第90話
陽が昇りきった正午過ぎ。
マンションを出た悠己は大通りにあるコンビニへ向かった。歩きはじめてすぐに日差しと熱気が押し寄せてくる。
この前電話で話したとおり、慶太郎が家に妹を連れてくるという話になった。
しかし慶太郎を家に招いたことはこれまでない。場所もわからないというので、近場のコンビニでひとまず落ち合うことにした。
ちなみに唯李はあのあと瑞奈と一緒にアイスを買ってきて食べてゲームをやって帰った。結局なにしに来たのか。
路地を過ぎて、角にあるコンビニに到着する。
扉を押して入っていくと、急激に周りの温度が下がる。生き返った気分だ。
雑誌コーナーで立ち読みしている派手な頭に目が止まった。
近づいていくと、悠己に気づいた慶太郎が目線を上げた。
「おう、来たか」
今日もサングラスを頭にのせている。気に入っているようだが何世代前のスタイルなのか。アロハシャツに短パンはやはり目立つ。
「ほら、そいつ。連れてきたからさ」
慶太郎が親指で背後を指した。
その先で一回り小さい女の子が、反対側の商品の棚を眺めている。
「おい、来たぞ」
慶太郎が呼ぶと、彼女はこちらを振り返った。
夏らしく薄手の半袖シャツにスカート。ショートヘアの髪を一箇所、飾り付きのゴムで縛り上げている。
顔は小さく体格も小柄で、身長は瑞奈と同じかそれ以下か。
全体的に主張が少ない。とにかく控えめで、悪く言えばモブっぽい。
このキンキラ頭の男と並んでいると、何かよからぬ目にでもあっているのかと疑ってしまう。
「なんとか言えよ。ったく、こいつコミュ障だからさ」
彼女はキっと慶太郎を睨みつけたが、睨まれた当人はまったく意に介していないというか、気づいていない様子。
悠己と目が合うと、彼女ははっと目をまたたかせた。すばやくおおげさに頭を下げる。
「は、はじめまして。速見小夜(はやみさよ)……です。よ、よろしくおねがいします……」
たどたどしくはあるが、きちんと自己紹介ができている。この時点で瑞奈を上回っているといえる。
「ぜんぜんコミュ障じゃないじゃん」
「そうか~?」
慶太郎は不満げだが、これでコミュ障呼ばわりは気の毒だ。
悠己は笑顔を作って小夜にこたえる。
「はじめまして、ゆうきおにいさんだよ! 今日はよろしくね!」
緊張をほぐしてあげようとしたのだが目をそらされた。あいまいに頷くだけでこれといったリアクションがない。悠己は慶太郎に向き直って言う。
「ダメだね、この子コミュ障だね」
「いきなり手のひら返すな」
「歌のお兄さんか! ってツッコミができたら合格だったんだけど」
「なんのテストしてんだよ」
「でも慶太に似てなくてかわいいね」
「一言多いんだよな完全に」
慶太郎が面白くなさそうな顔をする。小夜に向かってあごをしゃくった。
「おいよかったな、かわいいってよ」
「え、えっ?」
小夜はあたふたとしながら顔を赤く染めた。慶太郎がどうでもよさそうに目線を戻してくる。
「んで、お前の妹は?」
「信頼と安定の自宅待機」
前もって言ったら逃げるだろうしで、今日のことは何も伝えていない。アイス買ってくるね、とだけ言って家を出てきた。
「今ちょっとアイス買っていい?」
「ん? ああ、早くな」
目線を落として雑誌の立ち読みを再開した。悠己は振り返ると、黙って立ちつくす小夜に声をかける。
「アイス食べる?」
「えっ?」
小夜は戸惑った顔をした。うつむきながら、指先をいじいじとさせる。
「だ、大丈夫です、わたし……」
「いらない?」
こくこくと頷く。ずいぶん遠慮がちだ。
瑞奈ならここぞとお高いアイスを漁りだすことは想像に難くない。
いらないとは言われたが、一応彼女の分も見繕ってレジで会計を済ませる。
それから慶太郎を促してコンビニを出た。二人を連れて、まっすぐにマンションへ。
帰宅してドアを開けると、瑞奈が小走りに玄関口までやってきた。
「あいすあいす~!」
しかし悠己の背後に別の人影があることに気づくやいなや、華麗なUターンを決めて奥へ引っ込んでいった。見事な足さばきだ。
「どう思う? あれ」
これぞ真のコミュ障だぞ、と振り返る。
しかし慶太郎は目を丸くして、
「か、かわいい……」
「は?」
「どういうことだよ! お前の妹って、こうほげーってしてるやつじゃねえのかよ!」
「そんなこと誰も言ってないけど」
勝手なイメージを作られているらしい。
何か気に入らないのか、慶太郎は忌々しげに悠己を睨みつけてくる。
「くっそ、羨ましい……」
すると無言で背後に立っていた小夜も、どことなくムっとした表情になる。瑞奈のおかげで急に場が険悪なムードになった。
気を取り直してリビングへ入っていくと、背中合わせに本棚の陰に隠れている瑞奈の姿が目に入った。
ステルス行動をしているつもりのようだが体がはみ出している。
物陰から飛び出してきた瑞奈は、悠己の体に取り付いて盾代わりにした。身を乗り出すと、慶太郎へ向かって手のひらをかざして、
「に、ニフラムニフラム!」
謎の呪文を叫びだした。
何か勘違いしたのか、慶太郎はニコッと笑顔になる。
「いぇーいニフラムニフラム~!」
ノリノリでやり返され、瑞奈はくぅっ、と渋い顔になる。身を翻して自分の部屋に逃げていった。
「なんだよ、すごい人見知りって全然そんなことねえじゃん! うちのと違ってめっちゃノリよさそうだし……今のはなんのあいさつか知らんけど」
「消えろって意味だよ」
「は?」
やはり通じてなかったらしい。
慶太郎は腑に落ちない表情になる。
「なんでオレがそんな扱い受けないといけないんだよ」
「その見た目だよ。その頭とか格好とか、そういうの嫌いだから」
「ん~? ああこれか。まあ危険なオーラ出しちゃってるからしょうがねえかぁ~」
なぜか嬉しそうである。
本人はそういうふうに見られたいようだが、どうしても悠己の頭にはイキリ中学生というワードがよぎってしまう。
とにかくこれに立ち向かうには、まだまだ瑞奈のレベルが足りない。まずは小夜を瑞奈に引き合わせることにする。
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