第26話 ルイスのプレゼントバージョンアップ
箱からは大量の米が出てきた。
「フィオナ、おばあ様の米を羨ましそうに見てただろ? だから、たぶんこの異国の食材が欲しいんだなと思って」
ルイスがスッと手で指示を出すと、今度は別の箱から見覚えのあるものが出てきた。
「味噌ーーーー!!!!」
私は思わず飛びついた。
味噌。会いたかった味噌。日本食と言ったら味噌。欠かせない味噌。朝に必ず飲みたい味噌汁。ああ、あなたはどうして味噌なの。
思考がおかしくなるぐらいに恋焦がれていたものがそこにはあった。
「驚くのはまだ早いぞ」
味噌に頬ずりしながら、え、と思うと、一斉に使用人たちが箱を開けた。
そこには――
「昆布、鰹節、醤油、酢、……え!? こんなに!?」
大量の日本食材があった。
「調味料以外にも、漬物や海苔まで……! ど、どうしたの!? こんなに!」
滅多に手に入るものではない……いや、手に入れるのがほぼほぼ不可能だと料理長から聞いていた。なのにそれが今目の前にある。
「前に米は独自ルートで仕入れたと言っただろ? あの時はおばあ様のためだったし、他のものはどう使うかもわからないから、手に入れても仕方ないと思って買わなかったんだが」
ルイスが昆布を手に取る。
「俺にはさっぱりだが、フィオナはこうした食材の活用法がわかるんだろ? よくおばあ様の食事指導中も『にほん食材があればなぁ』と言ってたじゃないか」
無意識に呟いていた言葉を聞かれていた。
だって、お米があれば、カツ丼にできるなとか、あれこれ合わせられるなと考えちゃうものなのよ。だって元日本人なんだもの。
「『にほん』が何を指しているかわからないが」
ルイスの言葉にギクリとする。さすがに日本という国はないらしい。
私は誤魔化すために、食材たちのほうに移動した。
「えっと、この食材はどこで手に入るの?」
「この国から少し離れた島国からだ。独自の文化を築いていて、この食材もその文化で出来たものらしい。キモノという服を着ている」
日本ーーーーー!!
どう考えても日本風の島!!
「国の名前は?」
「ジャッポーネ」
イタリア語!
ゲームの運営何考えてるの! イタリア語ちょっとオシャレとか思っちゃったの!? そしてわざわざそんな名前まで付けたのにゲームに一切出てこなかったの!? お茶目か!?
いや、待て、落ち着いて考えよう。運営がジャッポーネを作ってくれたからこそ、これからも日本文化のものが手に入れられるということだ。ならばツッコミはここで終わりにして、運営には感謝せねば。
「ありがとうルイス! 喉から手が出るほど欲しかったの!」
私は鰹節を抱きしめた。硬い。まるで木のような鰹節。これを削ると柔らかな鰹節ができる。出汁もとれるし、豆腐とかに掛けてもいいし、ねこまんまもおいしい。日持ちもする。鰹節最高!
鰹節にスリスリする私にアンネが「ドン引きです」と言ってる声が聞こえたが無視する。
アンネと違って私に引いてないらしいルイスが、嬉しそうに微笑んだ。
「喜んでくれたか? 定期的に今後も頼もうと思っている」
「え!? 本当に!?」
これを定期的にもらえるのか。
「ありがとう!」
手に入れるのが困難だと思っていたものを継続的にもらえると聞いて、私は嬉しさでルイスに思わず抱きついてしまった。
が、すぐに我に返って離れる。
「ご、ごめん……」
「いや……なんならあと2時間ぐらい抱きついてくれてもいい」
長すぎない? 疲れるでしょそれ。2時間抱きついてたら気絶する自信があるわよ私は。
「でも、これってなかなか手に入れられないのよね? ということは、高価なんじゃないの? そんなの定期的にもらうなんて……」
私からしたら、これは日本で手に入ったお手頃価格の食材ばかりだ。しかし、この世界では違う。なかなか手に入れられないということは、それだけ希少価値があるということ。
つまり高級品なのである。
「おばあ様のために米を見つけた時に、島まで行くのに便利な海流を見つけたんだ。以前より飛躍的に行きやすくなったから、前ほど手に入れるのは難しくない」
「でも」
「それにこれで商売も始めようと思っている」
まだ躊躇っている私に、ルイスが続けた。
「珍しいということはみんな欲しがるはずなんだ。これを売り出すために、まず味を知ってもらうためにレストランを開いて、それから食材単体でも売り出そうと思う。だが」
ルイスがチラリと私を見た。
「これをどう調理したらいいかわからない。ジャッポーネ国から教わるにしても時間もかかるだろうし、交渉しているが、料理人が向こうから来てくれるのも難しそうだ。だから」
ルイスが私に向き直った。
「もし、申し訳ないと思うなら、この事業を一緒に手伝ってくれないか?」
「もちろん!」
断る理由がない。
私は日本食材にも日本食にも詳しいし、何よりタダで貰っている気まずさがなくなる。あと普通にこの事業に興味がある。この国でも日本食を流行らせたい。健康にとてもいいものばかりなんだから!
「じゃあ、よろしく頼む」
「ええ!」
私はルイスと握手する。
「今フィオナのおかげで健康に対する考えが貴族の間で変わってきている。そこも含めてアピールポイントにして利益にして、まずは首都の顧客を獲得し、そのうち他の地域にも展開して国全体で食べられるものにしたい。なんなら食べ物だけでなく、ジャッポーネの雑貨なども売り出したい。今はうちが独占状態だから物珍しさから多少高くても売れるはずだ。あとは……」
「ガッツリ商売する気なのね」
握手しながら語られる計画は現実的で、決してルイスが私のことだけでこの事業を推し進めようとしたのではないことがわかった。
ルイスがもちろんだと頷いた。
「やるからには利益を出す。ハントン家は商売に力を入れている家系なんだ。父も仕事に夢中になりすぎて家に帰ることを忘れているし、俺もすでにいくつか事業を行っている」
まだルイスの年齢だと、当主の補佐的な仕事をする嫡男がほとんどだ。しかしハントン家はすでに1人で事業を任せているらしい。
「どうしたら利益になるか突き詰めて考えるのは面白いぞ。店の経営なら立地はどうか、従業員指導から、従業員が働きたくなるような職場環境の整え、客のニーズの調査、また地域のライバル店の……」
「ルイスが商売が好きということはよくわかったわ!」
このままだと永遠と経営ノウハウを語られてしまいそうなので、話の間に割り込んだ。
ところでいつまで私は手を繋いでなきゃいけないんだろう。
「まあ、言うなれば適材適所だ。経営は俺が。フィオナはメニューをお願いしたい。失敗など気にしなくていい。そうならないように俺が上手くやる」
少しだけ不安だった気持ちを見透かされたのだろうか。
しかし、不思議とそう言ってもらえただけで、気持ちが楽になった。
「頼りにしてるわ」
なんだか、自分にもできることがあると実感できて、少し居心地の悪かったこの世界が、少しだけ住みやすくなった気がした。
「じゃあその上でお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「私にも利益を分配してくれる?」
ルイスと婚約破棄したあと、もし家族に頼れない事態になった場合、自分で生きていく術が必要だ。
そのためには個人資産が必要不可欠である。
「もちろんだ。タダ働きなどさせない。利益の半分はフィオナに渡そう」
「そんなに!?」
メニューを作って5割の利益が貰えるなら儲けものである。
売れれば売れるだけ私の懐が潤うから、俄然やる気になってきた。
「必ず損はさせないわ」
「期待している」
私とルイスは見つめ合ってニッと笑った。
「ところでそろそろ手を離しても」
「あと1時間」
「1時間!?」
結局アンネが引き剥がすまで30分かかった。
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