第39話 番外ネタ 教科書見せて
「あっ、あ~。やっちまった~」
授業合間の休み時間。
悠己が次の授業の準備をしていると、突然隣で唯李が頭を抱える仕草を始めた。
さらに「か~やらかした~」と言って膝を打ってみせる。
微妙にわざとらしいその動作をちらりと見ると、悠己は授業の支度に戻った。
「ねえ、聞いて? チラ見じゃなくて」
唯李が軽く身を乗り出してくる。
「何?」と返すと、唯李はまたもわざとらしく小首を傾げてみせた。
「英語の教科書家に忘れちゃった~」
「あ~あ」
「あぁ~よりによって英語とは~」
「ドンマイ」
すぐ会話を終わらせるが、依然として横から何か言いたげな視線を感じる。
またも「何?」と返すと、
「ねえねえ、次の英語、教科書見せてもらってもいいかな?」
「いや、俺も教科書使うからそれはちょっと……すいません勘弁してください」
「よこせって言ってるわけじゃなくて一緒に見るっていう意味ね? 人をいじめっ子みたくするのやめて?」
「や~一緒に見るのもちょっと……」
「それはほら、もっと机近づけてさ……」
と言いかけて、唯李はにんまりと笑みを作った。
「あれれ? 悠己くん、もしかして恥ずかしいのかな~? 距離が近くてドキドキしちゃう?」
「だって英語でしょ? 忘れたなら他のクラスから借りてきなよ」
「おう借りてくるわ」
唯李は真顔に戻って席を立った。そのまま教室を出ていく。何かお気に召さなかったらしい。
しかし英語の授業に関しては、教科書を忘れたら事前によそのクラスから借りておけという決まりになっている。
それは唯李も知っているはずなのだが。
数分後、唯李が教科書を手に席に戻ってきた。拍子抜けするほどあっさりしていたので、思わず声をかける。
「もう借りてきたの?」
「そうだけど……何をそんな驚いてるの?」
「奪ってきたとかじゃなくて?」
「うん借りてきたんだけど」
「すげえ」
「……何? 変なところで感心しないでもらっていい?」
そうは言うがこの速さは並ではない。さすがのコミュ力と言うべきか。
最初からさっさと借りてくればいいのにとも思ったがそれは言わない。
「俺は絶対に教科書忘れられないからね」
「え、なんで?」
「借りる人がいないからに決まってるでしょ」
「いやそんなキレぎみに言われても……」
「ま、俺に限って忘れるなんてありえないけどね」
「なんかドヤってるよ。やらかしそうだけど大丈夫?」
「大丈ブイ」
「本当に大丈夫かこいつ」
それから数日後、英語の授業を次に控えた休み時間。
悠己は机の中をひととおりさらい、カバンの中を確認する。
廊下のロッカーを開けたあと、再度机の中を改める。
(これは……やったな)
やはり教科書がない。家に置き忘れたらしい。
テキストを持って帰って真面目に予習をしたせいだ。つまり予習が悪い。
完全に詰みである。探すのをあきらめ自分の席で無に返っていると、隣から不思議そうな顔が覗いてきた。
「どうかした?」
「教科書忘れたっぽい」
そう言うなり唯李はぶふっと吹き出した。
「え~忘れたの~? この前その話したばっかじゃん」
「いや忘れたというか、家に置いてきたんだよ」
「一緒だよ。大丈ブイ、とか言ってくせにさ」
「誰が言ったのそれ、ふざけてるの?」
「自分にキレてるよ。『俺は絶対忘れないけどね』とかって言ってたでしょ?」
「あれはそう言うことによって自己暗示をかける的なやつだから。周りに宣言することによって自分を追い詰める的な」
「うんそれはいいんだけどさ、失敗してるじゃん」
「なんという失態……」
「へこみすぎでしょ」
「お腹痛くなってきたから保健室いこうかな」
「逃げる気満点じゃん」
すべてをチャラにする最終手段保健室。
とはいえさすがにそこまでするのはバカバカしい。
「まぁ冗談だよ。いいよこうなったらやってやるよ」
「ち、ちょっとやめて? 忘れましたが借りてきてもいませんがなにか? ってやるつもり?」
「バレなきゃ大丈夫だって」
「それバレるフラグじゃん」
「大丈夫大丈夫、前に一回なんとかやりすごしたことあるから」
「やったことあるんかい」
この席になる前の話だ。あれはかなりスリリングな戦いだった。
「んもーしょうがないなぁ。ちょっと待ってて」
唯李が口をとがらせながら席を立つ。
そして教室を出ていったかと思えば、すぐに戻ってきた。英語の教科書を手にしている。
席につくなり、自分の机から取り出した教科書を手渡してきて、
「はいこれ、あたしの使っていいよ」
「え?」
「あたしは友達から借りてきたの使うから」
わざわざ友達から借りてきてくれたらしい。
思わず受け取ってしまったが、そのまま納めることはせずに押し返す。
「いやいや、さすがにここまでしてもらうのはちょっと悪い……」
「いいってもう借りてきちゃったし、ここはありがたく受け取りなさい」
「だって次に唯李が忘れたら俺が貸さないとダメじゃん」
「いや別にそういうのないから」
「どうせまたすぐ『やっちまった~』って忘れるだろうし」
「まさかここでディスられるとは思わなかったわ」
「いいから!」とちょいキレ気味に教科書を押し付けられる。
受け取りつつも、視線はじっと唯李の顔を見つめる。
「な、なに?」
「ありがとう、助かったよ」
改めてしっかりと目を見て礼を言う。
唯李は面食らったような表情をしていたが、しばらくすると若干頬を赤らめて目をそらした。
しかしすぐにきっと見返してくると、ニンマリと笑ってみせて、
「あ、あれれぇ? もしかして今ので惚れた? 唯李ちゃんの優しさに惚れちゃいましたか~~?」
「ぶふっ、この教科書かっこつけて筆記体で名前書いてる。間違えて書き直してるし」
「聞いてんのかおい」
「ありがとう、これから大事に使わせてもらうね」
「授業終わったらちゃんと返すんだぞそれ」
唯李は教科書を指さして「それ落書きとかしないでよね」と付け足してくる。
パラパラとめくると途中のページの上の余白にブサイクな猫の落書きがしてあった。
とげとげの吹き出しに『ねこまっしぐら!』と書いてある。意味はわからない。
ちなみにその後、授業は急遽自習になった。
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