第34話 フィオナの提案②


「知恵を付けさせたらどうですか!?」

「ちえ?」


 ジェレミー殿下が首を傾げた。


「そもそも食事から栄養をとるということを知らないという現状が問題なのですから、それを教えたらいいんです。それに、そもそも学がないと、賃金も安く、働ける場所も限られます。そうなると、安い食べ物ばかり食べて、栄養が偏ります」


 現代日本でも、貧困層の肥満や生活習慣病は度々問題にされている。身体にいい食べ物より、菓子パンなどの方が安いし料理をする時間の手間もないからと、そうしたものばかり食べる人間も多くいるからだ。

 そして、この国の平民には字が書けない人間も多くいる。確か、ヒロインが自分の過去として平民のことを語ったときに、そんなことを言っていたはずだ。


「なるほど……だがどうすれば」


 国王陛下が苦悩の表情を浮かべたとき、ルイスが口を開いた。


「学校を作ってはいかがですか?」

「学校……?」

「我が国では貴族は家庭教師から学ぶのが主で、平民に至ってはその機会すらありません。他国では平民も学べる学校があります」


 そうか……学校という手があった。

 この国で学びを得る方法は家庭教師を雇うことだ。その他の人間は、村とかでちょっと賢い人に教えてもらったりできたらいい方で、ほとんどの平民は勉強というものをせずに社会に出て生きていく。しかし、当然できる仕事が限られるので、賃金は安い。逆に字が読める人間はそれだけで重宝されるので、賃金は高くなる。

 学があるかどうかで、経済格差があるのだ。

 しかし、学校さえ通えるようになれば、基礎学力が身につくから仕事の幅も増えて賃金は上がるはずだし、学校で常識として栄養についての教えも入れたら国民の健康問題の解決にもなる。


「コストはかかりますが、長期的に見ると、国民の仕事の幅も広がり、国力も上がります。決して無駄にはならないはずです」


 国王陛下達が顔を見合わせる。少し時間を置いて、ジェレミー殿下がエリックに話しかけた。


「君はエリックだったな」

「はい」

「君を主治医にできるなど、羨ましい限りだ」


 ジェレミー殿下がエリックを知っていることに私は驚いた。先程この部屋に入ってきたとき、主治医として紹介されたし、医者としてさっき声を掛けられていたからそう認識されているのは知っていたけど、今のジェレミー殿下の話し方だと、エリック自身を知っている様子だった。


「エリックを知っているのですか?」

「ああ。実は彼をうちの主治医にしようと思ったのだが、断られてしまったんだ」

「断る!?」


 私はとても驚いてしまった。

 王族の主治医など、名誉なことだ。きっとこの国にいる医者すべてが憧れていることなのに。

 それを断るなんて……。


「なんで断ったの?」


 エリックに訊ねると、彼は綺麗な笑顔を浮かべて言った。


「金」


 金……。

 生々しい回答と、それなら仕方ないね、という現金な前世の私が出てきて、私は何も言えなかった。


「ハントン公爵家に勝てなかったな」


 ハハハ、と国王陛下は気分を害した様子もなく明るく言った。

 よかった、陛下が朗らかな方で……。


「だから言っただろう? 国より金があると」


 ルイスが自慢げに言ってくる。

 金持ちなルイスはいったいいくらでエリックを連れてきたのだろうか……恐ろしくて聞けない……。


「話が逸れてしまったな。エリック、君は確か、リビエン帝国の人間だったな?」


 ジェレミー殿下がエリックに確認をしている。


「その通りでございます。殿下に知っていただけているとは恐縮です」

「君を本当に主治医にしたかったからな」


 ジェレミー殿下は名残惜しそうに言った。エリックに未練があるのだろう。

 でもエリックを主治医として差し上げることはできない。ジェレミー殿下が欲しがるほど優秀だと知ったら手放すなんてできないじゃない!


「リビエン帝国の優秀さは知っている。リビエンには平民にも学校があったな」

「はい。皆読み書きや、計算が当たり前のように出来る環境でした」


 この世界でもきちんとした国はあるようだ。エリックはこの世界の中でも進んでいる国から来たらしい。

 そんなエリックから見たら、この国は祖国より何年も遅れてるように思えるだろうな。


「うむ」


 私たちのやりとりを見ていた国王陛下が頷いた。


「よし、学校を作ろう」


 国王陛下が宣言した。

 呆気なく決定が下されたことに私は驚いた。学校を作るのはお金がかかる。それこそ建物から作るだろうし、教師を集めるお金と彼らへの賃金。教材の手配。学校というのは簡単にできるというものではないのだ。


「すぐに会議をしよう。それからフィオナ嬢」

「は、はい」


 国王陛下に名前を呼ばれて背筋を伸ばした。


「君にはこれからも協力してもらいたい。学校事業、も手伝ってくれないか」

「え」


 アドバイスで終わりではないのか。私は政治家ではないので、実行することに関してはそちらにすべておまかせしたい。


「わわわわ私はちょっとしたアイデアを口にしただけでしてそういうお役には立てないかと……!」


 私がなんとか断ろうと身振り手振りを交えながら答えると、国王陛下はにこりと笑った。


「そんなことはない。現に君の意見は我々には到底出せないものだった。きっとこれからも新しい風を吹かせてくれるだろう」


 評価が高すぎる。

 何が国王陛下の琴線に触れたのかわからないが、どうも国王陛下に気に入られてしまったらしい。


「待ってください」


 どうしたらいいのかと困っているところに、助け舟が来た。

 ルイスだ。


「どうした、小公爵」

「フィオナのことですが」


 ルイスはまっすぐ国王陛下を見つめて言った。


「フィオナは長時間労働ができません」


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