第39話 サディアス


 サディアス・ベレンティー。

 彼はゲームの攻略対象で、この国の宰相の息子である。


 幼い頃から跡取りとして育てられたが、彼はとても平凡な子供だった。一から十をあっさりできるようになるタイプではなく、日々ひたすら努力してそれができるようになるタイプだった。

 しかし、彼とは違い天才肌の父親は、彼が努力をしないと簡単なことも覚えられないと判断した。そして彼を寄宿学校に入れてしまうのだ。この国の貴族は基本的に家庭教師に勉強を教わるが、それで満足できない親が、厳しく学ばせるためにあるのが寄宿学校だ。


 父親から認められなかった悔しさをバネに、彼は父を超える当主になると努力を重ね、ついに誰もが認める優秀な、次期宰相候補となる。

 しかし、父からの扱いと幼い頃の経験から、人を信じられない男になる。


 そんなある日、父の友人から、娘の勉強を見てほしいと言われる。サディアスは父の頼みを断れず、受け入れる。

 その相手がヒロインなのだ。

 ヒロインと接するうちに、人を信じる気持ちを取り戻し、父が自分を嫌って寄宿学校に入れたのではなく、心配して入れたのだと納得する。

 ヒロインの優しさで、サディアスは、ずっと否定してきた自分自身を受け入れることが出来るのだった。



◇◇◇



 そうだ。サディアスは努力して今の地位に付いたのよ。

 私はベットに横たわりながら考えていた。


 ――彼の育ちからしたら、私はズルをしてみんなに認められた女として見えちゃうわね。


 ずっと努力をして、ようやく認められたサディアス。

 片や、ひょっこり事業をやったら国王陛下の目に留まり、重要な事業を任された私。


「どう考えてもいい気はしないわよね」


 私は手で目を覆ってはぁ~と深いため息を吐いた。


「なるべく相手を刺激しないようにしよう」


 私はそう決意した。



◇◇◇



 一人を気にしていたら別の一人が来た。


「ジェレミー殿下と最近何かをしているそうですね」


 さすが未来の王太子妃と言われるお方。優雅な仕草でお茶を飲みながらも、隙は見せない。


 カミラ・ボルフィレ。

 ジェレミー殿下の婚約者候補筆頭であり、彼のルートの悪役令嬢。


 カミラは悪役令嬢でありながら、最後まで高貴さを失わなかった。

 そこがフィオナとは違って好きだったな、と思いながら、私はカミラに答えた。


「あの、確かにちょっと国の事業を手伝ってはいますが、ジェレミー殿下だけでなく、ルイスやサディアス様も一緒で……」


 なぜ私が浮気の言い訳のようなことを言わなければいけなのか、と思いながら、まだ何をしているか公表はしていないから、私から学校作っています、という訳にはいかないので誤魔化した。


「そうですか」


 二人きりではないとわかったからか、カミラがほっと息を吐いた。


「わたくしの友人の一人が、あなたとジェレミー殿下が仲良くしているのを見たと言うので、一応確認に来させていただきました」

「ふ、二人だけで話したことは一回もないですよ! いつもルイスか主治医が一緒にいるので」


 友人、と聞いて、カミラにくっついていた三人を思い出した。きっとあの中に一人だろう。余計なことを。


「安心しました。わたくしも最近ジェレミー殿下に会っていないものですから少しだけ気になっただけです……ああ、でも」


 カミラが小声で言った。


「わたくしにそんなことを思う資格ないですわね」

「え?」


 どういうことだろうか。


「わたくしとジェレミー殿下は、まだ婚約しておりません。ジェレミー殿下が恋人を作ろうがわたくしは関係ないということです」

「こ、恋人!?」


 私は慌てて否定した。


「私には婚約者がいますし、違いますからね!」

「あなたの様子を見て、そんなことはないなとすぐにわかりました」

「よかった……」 


 カミラに変な誤解を与えてなくて胸を撫で下ろした。

 カミラは本人が言った通り、婚約者ではなく、婚約者候補筆頭だ。

 ジェレミー殿下はまだ正式にカミラと婚約していない。ただ、ほぼカミラで決まりだろうという流れが出来ている。

 でも、もしかしたらカミラはそれが不安なのかもしれない。


「今の話だと、これからもジェレミー殿下に会う機会があるのですね?」

「あ、そ、そうですけどそれは仕事で!」

「必死にならなくてもわかっております」

「あ……はい」


 もう私とジェレミー殿下を疑ってはいないようだ。

 カミラは懐から何かを取り出すと、それを私に差し出した。

 それは鷲が刺繍されたハンカチだった。

 鷲は王家の紋章にも使われている、この国を表す鳥だ。


「これは?」

「ジェレミー殿下に渡していただけないかしら?」

「私が、ですか?」


 カミラが頷いた。


「今お忙しそうだから……身体を壊さないように、お守りとして刺繍したのです。ただ、これを渡すためだけに忙しいところを呼び出すのも申し訳ないでしょう? だから、次に会ったときに渡してもらえるかしら」

「わかりました」


 カミラは公爵令嬢だ。さらにジェレミー殿下の筆頭婚約者候補である。その彼女が会いたいと言えば、きっとジェレミー殿下は会ってくれる。でも彼女はそれを選ばない。

 カミラは思慮深い人間だと、今の短いやり取りでよくわかった。


「必ずお渡しします」

「ありがとう。では」


 カミラは用が終わったのか、カップをテーブルに戻し、立ち上がった。そして扉から出ていこうとしたそのとき、こちらを振り返った。


「あなたとは友好な仲でありたいものですわ」


 彼女は私を見てそっと目を細めた。


「気の迷いを起こしませんように」


 そう言って、彼女は部屋を出ていった。扉がバタン、と閉まる音が大きく響いた。


 ――こっっっっっっわ!


 あれは「ジェレミー殿下に手を出したら敵と認めます」ってことよね!? こわっ!

 カミラを敵に回す恐怖から、私は絶対ジェレミー殿下と二人で会わないと決めた。


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