第55話 ゴッドアーム唯李

「ねえ唯李、せっかくだから写真……」

「あたしそういうの興味なーい」


 しかし返ってきたのはこの冷めた返事。

 最近気づき始めたがこの女、実はJK力低い。一見それっぽい言動はするのだが、微妙に外していく。

 

「……それはなんで?」

「写真なんてスマホで撮れるし、わざわざお金払って宇宙人撮る意味は? しかも四百円? 漫画買うっちゅーねん」

「そっか。唯李は自撮りが得意だもんね」

「……写真消した?」

「消してない」

「いますぐ消せ」

「それを消すなんてとんでもない」


 それ重要アイテムとかじゃないから、と唯李が凄んできてにらみ合いが勃発する。

 こちらも引かずにいると、唯李は急にころっと相好を崩して、お得意のニヤニヤ笑いで小首をかしげてきた。


「あれれ~? ってことはもしかして悠己くんお気に入りなのかなぁ? かわいい唯李ちゃんの写真が」

「そうそう、待ち受けにしようかな」

「やめて、ほんとやめてくださいお願いします」


 勝った。

 唯李は自撮り写真のことはこれ以上触れたくないのか、とっとと回れ右をしてその場を離れていってしまった。

 かたや凛央はその背中を見つめながら、なんとも言えない表情で立ちつくしている。


「一緒に写真撮りたいって言えばよかったのに」

「……な、何よそれ、か、勝手に決めつけないでくれる!? たかだかそんな写真……」


 絶対に撮りたそうにしていたのになぜそうなるのか。

 やはり今までの積み重ねなのだろう。唯李の中で凛央のキャラクターが勝手に固定されてしまっていて、変な先入観があるのも痛い。


「い、いいから黙ってみてなさい、今にやってやるから」


 なんだか殴り込みにでも行きそうな言い草だ。

 凛央は両手を握りしめて前を見据えると、大股に唯李のあとを追う。


 次にやってきたのは、クレーンゲームなどが並ぶ一角。

 筐体のガラスに張り付いて中を見ていた唯李が、笑顔でこっちこっちと手招きをしてくる。

 凛央と一緒に中を覗き込むと、手のひら大のぬいぐるみが何体か無造作に転がっていた。

 唯李はその中のあごのしゃくれたパンダのぬいぐるみを指さしながら、


「見て見てあれ、かわいくない?」

「かわいい……?」

「かわいいじゃん。頭パーンってしたくなる」

 

 相変わらず意味不明な唯李語はさておき、よくよく見ればあのぬいぐるみには見覚えがあった。

 以前瑞奈が、近所のスーパーのガチャガチャで似たようなキーホルダーを手に入れていたのだ。


 あのときも確かパンダが出るまで粘っていたのを思い出す。

 瑞奈はぬいぐるみも欲しがっていたが、ゲーセンは魔物が多いからと言ってあまり来たがらない。


「ああ、あれ瑞奈が好きなやつだ」

「へ~そうなんだ。じゃあ瑞奈ちゃんにおみやげ取ってあげようか」

「取れるの?」

「ふっ、ゴッドアーム唯李の実力見せたるで」


 舌なめずりをした唯李が、息巻いて百円玉を投入する。

 プリクラは渋ったくせにこっちは財布ガバガバである。


 唯李は身をかがめて、ぬいぐるみの位置を確認するように指をさしてみせた。何かを測っているらしい。何かはよくわからないが。

 謎の動作をしたあと、満を持して操作レバーを倒す。続けて隣のボタンを押すと、アームが人形の真上で止まった。ゆるゆると下りてきて標的を掴んだ……かと思いきや、そのままぬいぐるみの表面を撫でるように、するりと引き上げていった。


「ずいぶんタッチが優しいねゴッドアーム」

「ウッソでしょ今の!? するっていったよするって」


 例によって下手くそなやつかもしれない。

 実際専門的なことはわからないのだが、唯李は立て続けに入れた二百円で二回とも手応えなく失敗した。

 唯李の横顔を見ると、向こうも無言で見返してきて、


「悠己くんが見てるせいで取れない」

「……どういうこと? それさ、体じゃなくて輪っかにかけたらいいんじゃない?」

「いやいやそれは罠だね。ここはやはりアゴ狙いで……」

「わ、私、UFOキャッチャーは得意なの!」


 話の途中でいきなり凛央が乱入してきた。

 横入り気味にお金を投入すると、がっと足を開いてレバー前のポジションを奪う。

 唖然とする悠己たちをよそに、凛央は必死に食い入るように標的を見つめながらレバーを操作し、ボタンを押した。

 ダン! とムダに力が強く何やらちょっと怖い。


 その気迫が届いたのかアームも妙に力強く、パンダをアゴごと鷲掴みにして戻ってきた。ぱっとアームが腕を開くと、人形はすとんと手前の穴に落ちた。


「やった、取れた!」

「わ、すごい。凛央一発じゃん」


 ぱちぱちと小さく両手を叩いて、うれしそうにはしゃぐ凛央。

 悠己がちらりと唯李の様子をうかがうと、


「わーすごいねー凛央ちゃん……」


 といいつつ若干顔が引きつっている。若干拳握りしめている。

 これはどうやら負けず嫌い唯李ちゃんをダイナミックに刺激してしまっているようだ。


 そんなことはつゆ知らず、嬉々として取り出し口に手を伸ばした凛央は、手にしたぬいぐるみをそのまま悠己に手渡してくる。


「じゃあ、これ……」

「いいの? ありがとう、妹が喜ぶと思う」

「……そ、そう。よかった」


 お礼を言って笑いかけると、凛央は少し気恥ずかしそうに微笑を浮かべた。


「やっぱり怒ってるより笑ってるほうがいいね」

「な、何よそれは! 人を四六時中怒ってるみたいに……」

「ほら怒ってる」


 凛央は頬を紅潮させたのち、「ふん」と慌てて真顔を作った。

 ふと視線を感じて振り向くと、唯李が何か言いたそうにじっとこちらを見ていた。


「……何?」

「別に」


 ふいと視線をそらされる。やはり自分で取れなくてご機嫌斜めらしい。

 それでも最初にぬいぐるみを見つけてくれたのは唯李だ。同じようにお礼を言う。


「唯李もありがとうね」

「へ? な、何が?」

「ぬいぐるみ取ろうとしてくれて」

「う、うん……」


 口元をもごもごとさせる。そして何か言いたげに上目遣いをしてくる。が、結局何も言わない。


「まあゴッドアーム見れなくて残念だったけど」

「そうね! 取れませんで悪うござんした!」


 急に大きい声。

 唯李は悠己の手元に目を留めると、「なにしゃくれてんだよ!」とパンダの頭を手でパーンした。またしてもJK力がガリガリ減っていく。


「そうよ、なにしゃくれてんのよ!」


 さらになぜか凛央も真似してパーンしてくる。まさに理不尽。

 歓迎されるかと思いきやこの仕打ちにはパンダもびっくりである。


 悠己は二人からパンダを守るように手で覆うと、「怖い人たちだよね、よしよし」と頭を撫でてやった。

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