第85話 その後



 今回は大変な状況だったとのことで、王家の計らいでエリックを含めた医者に体調を見てもらい、豪華なお風呂に入れさせてもらって、こちらの希望の健康ご飯を食べて、一晩休ませてもらって。

 そうして家に帰ったら、顔から色々垂れ流した兄に出迎えられた。


「フィオナ~~! 心配したんだぞぉ!!」


 兄が鼻水を垂らしながら号泣して私に抱きついてきた。やだ、もしかしたら私たち兄妹、号泣したときの泣き方同じかもしれない。


「心配させてごめんね、みんな。お兄様、汚いから離れて」

「妹が冷たいッ!」


 兄はしばらくしがみついていたが、みんなに引き剥がされて渋々私から離れながら号泣していた。とりあえず鼻水拭いてほしい。


「お嬢様」

「わっ! びっくりした」


 無表情のアンネが無表情で滝のような涙を流していた。怖いよ。


「私はお嬢様に何かがあったらともに死のうと思っておりました」

「え……そんな大袈裟な」

「大袈裟じゃないのよフィオナ」


 母が些か疲れた顔をして言った。


「『お嬢様を取り戻すには黒魔術しかない』と言って部屋中変な陣を書いたり、『やはり神に祈ろう』と言って聖水身体にぶちまけて教会に行ったり、かと思えば『やはり切腹しなければ』と短剣を腹に刺そうとするし」

「切腹はジャポーネの文化らしいです。この間覚えました」


 それは覚えなくていい。

 どうやら私がいない間大変だったらしい。


「心配させてごめんね、アンネ」

「戻ってきてくださればそれだけでいいのです。でも次消えるときはかならずこのアンネも連れていってください」


 誘拐って侍女も一緒にお願いしますと言ってしてくれるものだろうか。

 アンネをヨシヨシと慰めていると、父が言った。


「フィオナ、ルイスくんにはお礼を言ったか?」

「え?」

「ちゃんと我が家からも何かしないとな。ずっとフィオナのこと休む間もなく探してくれて、迷うことなく帝国行きの船に、国の兵士たちと一緒に飛び乗ってくれたんだぞ」

「そうだったんだ……」


 ルイスは貴族ではあるが、国の兵士ではない。騎士であるニックや、次期宰相であるサディアスや、王太子であるジェレミー殿下とは違い、召集があったとき以外で戦に出る必要はない。

 だけど、ルイスは躊躇うことなく、これから戦いに出る船に乗った。

 私のために。


「そうね。お礼を言わないと……」


 私を助けるためにルイスがどれだけ動いてくれたのか。想像できないぐらい大変だったに違いない。


「私ルイスにお礼を言いに行ってくるね」

「今行くのか? ゆっくり休んでからにしてらどうだ?」

「大丈夫」


 だって今行かないと。


「後で体調悪くなって寝込んだら数日会えないから……」

「「「あ……」」」


 家族は納得して馬車を出してくれた。




          ◇◇◇




 ルイスの家を訪れると、ルイスが驚いた。


「フィオナ!? 休まなくていいのか? うちの客室で寝るか? それともフィオナのために作った部屋で寝るか?」


 なぜ私の部屋が作られているのだろうか。聞いていいのだろうか。いや、聞き流そう。


「大変だったそうじゃないか」


 最後に会ったときよりだいぶ元気になったおばあ様が私をジロっと見る。


「ふん、痩せたんじゃないか? 私にあれこれ食べろと言う割に自分は食べてないんだろう? 今食べ物を用意してやるからたんまり食べな」


 おばあ様は有言実行の女だった。

 食卓にズラリと並んだ食事に、食欲もそそられるが、食べ切れる気はしなかった。


「ほら、お食べ。若い娘が遠慮するんじゃないよ!」

「あ、ありがとうございます」


 使用人にやらせればいいものを、おばあ様は自ら食事を取り分けてくださった。私は感謝を述べて、それを受け取る。

 おいしい。


「おいしいです」

「ふん。あんたのために一流シェフを新しく雇い入れたからね。おいしくなかったら困るよ」

「おばあ様はフィオナが気に入ってるんだ。この食事も無事に戻ってこれて良かったね、という気持ちだよ」

「ルイス! 余計なこと言うんじゃないよ!」


 ルイスのおばあ様がプリプリ怒るが、怖くない。照れていることがわかるからだ。


「ふん。……それで、あんたたちはいつ結婚するんだい」


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