第54話 凛央語
凛央の提案により一行は駅前のゲームセンターに向かうことになった。
唯李が「悠己くんにもうしろをついてくる権利をあげよう」とかなんとか言うので、横並びに歩く二人の背後をストーカー方式でついていく形を取る。
目的はあくまで二人仲良く遊んでもらうことなので、これで特に異論はない。
ただ何かと人目を引きそうな二人組であるからして、下手すると本当にストーカーのようになってしまうため距離感が難しい。
実際すれ違う男性が、チラチラと二人に視線を当てている気がする。
「でも意外だなぁ。凛央ちゃんの口からゲーセンとか」
「そ、そう?」
「凛央ちゃんゲーセンとか行かなそうだもん」
耳をそばだてて唯李たちの会話を盗み聞く。
なぜ二人の間にこうも食い違いというか、妙な距離感ができてしまうのか見極めるためだ。
しばらくは「朝何食べた~?」だとか「その服どこで買ったの~?」だのと唯李が質問して、凛央がそれに答えていたが、
「…………」
そのうちに会話は途切れた。
女子というのは二人集まればそれはもうやかましくぺちゃくちゃとおしゃべりが止まらなくなるものと思っていたが、どういうわけか二人しておとなしい。
(何か話題を提供してあげたほうがいいかな?)
そのときふと「ゆきくん一緒に見よ!」と昨晩瑞奈に言われて、無理やり見せられたテレビのアニメ映画のことを思い出した。
「二人はバルスと黙れ小僧どっちが好き?」
唯李が一瞬ちらっとこちらを振り返ったがすぐに前を向いた。そういうのいいからお前は黙っとけと言わんばかりだ。
その後またポツポツと話し声が聞こえてきたが、基本唯李からの振りでやはりなんとなく凛央が遠慮しているように見える。
そんな煮え切らない調子のまま歩き続け、駅前の通りまでやってきた。
人通りも多くなり、それに伴いお店の数も増えていく。
道中、軒先でゲームのデモ画面が流れていたので、再度話題を提供しようと悠己はモニターを指差す。
「あれ唯李が得意なゲームじゃん」
画面に流れていたのはちょうど先日唯李が瑞奈にボコら……一緒に対戦したゲームだった。
これで話も弾むかと思いきや、唯李にジロッと睨まれそれきり無視されたので、
「あれ唯李が好きなゲームじゃん」
と言い直してみたが、さっきよりきつく睨まれてやっぱり無視された。
こちとらガチじゃいとか言っていたくせに、まるでその件には触れたくないと言わんばかりだ。
やはり瑞奈にボロ負けしたのを根に持っているらしい。
「唯李が好きなゲーム……」
ただ凛央は興味を持ったらしく、急に立ち止まってじっとゲーム画面を見つめている。
唯李も仕方なくといったふうに足を止め、横から口を出した。
「凛央ちゃんはゲームとかやらなそうね」
「ま、まあ……やってやれないこともないけど……。ゲームなんてしょせん遊びでしょうし」
「フゥ~カッコイ~」
なぜそこでカッコつけてしまうのか。
そこは「私も一緒にやってみたい」だとか言えばいいのに。
結局唯李が「さあ行くよ行くよ」とせかしつけてその話題は終わり。
さらに通りを歩いていくと、本屋が入っているビルの前にさしかかったあたりで、唯李は何か思い出したように立ち止まった。
「ちょっと寄ってっていいかな?」
「うん全然、全然いいわよ」
コクコクとうなづく凛央を受けて、唯李は我先に建物の中に入っていく。
真っ先に入り口付近のエレベーターを上がり、二階のコミック本コーナーへ。
そしてフロア入り口正面の一等地に平積みになっていた漫画を手に取った。
アニメ化もされてわりとポピュラーな、悠己も知っている少年漫画だ。
「あ、新しいの出てたんだ。買ってるの?」
「もち。刈り上げ萌え」
「ベタだねぇ」
「黙れい。まったく、どこかの誰かさんもクールキャラかと思ったらとんだグールだったから」
「だからそのグールって何?」
唯李はおほほ、と口元を抑えると、じっと漫画の平台を眺めていた凛央に向き直った。
「凛央ちゃんは……漫画とか読まなそうだもんね。読むとしたら小説とか?」
「ま、まあそうねぇ~……しょせん息抜きというか……」
だからなぜそこで私も読んでみたいと言わないのか。
傍で見ていて黙っていられなくなったので、こっそり凛央に耳打ちする。
「私も読みたいって言いなよ」
「え、えっ? い、いやそれは……」
口をもにょもにょとさせてどうにもはっきりしない。
うだうだやっているところを唯李に見咎められてしまい、
「お二人、何をコソコソしているのかなぁ?」
「ちょっと凛央の通訳を……」
「ふぅ~ん? 通訳挟まないと唯李語が理解できないと?」
どちらかというと凛央語を素直に変換しようとしているところだ。
とはいえ唯李語のほうこそたいがい難解で、完全に理解できたら悠己もここまで苦労はないのだが。
「ていうか悠己くん、いつの間にか凛央って呼んでるよね? 仲いいんだーふーん」
呼び方がひっかかるのか、唯李は悠己と凛央へ向かって交互に目を細めてみせる。
凛央は困ったような顔をしたが、お前のせいだとばかりに悠己を睨んできた。なぜか一人だけ悪者扱いである。
唯李がお会計を済ませて、本屋を出る。
話題も尽きたのかいよいよ唯李の口数も減りだして、自然と会話がなくなっていく。
変な空気のまま歩き続け、やっと目的地のゲームセンターに到着した。
二階建ての、ここ近辺の駅を含めてもかなり大きなゲームセンターだ。
普段悠己が一人で足を運ぶようなことはほとんどないが、慶太郎の話にもよく出てきて、学生たちの間でもそれなりの人気スポットだ。
入店するなり、低音の効いた音楽だのゲームのSE音だのコインがぶつかり合う音だのが、四方八方からやかましく押し寄せてくる。
言い出しっぺの凛央は、あちこちキョロキョロしてばかりで挙動が怪しい。どうにもあまり慣れていない感じだ。
自分が先導を、と思ったのかフラフラと先に歩き出したので、悠己は唯李と並んでそのあとをついていく。
「なんだかんだでゲーセン久しぶりかも」
唯李が声を弾ませて、あちこち見渡している。
こちらはいくぶん機嫌が戻ったのか、表情も緩んで足取りも軽い。
「あっ……」
かたや真顔で先を行く凛央が突然立ち止まった。
その視線の先には、中で写真を撮ることのできる機械の筐体が何台か立ち並んでいる。
これは唯李と一緒に写真を撮って仲良くなるチャンス。
唯李のキャラ的に「凛央ちゃん一緒に撮ろ~。悠己くんも入りたい? しょうがないなぁ~」というような流れになるに違いない。
そんな期待をしながら、悠己は唯李へ伺いを立てた。
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