第38話 学校へ


「よしっ!」


 私は教材の出来に満足した。

 あれから早数ヶ月。自分の前世の記憶と、こちらにある数少ない他国の栄養に関する本を参考にしながら、なるべく初心者にもわかりやすいように作った。

 ちょうど学校の改装が終わったと報告があったから、学校の確認と同時に教材の確認をしてもらうことになった。

 私は馬車に乗りながらソワソワしていた。


「忘れ物はないか?」


 当然のように付いてきたルイスが、私に訊ねる。


「うん、大丈夫」


 エリックも自分で作った教材を手にしながら、「僕には聞いてくれないんだね」とこちらをからかうように言った。


「当たり前だ。自分のことは自分でどうにかしろ」

「この差だよ。自分でどうにかするからいいけど」


 エリックはルイスをからかいたかっただけで、彼の反応に特に気にした様子もなく、教材をカバンにしまった。


「ねえ、聞きたかったんだけど」


 中々タイミングがなくて聞けなかったけど、初対面の頃より仲良くなったし、今なら聞けるかも。


「エリックってどうして国を出たの? 医学を目指したのはどうして?」


 エリックは私の質問に一瞬固まったが、しかし意外とスラスラ答えてくれた。


「医学を目指したのは――」


 エリックが馬車の窓から外を見る。


「――父が、僕が二歳ぐらいなときに、僕のIQが高いことに気づいてね。父は昔医者だったらしい。父は僕なら自分の医学を学ばせられると思って僕に全部叩き込んだんだ」


 エリックはお父さんのことを思い出しているのか、どこか懐かしそうだ。


「僕はどんどん父の知識を吸収して、世界に二人といない優秀な医者になった。そして父は――」


 エリックが言葉を止めた。


「まあ色々あって……父にはもう会えなくなって、その後国を追い出されたんだ」

「そうなの……」


 私はどう反応したものか、ちょっと悩みながらも口にした。


「言い辛いこと聞いてごめんね。お父様もきっと天国から見守ってるわ」

「待って、生きてるから」


 今の話の流れでてっきりエリックの父は死んだのかと思ったら、違ったらしい。


「あ、そうなの? ごめんなさい、早とちりを」

「縁起でもないこと言わないでよね」


 エリックがフンッと鼻を鳴らした。


「……父が死ぬことはないんだ。あそこにいる限りはね」


 エリックの言葉は馬車の音にかき消されて、私には届かなかった。



◇◇◇



「わあー! すごい!」


 古びた校舎は、新しく生まれ変わっていた。

 誰だって学ぶなら綺麗なほうがいい。これなら子供たちにも安心して勉強できる環境だろう。


「どうだろうか」

「とてもいいと思います!」


 ジェレミー殿下に訊ねられて、私は答えた。


「でも君に言われた遊具がまだ出来てないんだ。職人にイマイチ上手く伝わらないみたいで」

「今度、絵にして持っていきますね」

「助かる」


 ジェレミー殿下が嬉しそうにする。


「勉強だけをするのではなく、休み時間に遊べるようにするなんて、フィオナ嬢はよく思いつくな」

「子供たちが息抜きできる環境のほうが、学ぶには適しているんですよ」


 勉強だけだとストレスも溜まってしまうし、コミュニケーションスキルを磨くためにも、校庭と遊具はあったほうがいいと進言したのだ。


「また一つ学べたよ。ありがとうフィオナ嬢」


 ふわりと笑うジェレミー殿下。王太子とは思えぬその素直さ! 推せる!


「いえ、こちらこそこのような機会をくださりありがとうございます」


 面倒だと思っていた学校事業。やってみると思いのほか楽しかった。私は遠慮なく前世の知識を提供できるし、健康知識について改めて学ぶ機会をもらえた。お金もらって仕方なく仕事として引き受けたけど、あのとき頑なに断らなくて正解だった。


「俺はこれから他の仕事に行かなければいけないから、あとはサディアスに任せていいかな?」


 ジェレミー殿下がサディアスに確認する。


「もちろんでございます」

「じゃあ頼む。フィオナ嬢、あとの細かいところの確認はサディアスと行ってもらうけどいいか?」

「はい」


 私に対していい感情がないらしいサディアスと一緒なのは本当は嫌だが、仕方ない。


「俺も一緒だから大丈夫だ」

「何言ってるんだルイス。今回の会合は、ハントン公爵家の跡取りであるお前も参加することになってただろ」

「……」


 ルイスが忌々しそうにジェレミー殿下を見た。


「俺は欠席します」

「できるか! 駄々こねないで行くぞ!」

「俺はフィオナと一緒にいます」

「しつこい!」


 ジェレミー殿下に引きずられて、ルイスが渋々ながら退室した。


「エリックから離れないようにするんだぞ! フィオナ!」

「はいはい」

「はいは一回だ!」

「はーい」


 まるでお母さんのようなことを言いながら、ルイスは去った。

 残されたのは、私とエリックとサディアスだ。


「……では案内します」


 サディアスは不本意なことを隠さずに、無愛想に私を案内した。



◇◇◇



「――これで全部です」


 私への配慮のない案内は過酷だった。

 普通の人ならそうではないだろうが、病弱な私には過酷だった。サディアスはルイスと違ってこちらのペースに合わせてくれないし、階段なども頻繁に上り下りする道を選んだ。途中エリックが休むようにサディアスに頼んでくれたが、サディアスは受け入れてくれなかった。


「あ、ありがとう」


 ハアハア荒い息を吐きながら私は一応感謝を述べた。

 そんな私に、サディアスが言った。


「白々しい」

「え?」


 白々しい?

 私が戸惑いながらサディアスを見ると、彼は私を睨みつけていた。


「病弱なフリをするのはやめたらどうだ? あなたが悪女だったことはみんな知っているぞ」


 私は突然のことに反応を返せなかった。


「国王陛下やジェレミー殿下にまで取り入るとは……何を企んでいるんです? 悪いですが、私がいるからには、あなたの勝手になどさせない」


 ああ、そうか。

 私は今までのサディアスの行動に、納得がいった。

 彼は、私の悪評を信じているのだ。

 いくら私が病弱だったからだと言っても、それを全員が信じて受け入れてくれるわけではない。それに、以前の私の態度が良くなかったこともある。

 私を受け入れられない人がいるのも無理はない。

 そうだ、そのはずなのだ。その考えに至るまで時間がかかってしまった。

 最近みんなが受け入れてくれていたから、どうやら思想がちょっと花畑になってしまったみたいだ。


「何も企んでなどいないわ」


 私は慌てて否定する。

 私を受け入れろとは言わないが、ありもしないことを疑われるのは困る。

 私は一応反論した。


「病弱なのは嘘ではなくて、国王陛下たちは、私の事業がたまたま目に付いただけ。取り入ろうなんて思っていないわ」


 私が否定しても、サディアスの耳には届かなかったようだ。


「あなたのいいわけなどどうでもいいのです。これからも私はあなたの行動に目を光らせるので」

「あのな、あんたのそれは偏見って言うんだよ」


 エリックも反論してくれた。


「この目の前にいる辛そうな女性が目に入らないのか? これが演技だとでも? 目が節穴過ぎないか? そのメガネ見えてる?」

「失礼な子供ですね」

「どうも。その子供はこの国の国王陛下にも認められているんだよ」


 見えない稲妻が走っているようだ。 

 二人はバチバチとやり合い、私は慌ててその間に入った。


「案内はありがとう! 今日はもう帰ることにするわ。エリック、行きましょう」


 私がエリックを連れて踵を返そうとした、そのとき、「どうして」という小さな声が聞こえた。


「どうして――なんの努力もしてないあなたが受け入れられるんです」


 その言葉で、私は一気にサディアスルートを思い出した。



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