第78話 隣の席キラー唯李2


「あれっ、二人とももう帰ってきちゃったの!?」


 現れるなりすっとんきょうな声を上げたのは瑞奈だった。ぐるりと首を巡らせ、悠己を見て、唯李を見て、そしてうずくまる凛央に視線を留めた。 


「あっ、ゆいちゃんとりおが修羅場に!」


 何を思ったか突然そう叫んだ。

 瑞奈は手にしていたバッグを床に置いて、いそいそとお菓子の箱を取り出す。


「ゆいちゃんはきのこっぽいからこれ。りおはこっち」


 お菓子の箱をそれぞれ二人に手渡した。受け取りつつも二人は首をかしげる。

 瑞奈は真ん中に立つと、大きく両腕を振ってクロスさせた。


「ファイっ!!」

「やめなさい」


 ぺしっと頭を小突いて悠己は瑞奈を横にのける。

 瑞奈は口をとがらせながらつっかかってきた。


「あーわかった。ゆきくんがりお泣かしたんだ」

「違う違う。ていうかそれは何、そのいっぱい入ってるのは」

「これ当たるまで回してたら遅くなっちゃった」


 バッグの中にはお菓子の他に、ガチャガチャの丸いプラスチックの容器がいくつも入っている。

 瑞奈はその中の一つを取り上げて、


「りお見てこれ! けつあごパンダ! 元気ですかーー!?」


 小さい動物のフィギュアを見せびらかしていく。

 凛央は慌てて目元を拭って応えようとする。瑞奈には涙を見せたくないようだ。瑞奈は凛央の顔を間近にのぞきこんで、


「りおどうかしたの? じゃあ瑞奈がおもしろギャグ言って笑わせるから!」


 まさかのお役目を奪われる唯李。 

 様子をうかがうと、当人は腕を組んで何やらふんぞり返っている。


「ふっ、ここは弟子に譲ってやるとするか」

「ゆいちゃんはけつあごだけど水虫で切れ痔!」

「それただの悪口じゃん! 違うもっとこう、凛央ちゃんを元気づける感じで!」

「ちゃんゆいは切れ痔だけどけつあごで水虫!」

「入れ替えただけでしょそれ! もういいお主は破門じゃ!」

「ふっ、わが師はもともとりお長老である! ちゃんゆいなぞ成長値マイナス補正もいいとこ!」


 二人してぎゃあぎゃあともみ合いへしあいを始めた。

 やがて唯李の顔面を押しのけた瑞奈が、


「でもなぁ、ゆきくんりおともいい感じだからなぁ~~」

「な、何が!?」

「でもりおは友達だもんね。ゆきくん言ってたし」

「友達?」


 初めて凛央が家に来たときに言ったことを覚えていたらしい。

 するとなぜか唯李ががぜん勢いづいて、


「友達……そっかそっか。そうだよね! 友達だよね、うんうん!」

「ほら、りおもいつまでも座ってないで、早くパーティ始めよ!」


 瑞奈が凛央の腕を引っ張って立たせる。

 凛央は気恥ずかしそうに笑って立ち上がった。

 その様子を見ていた唯李が、「この前は自分が泣いてたくせにね」と言ってこっそり笑いかけてきた。悠己もそれに頷いて、一緒に笑った。





「はいまたゆいちゃんの負け! ほらたけのこ喰らえ喰らえ!」

「あぁ、たけのこもおいしい……たけのこサイドに落ちるぅ……」


 ゲームで負けるたび、無理やり口にお菓子を押し込まれる唯李。

 三人で対戦だなんだとやっていたが、一名だけ見るも無残にボコボコにされている。

 そしてついに最後にはたけのこ面に落ちた。

 

 ソファに横たわった瑞奈が静かに寝息を立てている。 

 朝からサプライズだなんだと張り切っていたせいか、すっかりお疲れの様子。時間も時間ということで、パーティはお開きとなる。

 瑞奈を家に置いて、三人は暗くなった路地を行く。最寄りのバス停に向かう悠己の後ろを、唯李と凛央が横並びについてくる。まだテンションが冷めやらぬのか、おしゃべりが絶えない。


 誰もいないバス停に到着した。往来を見渡していると、生暖かい風が吹く。最近はめっきり気温が上がった。

 テストが終わって、一学期ももう終わり。本格的に夏が近づいてきている。今年の夏は、何となくいつもと違う予感がした。


「しかし紙一重だったんだけどね~どれもこれも」


 背後で声が聞こえる。唯李がまだゲームで負けたことをぶつくさ言っているようだ。もういい加減だろうと悠己も口を挟む。


「あれだけやってて全然進歩してないってどういうことなの」

「見てるだけの人には言われたくないですねぇ」


 唯李はここぞとつっかかってくる。変なノリ。というのは今日今に始まったことではない。これからずっとこんな調子だと困る。

 辟易していると、横合いから凛央が口を出してくる。


「ちょっと、やめなさい二人ともケンカは」

「ケンカ? ケンカにすらなってないよね。争いは同じレベルの者同士でしか生まれないってね」

「唯李のレベルが低すぎてね」

「ん? やんのか?」

「だからやめなさいっていうの」


 凛央が間に立ちふさがって仲裁してきた。

 こうなると唯李も引かざるを得ないのか一度引き下がった。が、「む~」と凛央ごしに悠己を睨んでくる。


「ふふ」

「何を笑っとんじゃい」

「いや、この前は唯李が凛央に『ケンカはダメだよ』って言ってたのになって」

「だからこれケンカじゃないから。マウンティングだから」


 凛央の影に隠れながらこの言いざま。

 すると突然凛央が唯李の腕を取って、前に引っ張り出す。かたやもう片方の手で悠己の手を取って、無理やり手と手をつなぎ合わせた。


「ほら二人とも、仲良くするのよ」

「ちょ、ちょっと凛央ちゃん?」


 凛央は手が離れないよう、自分の手を覆いかぶせるようにして押さえつける。

 慌てふためく唯李。悠己はとりあえず逆らわないでおく。するとそこにちょうどバスが滑り込んできた。


「じゃあね。手はそのままね」


 そう念を押してから手を離すと、凛央はバスに乗り込んだ。

 ドアが閉まる間際、振り返って手を上げる。凛央は満足そうな笑顔を浮かべていた。

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