第89話

「ねえ二人とも、どこか出かけたりとかしないの? 夏休みっていろいろあるでしょ、お祭りとか、いろんなイベントとか」

「んー外暑いし、めんどうだし」

「人混みきらーい」

「なんだこいつら」


 唯李がぼそっと言う。心の声が漏れている感があるが隠す気もなさそうだ。いやにご機嫌斜めのようなので、なだめる意味も込めて聞き返す。


「そういう唯李はどうなの?」

「この前友達とカラオケ行ったし? 『アニソン縛りしようぜ!』って言ったら『一人でやれば?』っていうからやってやったよ」

「そうなんだ。楽しそうでいいね」

「うん。もう誘われないかもしれないけど」

 

 かなしい。人生は楽しいことばかりではない。

 

「もし暇そうなら、俺も唯李に声をかけようかと思ってたんだけど……」

 

 言いかけると、唯李は前のめりになって顔の前で首を傾げてくる。


「へぇ~? ってことは、あたしに遠慮してたんだ? まぁでも悠己くんが遊びたいっていうんなら、しょうがないから相手にしてあげないこともないよ?」

「このドラマが面白くて、とりあえず後でいいかって」

「そういうの言わないほうがいいと思うんだけどね、本人の前で」

「大丈夫、忙しいみたいだし、金輪際唯李のこと誘ったりしないから」

「いや誘えよ、ちょっと言われたからってすぐあきらめんなよ」


 誘って欲しいのか欲しくないのか。

 とはいえ唯李の言うことも一理ある。

 瑞奈のような遊び盛りの子供が、ひたすら家の中でゲームというのも問題だ。


「瑞奈も誰かと外で遊んでくればいいのに」

「悠己くんそれとんでもないブーメラン投げるね。ダブルトマホークだね」

「俺はこの前遊んだからいいんだよ」

「そんなドヤることじゃないよね? なにその通過儀礼みたいな言い方」


 その瑞奈当人はどこ吹く風だ。ソファに寝転んで足をバタバタさせながら、鼻歌交じりにゲームに興じている。

 唯李は立ち上がると、その傍らにしゃがみこんだ。小さく首をかたむけながら優しく声をかける。


「瑞奈ちゃん、そういえばその……どうなったのかな。その後、お友達は」

「友達~? べつにそんなの……」

 

 瑞奈はちらりと唯李に一瞥を向けたあと、悠己の顔を見上げた。きまりが悪そうに目線をもとに戻すと、ゲーム機を唯李の顔の前に持っていった。


「そ、それよりこれ見て! 瑞奈は森の開拓で忙しいのだ」

「あっ、ぶつぞうの森だいいなぁ、あたしもやりたーい」

「ゆいちゃんも買いなよ、一緒にやろ!」

「んーでも今ちょっとお金ないの。誰かさんのせいで今月お小遣いがきつくて」


 なぜか悠己の顔を見つめてくる。意味がわからない。


「ゲームどころか、親に塾の夏期講習とか行けって言われてるんだよねぇ」

「だからなんで俺の顔を見てくるわけ」

「それは風が吹いたら中二病が捗る的な? でも塾に行くよりいい方法があるよって言ったの。そう、家庭教師をね」

「家庭教師? そっちのほうがよっぽど高くつきそうだけど」

「そこで家庭教師のリーオーですよリーオー」

「なにそれ?」

「もう忘れたんかい」


 そういう会社名なのかと思ったが、凛央のことを言っているらしい。どうやらこの間のテストでやらかしたからか、家でいろいろとお叱りを受けたようだ。


「凛央に家庭教師か……いいんじゃないかな、仲良しで」

「そうそう、ナイスアイディアでしょ」

「唯李がそれで恥ずかしくないならね」


 唯李はぐっと口を結んで黙ってしまった。そして悠己の顔を睨んでくるまでがセット。その背後から瑞奈が声をかける。


「ねえゆいちゃん、アイス買ってきて」

「なんで唐突にパシろうとしてくる? 今そういう流れあった? じゃあ瑞奈ちゃん、一緒に買いに行こっか」

「嫌どす。外に出たら体とけます。いやとろけます」

「体チーズかよ」


 二人がまたもじゃれ合い始めると、テーブルの上に置いてあった悠己のスマホが着信音を鳴らしだした。悠己はスマホを手にすると、拒否のボタンに指を触れる。

 何事もなかったようにスマホを置くと、唯李が不思議そうな顔でたずねてくる。


「……今の電話? 拒否った?」

「慶太郎だから」

「それ理由になってる?」

 

 すぐにまた着信した。相手は慶太郎だ。

 悠己はテレビのリモコンの一時停止を押して、スマホを耳に当てる。


「もしもし? お前今切ったろ? 今何して……」

「ごめん、今ちょっと忙しくて手が離せない」


「めちゃめちゃソファーに体もたれてるけど」と唯李が横から茶々を入れてくる。すぐさま慶太郎の声のトーンが上がった。


「おい、今女の声がしたんだが? お前どこでなにしてんだよ」

「テレビの音テレビの音」

「テレビ見てんじゃね―かよ! 何が手離せないだよ!」


 バレた。

「誰がテレビの音だよ」と唯李からも睨まれ逃げ場がなくなる。あきらめて慶太郎の話を聞くことにする。


「まさかの、まさかのだぜ? 真希さんのほうからお誘いがきちゃってさぁ」

「何か怪しい勧誘? 大丈夫なの?」

「どこか遊びに行こうっていう話だよ。前の彼と一緒に何人かでって言ってきてさ。だからお前も来い」

「う~ん、それはちょっと難しいんじゃないかなぁ」

「それお前のさじ加減だろ、どうせ暇なんだろ?」

 

 これだから電話に出たくなかったのだ。そうでなくても最近相談と称してどうでもいい電話をかけてきたり、意味のないメッセージをよこしてきたりする。


「とりあえず今週の金曜はどうだって。いけるよな?」

「金曜? うーん、その日は妹と出かける予定かな」

「妹だぁ? なんでそこで妹でてくんだよ」

「一人だと出かけたがらないし、ずっと家にいるっていうのもね。一緒に遊んだりする友達がいればいいんだけど」

「まぁお前の妹じゃな~……友達いなそうだもんな。常に口半開きでよだれたらしてそう」

「どういうイメージそれ?」

 

 慶太郎は瑞奈に会ったことも顔を見たこともない。電話口でしばらく唸る声が聞こえてきたが、


「しょうがねえな、あんまり気が進まねえけど……オレが遊び相手連れてきてやるよ」

「遊び相手?」

「うちの妹だよ。どうせヒマしてっから、一緒に遊ばせるようにすりゃいいだろ」

「えっ? ていうか妹いたの?」

「わりいかよ」


 初耳だ。故意に隠していたようにも見える。

 とっさに出たわりには悪くない提案のように思えたが、慶太郎の分身のようなやかましいのが来られても瑞奈とはかみ合わないだろう。

 返事を濁していると、じゃあまた連絡するわ、と一方的に電話を切られた。

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