第33話 フィオナの提案
ルイスは真剣な表情で言った。
「この話が長くなるならフィオナを座らせていただけないでしょうか」
……?
みんなキョトンとした顔をしてルイスを見る。もちろん私も。
ルイスはそんな全員に淡々と説明した。
「フィオナは身体が弱いんです。今こうして話しているのも大変なはず。これ以上話が長引くなら、椅子を用意してください」
みんなキョトン顔から、今度は戸惑った表情に変わった。
「ルイス、この場で座るのは……」
正直とても座りたい。いつ限界が来て倒れるかわからない瀬戸際である。
だけど国王陛下以外全員立っているし、この場で座るという行為がとてつもなく空気の読めない行動であることは私でもわかる。
しかし、ルイスは首を横に振った。
「大丈夫だ、フィオナ。フィオナが身体が弱いことは、この間のカミラ嬢とのやり取りではっきりしている。知っているというのに立たせたままなんて、いくら王族と言えどもありえないさ」
ルイスがにっこり微笑んだ。
これは圧だ。王族相手に圧をかけている。
「気付かなくて申し訳なかった。アーロン。椅子を」
「はい」
ジェレミー殿下に指示されたアーロンがサッと私の後ろに椅子を置いた。
「どうぞ、フィオナ嬢」
「あ、ありがとうございます……」
多少の気まずさはありつつも、私は座った。結構体力の限界だったので。
玉座の間で座るなんて落ち着かないけどおかげで楽になった。けど……。
「……」
「……」
何この状況。
未だ嘗て玉座の間で椅子に座る人間がいただろうか。きっといないに違いない。
ルイスは満足そうだが、私や周りは微妙な空気になっている。
とは言え、助かったことは事実だ。あのままだといつ倒れていたかわからない。
「ありがとうルイス」
私は感謝の意を込めてルイスを見ると、ルイスが頷いた。
「婚約者だから当然のことだ」
ルイスが少し自慢げだ。
「これからもフィオナの体調が悪くならないように常に注意を払っていく」
常に……。
それはちょっと重い……。
体調はエリックが見てくれるからもう少し気を抜いてもらいたい。
「……」
「……」
辛かったから椅子に座っちゃったけど気まずいなこれ。
傍から見たらなんだこれと言われる状況間違いなしだ。
「……話の続きだが」
呆然と成り行きを見ていたジェレミー殿下が気を取り直し、話を再開させた。
「君には我々が知らない人を健康にさせる知恵があるのだろうと予測している。我が国は平均寿命が短く、病気になる者も多い。国民には健やかに過ごしてほしいというのが王室の総意だ。よって、君の知恵を貸してもらって、国民が健康になれるように導きたい」
確かにこの国の健康寿命は現代日本より短い。医療の発達の遅れもあるが、食事環境の影響も大きいことは、今までのことで私も理解している。
「申し訳ないですが、私はあくまで趣味程度の知識しか持ち合わせておらず……」
本当のことだ。健康オタクだったと言っても、栄養士の資格まで持っていたわけではない。足りない部分も多く、この程度の知識で国の政策に携わるなど恐ろしい。
「フィオナ嬢」
丁重にお断りしようとしたが、ジェレミー殿下が首を横に振った。
「この国で食べ物の栄養について意識した人間は君以外いない。つまり、この分野について、君より知識豊富な人間は存在しないんだ」
ジェレミー殿下が私の後ろにいるエリックを見る。
「医者なら多少は心得があるだろうが……」
「残念ながら、医者は医療がメイン……もちろん栄養について指導もしますが、どのように摂取したら効率的かなど、専門的な部分は自信を持って答えることが出来かねます」
「とのことだ」
ジェレミー殿下がエリックを見たことで少し期待したが、当たり前の返事が来た。
それもそのはずだ。医者というのは医療だけでも知識量が膨大で日々学ばなければならず、栄養知識まで完璧にしろと言われたら過労になる。専門分野は専門の職業が存在した方が効率がいいのだ。
まあこの国に栄養士いないみたいだけど。だからこそこんな偏った食事をする国になっちゃったんだろうけど。
「ですが、残念ながら本当に……」
「少し知恵を貸してくれるだけでいい。この国に栄養について国民に知らせてそれを維持するにはどうしたらいいか考えてくれないか?」
くれないかと申されましても……。
「新聞だけでなく、実際君の優秀さは聞き及んでいるんだ」
聞き及んでいる……? 誰から……?
「前ハントン公爵夫人のお墨付きだ」
おばあ様ーーーーー!!
私の頭の中のおばあ様が「ふんっ! せっかく知恵があるんだから、引きこもってないで動きな!」と言っている。いらぬ親切。
今までの積み重ねがあって、こうして国王陛下が直々に手伝いを打診してくる事態になってしまったのか……。
だがそんなことを言われても……。
私の知恵を貸して……国民を健康に……。うーん……。
「今すぐに何か考えてくれというものではない。何か――」
「あ」
「何か案があるのか!?」
考え事をしていてジェレミー殿下の言葉にも気付かずに、パッとある考えが閃いて思わず声が漏れてしまった。
するとジェレミー殿下が何かを期待するかのように反応した。綺麗な緑色の目に見つめられ、私は思わず顔を赤らめた。
――そう、私はゲームの中ではジェレミー殿下推しだった。
ジェレミー殿下ルートは超王道の下位貴族のヒロインが王太子と恋仲になって成り上がるストーリーだったけど、王族らしくありながらもヒロインを支えるジェレミー殿下が好きだった。
ゲームの中での優しさで言えばルイスが1位だったけど、ジェレミー殿下も十分ヒーローらしい優しさがあった。デレデレに甘やかされるより、ジェレミー殿下ぐらいの包容力が好みだった。あと王族とのシンデレラストーリーが好きだったのもある。
その推しに見つめられ、照れてしまった。
ゲームでもよかったけど、実物のジェレミー殿下、かっこいい。
「フィオナ……?」
ついうっとりとジェレミー殿下を見ていたら、目敏いルイスに見咎められた。
笑顔なのに笑ってない笑みを向けられ、私は必死に出そうになった悲鳴を喉の奥に押しとどめた。
「な、何? ルイス?」
私はなんてことないように答えたつもりだが、ルイスは表情を変えなかった。
どこか暗い影のある笑みから真顔になったルイスが静かに呟いた。
「フィオナ、まさかジェレミー殿下が好きなのか……?」
「はい……?」
ゲームの中の推しに会えてちょっと心踊ってしまったが、ジェレミー殿下に恋などしていない。
そもそも会話らしい会話をしたことがほとんどないし、彼はカミラがほぼ婚約者に内定しているようなもの。他人のものに手を出すような趣味はないし、そうまでして奪いたいという焦がれるような気持ちも一切なかった。
あくまでゲームでの推しというだけだ。
だが推しだから見ていたと言っても、『推し』がこの世界では通じないだろう。なんと説明しよう。
考えて黙ってしまった私に何を思ったのか、ルイスがゆるりと動いた。
「そうなのか……じゃあ」
そしてジェレミー殿下を見据えて。
「彼を消したらいいかな?」
「待て待て待て待て待て」
ピッと指で首を切る動作までしたルイスをジェレミー殿下が慌てて止める。
「お前不敬罪とかいうレベルじゃないぞ。落ち着け」
「落ち着いています。不敬罪なんて……俺が国を買い取れば問題ないですよね?」
問題ある。
ジェレミー殿下が頬を引き攣らせた。
「実際にできそうなことを言うな。金だけはあるんだから、お前の家は」
「金だけじゃないです。才能もあります。あと……」
ちらりとルイスが私を見た。そして少し頬を赤くする。
「最高の婚約者もいます」
何言ってるの?
照れながら言っているが、最高の婚約者って誰のこと? 私?
そのセリフ相思相愛の婚約者同士でも言わないだろう臭いセリフナンバーワンよ、ルイス。
見てみなさいよ、ジェレミー殿下困惑しちゃってるじゃないの。私も困惑しちゃってるわよ。恥ずかしいわよ。気分は目の前で子供自慢始められた思春期の子供よ!「私の話今出すのはやめてぇ!」って気持ちでいっぱいよ!
「えーっと……なんだ、仲がいいようでよかったな……?」
何をどう見てそう思えたのだろう。
とにかくルイスの意識を他に移した方がいいと判断して、私は叫ぶようにして先程思いついたことを言った。
「知恵を付けさせたらどうですか!?」
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