第91話

「慶太がいるとややこしくなるから、ここで待っててくんない? じゃあ小夜ちゃん、ちょっと……」


 手招きをするが、遠目から成り行きを見守っていた小夜は、驚いたように目をぱちぱちとさせる。


「どうかした?」

「い、いえその、小夜ちゃんって……」

「あ、ごめん嫌だった?」


 いくら年下と言えど、いきなり女子を「ちゃん」呼ばわりするのはあまりよろしくないかもしれない。

 言い直そうとすると、小夜はぶんぶんと首を横に振った。


「ぜ、ぜんぜん大丈夫です! 好きに呼んでくれて!」


 問題ないらしい。

 思えば友達の妹、というものに接するのは初めてのことだ。どうしても探り探りになってしまう。

 慶太郎をリビングに待機させると、悠己は小夜を連れて瑞奈の部屋の前へ向かった。


「警戒されるからちょっとここで待ってて」

 

 部屋の少し手前で、小夜に待機指示を出す。

 おそらく瑞奈はドアの向こう側に張り付いて、聞き耳を立てているに違いない。

透視能力があるわけではないが、なんとなくその姿が見えてしまう。

 悠己はドアに近づくと、中に向かって呼びかける。


「瑞奈? 出てきなよ、お客さんだから」

「山」

「……川?」

「間者ぞ! みなのものであえであえ!」


 わあわあうるさい。どうやら合言葉が違うらしい。


「アイス溶けちゃうよ」

 

 そう言うと、ドアがゆっくりと開いて、わずかな隙間から手がすっと伸びてきた。どうやらこっちの合言葉が正解のようだ。

 

 指先がちょいちょいと動いてアイスを渡せの合図をしてくる。悠己は無視してドアを押し開け、部屋に入った。

 

 瑞奈はドアの陰でバランスを崩しかけるが、すぐにドアを両手で押して閉じる。

 

 悠己の持っていたコンビニ袋に手を突っ込むと、中を漁って棒つきのアイスを取り出した。封を切ってアイスを頬張りながら、


「ゆきくんどういうことなの! 魔物なんて連れてきて!」


 やはり魔物扱い。

 予想はしていたがひどい言い様である。


「魔物じゃなくて、あれだよほら、友達?」

「トモダチって……。はっ、もしかしていじめられてるの? ゆすられてるの?」

「だから違うって」


 どちらかというとタカりまくっている。


「わかった、この前のときも傘貸せよって取られたんでしょ!」

「いつの話それ?」


 いじめ疑惑が瑞奈の中で解消していないらしい。

 瑞奈はアイスの残りを口に入れると、張り切って腕を振り上げだした。


「じゃあ瑞奈がガツンと言ってあげるから! ガツンといよかん!」


 また謎の呪文をかけに行くのか。部屋から出るならなんでもいい。

 瑞奈は意気揚々とドアを開けた。すぐ目の前には待機を命じていた小夜が待ち構えていた。


「ど、どうも、こんにちは……」


 小夜がおずおずと頭を下げる。言い終わる前に、瑞奈は猛烈な勢いでドアを閉めた。突然うずくまって頭を抱えだす。


「どうしたの?」

「いかん身バレや……」

「身バレ?」

「同じクラスの子なの! しかもすぐ近くの席!」

「それはもとからバレてない?」


 名前も何もかも割れているはず。

 しかし妹同士で同じクラスだったとは初耳だ。


「じゃあいいじゃん、知ってる子なんでしょ?」

「知ってる子だからダメなんでしょ! どうして……何なの!? なんでいるの!」

「友達の妹なんだよ。瑞奈も一緒に遊べばいいじゃん」

「ゆきくん。お帰りいただいて」

「いいからあいさつだけでもしなよ」


 瑞奈をどけてドアを開けた。押し出そうとすると、瑞奈は部屋の奥に逃げ込んでしまった。困惑顔の小夜と目が合う。


「すみません、あの、迷惑でしたら……」

「おい、いつまでやってんだよ」

 

 慶太郎が小夜の背後から顔をのぞかせる。待機を命じていたはずがしびれを切らしたようだ。


「お前も黙って突っ立てないで、もっとノリよく声かけていけよ」


 慶太郎がせかすが、小夜は返事もせずにふいっと顔をそむけた。

 そうではないかと思っていたがこの二人、あまり円満な仲ではなさそうだ。


「瑞奈と小夜ちゃん、同じクラスで知り合いなんだって」

「は? そうなん?」


 慶太郎が小夜の顔に視線を送る。

 小夜はちらりと一瞥を返すと、黙ってうなずいた。


 となると彼女は瑞奈のことを知っていてこの話を受けたことになる。それなら瑞奈に対していくぶん好意的のように思えるが、肝心の瑞奈はそうでもないようだ。

 慶太郎は場を見渡しながら言う。


「んじゃオレもう帰るわ。お前の妹にも怖がられてるし、ここにいても邪魔みたいだしな」

「え、小夜ちゃんはどうするの」

「どうするって、一緒に遊ばせたらいいだろ」

「いや、帰りとかさ」

「別に一人で帰ってこれんだろ。ちっさいガキじゃあるまいし」

「それはちょっと冷たくない?」

「つめた~いもあったか~いもねえの」


 対する小夜も「問題ないです」という。兄には目もくれない。声こそ小さいがはっきりとした意思表示だった。

 慶太郎は大げさに肩をすくめてみせると、「じゃあな」と手を上げて身を翻した。

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隣の席になった美少女が惚れさせようとからかってくるがいつの間にか返り討ちにしていた 荒三水 @aresanzui

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