第72話 2回目のデート
「フィオナ、冷えないか? むしろ暑いか? 飲みものはフィオナの好きなオレンジジュースでよかったか? もし座ってるのが辛くなったらすぐに言うんだぞ」
言葉を飲み込むんじゃなかった。
私の危惧していた通り、ルイスは当日過保護を発揮した。
服はこの間ルイスが作ってくれた楽な服装で。ドレスより快適なそれを着て出かけようとしたら、朝にもう確認したのに、出かける直前にもエリックに診察をさせた。そしてエリックからお墨付きをもらうと、馬車までお姫様抱っこ。そして劇場に着いたら席までお姫様抱っこ。
当然周りの客にジロジロ見られたし、恥ずかしかった。
今いるのは俗に言うカップルシートで周りから見えないようになってるからまだいいけど、もし普通の席だったら恥ずかしくて観劇どころではなかっただろう。
「ルイス、大丈夫だから落ち着いて」
「大丈夫だ。どんなことがあっても落ち着いているから」
そういうことじゃない。
私はせっせと私の世話を焼こうとしているルイスの手を捕まえて、私の隣の席に座らせた。
「もう始まるから」
そう言ったとき、ちょうど舞台の幕が開いた。
私はルイスから視線を舞台に向けた。
ルイスがじっと私を見ていることに気付かずに。
◇◇◇
「面白かった!」
私は興奮していた。
内容はたぶんカミラとジェレミー殿下の出会いと両想いになるまでの話なんだろうなと思ったけど面白かった!
ゲームとすでにストーリーが違うから、ジェレミー殿下はどうやってカミラを好きになったのだろうと思っていたけど、ああいう流れがあったとは。あれは好きになっちゃうね。わかるよ、ジェレミー殿下。
「ああ、ジェレミー殿下の変態さも隠れていたから安心して見れたな」
「そうね」
ジェレミー殿下の趣味はさすがに出てこなかった。当たり前だ。あれが出てしまったらみんな感動どころではなく鳥肌ものだ。
「フィオナ、長い時間見てたが大丈夫か? いっそどこかに宿を取って仮眠でもするか?」
ルイスは観劇が終わったあとも絶好調だ。
「宿はいい。私ちょっと御手洗に……」
「俺も行く」
「行けるわけないでしょう!?」
心配性も程々にしないと困るわよ!?
「でももしトイレで倒れたら……」
「誰かが助けてくれるわよ。一晩中誰も来ないようなところではないし」
そう言うと、ルイスは渋々納得してくれた。よかった、もしトイレまで付いて来られたら、ルイスが変態になってしまうし、純粋に嫌だ。
「はあ~~~疲れる」
トイレに備え付けられている手洗い場の鏡の前で私は深いため息を吐いた。
ルイスに悪気はない。善意からなのはわかってる。だけどちょっと……ちょっと心配しすぎだ。
確かに私は身体が弱いしいつ倒れるかわからないような人間だが、今まで何とかやってこれたし、昔よりは食べ物や運動もして改善しているのだ。そこまで心配されなくても大丈夫なのである。
ルイスの心配の仕方は過剰で、今すぐに死んでしまいそうな人を前にしているような反応に思える。私はまだまだ死ぬ気はないし、これから健康になる予定なのだ。
ルイス……もう少しなんとかならないかなぁ。結婚後もこれだったら……。
私は想像して背筋が冷たくなった。
「やっぱり当初の予定通り、婚約破棄して、それから逃げちゃおうかな……」
ダメかな。ダメだよなぁ。
ルイスが婚約破棄してくれる感じもしないし、ルイスのことは嫌いではないのだ。心配も嬉しくないわけではない。
ただ、ちょっと……面倒臭い。
「婚約期間長くして今のうちに自由を謳歌しちゃう……?」
婚約中ならちょっとどこかにひっそりと逃げてもいいんじゃ……?
「……フィオナ様?」
私がそこまで考えたところで、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、見覚えのあるご令嬢が立っていた。カミラの取り巻き三人組の一人だ。
茶髪の子……名前なんだっけ……?
「ミリィです。ミリィ・フォッグズ」
相手に失礼にならないように名前を誤魔化して話そうとしたときに、向こうから名前を教えてくれた。
「そう、ミリィさんよね! こんなところで会うなんて奇遇ね!」
名前を知っていましたよ、という体で話しかける。バレてるかな? 傷ついてたらごめんね! もう名前覚えたから!
必死な私の様子を見てか、ミリィはクスクスと笑った。
「いいんですよ。私、インパクトないですもんね」
「いえ、そんなことは……」
ミリィははっきり言って印象が薄い容姿をしている。いつも一緒にいるのが印象の強いカミラのそばだということもあるだろうが、取り巻き三人の中でも特に目立たない子だった。
よく見る茶髪の髪。ややくせっ毛なボブヘア。顔立ちはよく見たら可愛らしいが、印象に残るかというとそういうわけではない。平均的な普通の子という感じだ。
ミリィは私のフォローにも笑って首を振った。
「いいんです。仕方ないですもの」
「ミリィさん……」
「だって私モブだもの」
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