかしそれは家族への気遣いと、貴族としてのプライドで無理やり口に入れていただけだ。もちろん胃が受け付けなくて、いつも大変な思いをしていた。
さらに今は倒れて三日何も口にしていないのである。より弱った身体に、脂身たっぷりのステーキは、もはや凶器であった。
私は他のメニューも確認する。
たっぷりチーズが乗せられたサラダ。ステーキと合わせたのかこってりしたスープ。牛肉の使われたリゾット。その他とにかくこってりしたメニューたち。
牛多いな……特産って言ってたから仕方ないのかもしれないけど、牛が多い!
今までを思い起こしてみると、いつも食事はこってりだった。家族以外ならともかく、家族は私の身体の弱さを知っている。なのにこのメニューって……。
「お、お父様……もっとさっぱりしたものが食べたいのですが……」
私のお願いに、父がきょとんとする。
「何を言っているんだ。身体が弱いんだから、しっかりと体力のつくものを食べないと」
……ん?
「特にこのステーキなんか、食べたら元気になるはずだ。ほら、遠慮せずに」
んんん?
「そうよ、元気になるために必要なのだから、我慢しなさい」
「そうだぞ。好き嫌いするなよ」
んんんん?
まったく悪意のなさそうな表情でこってりしたものを勧めてくる父。そしてそれを止めずにこってりしたものを食べるように言う母と兄。
これはもしかして……。
私は一つの答えに行きついた。
――この世界、病人の食事に理解がないんだ!
そうだ、そうとしか思えない。そうでなければ私を溺愛している家族がこんな過酷なことをさせるはずがない。
現代人と異世界人の文化の違いに今私は直面している!
身体が全力で拒絶しているけど……家族は食べろという目で見て来る……。
そういえば、普段もこってりめなメニューだったけど、私が体調悪いときは、特にこってりなものが大量に出てきた気がする。
あれはそれで元気になると思っていたからなんだ!
健康はまず食事から。
しかしその食事が碌に食べられないおそろしい事態に陥っている。
これは早急に何とかしないと、悪役令嬢以前に、死ぬ!
私はナイフとフォークをテーブルに置いて宣言した。
「食事改善させていただきます!」
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