第63話 カミラの想い
まだジェレミーもカミラも子どもと言える年齢に開かれた、ジェレミーの婚約者を選ぶために準備されたお茶会。
たくさんいる令嬢の中にいながら、カミラは公爵家の令嬢として品位を保ちながら、どう逃げ切るか考えていた。
カミラは初め、王太子妃に興味がなかった。
実家は公爵家で、王家ほどではないが権力があるし、家族仲も良い。きっと今ここで王太子殿下と婚約しなくても、他で良縁を見つけてきてくれるだろう。何も倍率の高い争いをわざわざする気はなかった。
だから早く終わらないかなと思ってたのに。
「迷ってしまったわ……」
王宮は大きい。お茶会の会場も大きな離宮が使われており、その中に庭園があった。離宮の中はさすがに自由に歩き回れないが、庭園は好きにしていいと言われていたので、いかに自分をよく見せるかの争いをしているお茶会に早々に飽きたカミラは、庭園を散策することにした。
そこで迷路のようになっているバラ園を見つけて、入ってみたのが運の尽き。
「はあ……どうしましょう」
お茶会の会場はこの迷路から離れている。叫んでも気付かれないだろう。
なんとか脱出できないかと足を進めていたが、むしろどんどん迷路の奥に迷い込んでいる気がしている。
迷ってからどのぐらい経ったのか。もし誰か気付いてくれたらいいが、このまま気付かれなかったら……?
想像してカミラは背筋が寒くなった。
今日の参加者はきちんと記録されているはず。だから、自分がいなかったら気付いてくれるはず。……そのはずだが。
――本当に気付いてくれるかしら?
お茶会開始前は参加者をチェックしていたが、帰りもチェックしてくれるだろうか。
さすがに迎えの馬車が来た時に気付いてもらえるだろうが、最悪それまでこのままなのだろうか。
段々と空が暗くなって雨が降りそうだし、そのせいで日が出なくなって寒くなってきた。飽きてすぐに中庭に出てきたので、あまり食べ物も食べなかったからお腹も空いてきた。
――叫ぶ? いや、体力を消耗するだけだ。休むためのベンチも見つからないし、なるべく体力は温存しないと。
そう思った矢先、雨がポツポツ降り始めた。恐れていた事態になり、この年齢にしては冷静だと言われるカミラも、動揺を隠せない。
必死に出口を探そうとするが、どちらにいけばいいのかわからなかった。
泣きそうになったそのとき。
「あ、見つけた」
男の子の声がした。
振り返ると、そこには先程見た王太子ジェレミーが立っていた。
「……殿下?」
「探したよ」
ジェレミーはカミラの手を掴んで、そのまま手を引いてくれた。
「ここ、難しいでしょう? 俺もよく迷ったんだ」
「……はい。迷路としての機能を果たしすぎて困りました」
正直な感想を言うと、ジェレミーが「そうだね」と笑った。
「どうして私がいないことがわかったんです?」
「まだ話してない子がいるなと気になってたんだ。そしたらいないから。離宮の警備に君を見なかったか聞いたら、ようやくここにたどり着いたよ」
「……そうでしたか」
あの大勢の中で、自分が認識されていたことに驚いた。
「ありがとうございます」
迷路から抜け出して、まだ手を繋いだまま、ジェレミーにお礼を言った。自分から手を離すのが名残惜しくなった。
「どういたしまして。改めて挨拶させてくれ。俺はジェレミー」
「わたくしはカミラと申します」
ジェレミーはにこりと笑うと、カミラの手を離した。
「また話せるといいね」
ジェレミーはそう言うと、カミラに背を向けて行ってしまった。
カミラは高鳴る胸を押さえた。
その後、家に届いた『婚約者候補合格通知』が届いて、カミラは大いに喜んだ。
なぜなら、カミラはジェレミーに恋をしてしまったからである。
――これからは勉強も頑張って、お淑やかにして、国民の誰からも認められる人間になろう。
ジェレミーの隣に並ぶにはそれぐらいしなければ。
カミラの努力で、カミラは誰もが羨むご令嬢となったのだ。
――でもその努力も水の泡だわ。
今まで誰から見ても美しく知的なカミラでいたのに。
つまらぬ嫉妬心ですべてを失くしてしまった。
カミラはジェレミーに深く頭を下げた。
「殿下、わたくしを筆頭婚約者候補から外してくださいませ」
「なんだって?」
「わたくしは殿下の伴侶として相応しくありません」
嫉妬心で人に迷惑をかけるような人間では王太子妃は務まらない。
日々努力してきたが、それも今日で終わりだ。
「ありがとうございました、殿下。今まで楽しかったですわ」
最後だから、綺麗に見えるように。
そう気を付けて浮かべた笑みは、果たして美しく見えただろうか。
カミラはジェレミーに背を向け、部屋を出ていこうとする。
部屋の扉の取っ手に手をかけたとき。
「待ってくれ!」
ジェレミーの大声が部屋に響いた。
思わずカミラは取っ手から手を離した。
「……ジェレミー殿下?」
振り返ると、ジェレミーが真剣な表情でこちらを見ていた。
「行かないでくれ」
「ですが、わたくしは」
「初めから君に決めてた」
ジェレミーの言葉が何を意味するかわからなくて、カミラは瞳をパチクリと瞬いた。
カミラが帰ろうとするのをやめたことを確認したジェレミーは、意を決したように話し始めた。
「婚約者は初めから決めてたんだ」
「え?」
ジェレミーが婚約者を決めていたなど初耳だ。
「どなたです? そんなこと一言も……」
「君だよ」
カミラは再び目を瞬いた。何を言われたかわからないと言いたげな表情に、ジェレミーはもう一度言った。
「俺の婚約者は、君だよ、カミラ」
「……は?」
どういうことだろうか。
自分は婚約者候補であって、婚約者ではない。決めていた、と言ったが、それはつい最近決めたのか、それともずっと前から決めていたのか。それならなぜすぐに言わなかったのか。
「婚約者を決めるお茶会前から決めてたんだ」
「……お茶会前?」
どういうことだろうか。混乱してきた。お茶会前に決めたなら、あのお茶会はなんのためにあったのか。そもそもカミラとジェレミーはあのお茶会が初対面のはずだ。
疑問ばかり湧き出るが、ひとまず話を聞くことにした。
「実は……カミラとはもっと前に会ってるんだ」
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