第27話 デートの誘い



「で、プレゼント攻撃はやめないんだ……」


 私はもはや日参してくるルイスに呆れた声を出した。

 部屋はルイスのくれるプレゼントで溢れている。ついに親にお願いしてルイスのプレゼント部屋を作ったが、それももうギュウギュウだ。新たな部屋をもらわなければいけないかもしれない。


「ああ。やめない」


 ルイスはいい笑顔で宣言した。


「いいじゃないですか、お嬢様。貰えるものは貰っておくのがベストですよ」


 ノリノリでプレゼントを開封しながらアンネが言った。


「どうせなら医療機器くれないかな? フィオナ嬢のためでもあるよ」


 アンネが開けたプレゼントを検分しながらエリックが言った。


「そうか。それもいいな」


 エリックが余計なことを言ったから今度のプレゼントは医療機器が贈られそう。いや、あったら使うものなのだろうけど……

 そして部屋の扉の隙間から私たちを眺めながら「よかったなぁ」と言ってる家族はなんなのだ。よかったなぁじゃないし覗かないでほしい。

 それに……


「そんなプレゼントばかりもらっても……」


 つい拗ねたような口調で喋ってしまい、目ざといアンネが手を止めた。


「なるほど。お嬢様はプレゼント以外にしてほしい事があるみたいですよ、ルイス様」


 アンネの言葉にルイスが反応した。


「何? それはなんだ? 何でも言ってみろ」


 グイグイくるルイスに詰め寄られ、私はアワアワしながら壁に押しやられるしかなかった。アンネが楽しそうな様子でグッと親指を立てたのが見えた。アンネ……あなたね……!


「何をしてほしい? フィオナのためなら1周回ってワンと言うことすら厭わない」

「いや、それはいい……」


 昔から思っていたが、それをされて喜ぶ人間って少数だと思う。


「私がしてほしいのはこういう事じゃなくて……」

「婚約破棄じゃないよな?」


 ルイスが笑顔で圧をかけてくる。

 いや、婚約破棄もしてほしいんだけど……でもそうじゃなくて……


「婚約者らしいこともしたことないのに……」


 結局盛大に拗ねた声で言うことになって私は恥ずかしくなって少し顔が熱くなるのがわかった。


「婚約者らしいこと……プレゼントではなく……?」


 ルイスがプレゼントの箱をアンネに手渡した。


「フィオナ……もしかして……」


 ルイスが一呼吸置いた。


「デートしたい?」


 ルイスの言葉に私は顔がカアッと熱くなるのを感じた。


「別にデートなんて……ッ!」


 私が慌てて言い訳を言おうとしたその時。


「まあ~~~! デート!? デートですって! あなた! デートよ!」

「痛っ! 母さん痛い!」


 父の背中をバシバシと興奮した母が叩いた。もはや覗き見はやめたらしい。


「思い出すわね。あなたとのデート……」


 母がうっとりした顔をする。


「花園に行ったんだけど、この人緊張しすぎて何もしゃべらなくて」

「母さん、その話はいいじゃないか」

「あらっ! 今じゃなくていつなら子供に初デート自慢できるんですか!」


 別にしなくていい。親の惚気など聞きたくない。

 父はそのときの話をするのが恥ずかしいのか、なんとか話を逸らそうとしているようだ。


「それよりフィオナのデートの話だろう」

「あ、そうでしたね」


 私のほうに視線を向けた母は、少し冷静さを取り戻したようで、私とルイスに向き直った。


「ルイスくん、フィオナ」


 母が私とルイスの手を取った。そして私とルイスの手を繋がせる。


「初デート頑張ってね!」


 この笑顔の圧に誰も逆らえなかった。

 こうして私とルイスはデートすることになったのだ。




◇◇◇




「お嬢様、デートするんですね」

「そのようね」


 私はルイスの店で出す健康を意識したレシピを作りながら、ソワソワしていることを悟られないように装いながら答えた。

 ペンを止めない私にアンネが続けた。


「いいですかお嬢様。世の女性はデートとなれば着飾ります」

「そうね」


 デートとなれば普段より可愛く綺麗になりたいと思うのが当たり前だ。みんな気合いを入れるだろう。

 デート。デートか……

 私もオシャレなドレスとか髪飾りとかして出かけるのかしら……


「しかし!」


 私がデートの格好を想像して少しドキドキしたところで、アンネが大きな声を出した。


「な、何よアンネ」


 別の意味で心臓がドキドキしてしまった。驚きで私が死んだらどうしてくれるのだ。

 アンネは驚いてペンを落とした私に構わず話続ける。


「しかしお嬢様は……」


 やたら溜め込んでアンネが言った。


「お嬢様は着飾る以前に、一日を乗り切れる格好をしなければいけません!」


 アンネが私の机を叩いた。インク瓶が揺れた。


「一日を乗り切る格好……?」


 とはなんだろうか。

 アンネがチチチと舌を鳴らし、人差し指を立てた。


「重たい綺麗なドレスを着て、がっちり髪型を整えて、苦手な化粧をして、ヒールの高い靴を履いて――弱弱なお嬢様が一日無事に過ごせるとお思いですか?」


 あ……

 私はその姿をしている自分を想像した。

 ハアハア言いながら足を引きずるように歩き、とてもデートと思えない蒼白な表情をして――倒れた。


「無理! もたない!」


 パーティーですら体力のなさが原因で最後まで参加できないというのに。

 病弱な身体で外出する上に、デートという緊張も加わり、さらに重装備などしたらすぐにデートどころではない事態に陥るだろう。


 私は倒れた私を抱えるルイスが脳裏によぎった。

 私はともかく、ルイスが可哀想だわ……


「ええ、ですから」


 アンネがスッと部屋の扉の前に移動したかと思えば、そのまま扉を開けた。


「軽くて身体に負担にならない、オシャレなお洋服を作ってもらえるように、国で有名なデザイナーをお連れしました!」


 扉の先には1人の女性が立っていた。


「ナタリーと申します」


 背筋をスッと伸ばし、被っていた帽子を外し、綺麗な礼をして挨拶した女性。

 茶色い髪に緑の瞳の、色味は今まで出会った中では落ち着いているのに、洗練された動作と、美しい顔立ちが彼女を平凡に見せない。

 唇の下にあるホクロがセクシーで、大人の女性の色気というものに当てられそうだ。


 デザイナーのナタリー。聞いたことがある。

 確か今国で1番人気のデザイナーで、予約は10年先まで埋まっているとか、どうしても彼女のドレスが欲しくてある国の王女様が国家予算つぎ込んじゃったとか……


「ま、まさか、あのナタリーさん? どうやって予約を……」


 私は彼女の存在は知っていたが彼女に仕事を依頼したことはなかった。最後まで参加できないパーティーのドレスにそんなにお金をかける気もなかったし、彼女が忙しいことも知っていたからだ。

 私が驚くと、アンネが親指と人差し指を繋げて言った。


「これの力ですよ」

「アンネ、品がない」

「ちなみにルイス様のポケットマネーだそうです」

「お金出してるのルイスなの!?」


 親が依頼したのかと思ったが違ったらしい。


「『婚約者がいつでも綺麗でいられるようにするのも婚約者の務めだ』とのことです。できた方ですね」


 アンネはルイスの行動にとても満足そうだった。

 おかしい。前は目の敵にしていたはずなのに。


「アンネ、ルイスのこと嫌っていたのに手のひら返しすぎじゃない?」

「私はお嬢様を大事にしてくれる人間には好意的なんです」


 アンネ基準の『私を大事にする判定』でルイスは合格したらしい。


「うふふふ」


 アンネと話していると笑い声が聞こえた。声の方を振り返ると、ナタリーさんが笑っていた。


「あら、ごめんなさい。侍女さんと仲良しで羨ましくて」


 ナタリーさんがおっとりした仕草で頬に手を当てた。


「そうなんです。仲良しなんです私たち」


 アンネはここぞとばかりにナタリーさんの話に乗った。仲良しなのは間違いないからいいけど。


「ではそろそろお仕事しましょうか」


 ナタリーさんがカバンを置いて、中をガサゴソと漁る。


「ドレスより軽くて、それでいて見た目を損なわず、婚約者をドキリとさせる服でしたね?」


 アンネそんな依頼をしたの? 婚約者をドキリって何? そんなこと私は頼んでないわよ?


「安心してください」


 ナタリーさんはカバンからメジャーを取り出してビーッと伸ばす。


「このナタリー。フィオナ様に合った完璧なお洋服を作らせていただきます」


 にこりと彼女は微笑んだ。


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