第57話 説得
「よく来てくれた、フィオナ嬢。いや、エリオール子爵と言うべきか?」
この間国王陛下から子爵位をもらったばかりだ。有難いことだが、まだその呼び名には慣れない。
「お招きいただきありがとうございます。どうぞ、今までと変わりなく、フィオナとお呼びください」
子爵位も、私への感謝のための形としてくれただけで、それによって何かあるわけではない。今までのエリオール侯爵家のフィオナで問題ない。
私は国王陛下にカーテシーを。ルイスと父は頭を下げた。
「手紙は読んでくれたか?」
国王陛下はニコニコと笑いながら訊ねてきた。
「はい。読ませていただきました」
「この場に呼んだのはその話し合いがしたいと思ってな」
それ以外に呼ばれる理由がないものね。
「……ジェレミー殿下と婚約との話でしたが、お間違えないでしょうか?」
父が確認のために訊ねる。
「ああ。その通りだ」
国王陛下が頷いた。私たちは顔を見合わせた。
「国王陛下、大変恐縮ですが、娘はすでにルイス殿と婚約しております」
それも七歳のときからだ。つい最近婚約したわけでもなく、国内貴族の間では知らない人のほうが少ない。当然国王陛下もご存じのはず。知っていて私にジェレミー殿下との婚約を申し込んできたのだ。
「だが、フィオナ嬢の才能を公爵家に留めるのはもったいないと思わないか?」
案の定、私とルイスの婚約を知りつつ、王家のほうがいいのでは? と提案してきた。
「そうは思いません。私に王太子妃は荷が重いです」
「何を言うか。フィオナ嬢は優秀だ。国母に相応しい」
私は意を決して説明する。
「国王陛下、私は身体が弱いのです。国母になれない可能性もあります」
私は身体が弱いため、もしかしたら子を成せないかもしれない。それは跡継ぎが必要な王太子との結婚において大きな問題となる。結婚後に判明するならいざ知らず、結婚前にその可能性があるなら王太子の結婚相手に選ばないだろう。
結婚後、どうしても子どもができない場合もある。その場合は、王族の中から次の王を選ぶことはあるが、それは可能なら避けたいはずだ。
「だが、この間のパーティーは参加できたではないか。身体の調子も落ち着いてきたのだろう? フィオナ嬢は若い。そんなに心配することはなかろう」
爵位授与のパーティーのことを言っているのだ。
確かにあのときは奇跡的に長い時間参加できた。でもやっぱり疲れてしまって、途中で帰ったのだけど、もしかして国王陛下は知らないのだろうか?
「パーティーは最後まで参加できておりません。国王陛下、王太子妃は身体が丈夫でなければ務まりません。私は国王陛下の手紙を読んでからプレッシャーに勝てずに食事が喉を通っておらず、常に緊張感を持たねばならない王太子妃になれば、寝込んでばかりいることでしょう」
遠回しに最近体調がよかったのは実家で生活しているからなんだと伝えてみた。
実際王太子妃になったら倒れてばかりな自信がある。常に人の目を気にしていないといけないし、政務もあるし、外に顔出しして愛想良く過ごさなければならない。ストレスフル状態だ。寿命が縮まる。
「うーん……しかしなあ」
だが、これだけ説明しても、国王陛下は私を諦めきれないのか、婚約の申し込みを取り下げる発言をしなかった。
「ジェレミー殿下の意見はどうなのですか?」
「あやつはいい。決定するのはわしだ」
「やはり納得していないのですね」
納得していたらこの場にいるはずだ。私との婚約を反対したからこそこの場から出されてしまったのだろう。
「国王陛下が結婚させようとしているのは、ジェレミー殿下ではありませんか。そのジェレミー殿下が断っているのに推し進めるのですか」
「フィオナ嬢、王族の結婚において感情は不要なのだ」
「ならフィオナには向かないかもしれませんね」
父が間に入った。
「フィオナは身体が弱いため、感情の揺れで体調を崩します。相手と良好な関係を築けなければ結婚は難しいでしょう」
「ふむ……」
国王陛下が深刻な顔をして黙り込んだ。今までの話を聞いて、ようやく私の身体の弱さの深刻さが伝わり始めたのかもしれない。
「そもそも、我が家に今回の件を伝えておりませんね」
今度はルイスが話に入ってきた。
国王陛下は途端にバツが悪そうに顔を背けた。
「片方が承諾したらいい話だからな」
「つまり、フィオナだけ呼び出して婚約破棄させようとしたということですね」
「人聞きの悪いことを申すな。わしは王太子妃となる選択もあると伝えているのだ」
「そしてフィオナは断っています」
ルイスがきっぱり言い切った。
「はっきり言っておきますが、もしフィオナを奪うなら、我が公爵家が敵になると思っておいてください」
「……」
国王陛下が黙り込んだ。
そのとき、スッと一人の手が伸びた。サディアスだ。
「発言してもよろしいでしょうか、陛下」
「よい」
「ありがとうございます」
サディアスが国王陛下に頭を下げてから話し始めた。
「この国の経済基盤を支えているのはハントン公爵家であり、彼らの私財は国庫を超えるものと思われ、もしハントン公爵家がこの国を出るとなったら大きな損害です。国としても、ハントン公爵家とは良好な関係を築いたほうがよろしいと思われます」
この国の経済を回しているのはハントン公爵家といっても過言ではない。もしハントン公爵家がこの国を見捨てたら、大きな損害が出ることは間違いない。
「宰相も同じ意見か?」
「はい」
淡々と公爵家を敵に回すなという意見を宰相親子から語られ、国王陛下は大きくため息を吐いた。
「わかった。ハントン公爵家を敵に回すつもりなど毛頭ない。フィオナ嬢が可能なら王家に入ってほしいほど優秀だったのだ」
「我が婚約者を褒めていただきありがとうございます」
ルイスが皮肉を込めて感謝を述べた。
「よかろう。婚約を推し進めることはやめる」
国王陛下の言葉を聞いて、私は笑顔が浮かんだが、次の瞬間また笑みを無くす。
「だが、選択肢の一つとして入れてほしい。まだ結婚するまで時間はあるのだ。条件がいいほうを選べばいい」
私がルイスと結婚するまで諦めないということだろうか。諦めてほしい。絶対国母にはなれない。
しかし、ここでゴネて話がまた戻ったら困る。今はこれを妥協点として受け入れるべきだろう。
「身に余る光栄でございます。結婚までよく検討したいと思います」
「うむ。今日はよく来てくれた。気をつけて帰るがよい」
「失礼いたします」
頭を下げて部屋を後にする。途中サディアスと目が合って私は目配せで感謝を伝えると、サディアスも小さく頷いてくれた。ニックとも目が合ったが、彼は何も助けてくれなかったので無視した。
アーロンに扉を開けてもらい部屋を出ると、ルイスが眉間に皺を寄せていた。
相当この話が嫌なんだろうな、と思いながら、外に出て馬車に乗ると、ルイスがようやく口を開いた。
「サディアスとアイコンタクト取ってたけど」
「え、そこ?」
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