第68話 エンジェル唯李
そのとき、凛央が操作するキャラの動きが止まった。
ここぞとばかりに唯李は強烈な一撃を入れる。凛央のキャラを弾き飛ばし、一ポイント取り返した。
「おっしゃとったぁ! 見たかこれぃ!」
「……ねえ、聞いてる?」
「ん? ああ何?」
「だから、隣の席キラーなんてもうやめなさいって」
(トナリノセキキラー?)
気づけば凛央はゲームそっちのけで、やけに深刻な顔をしながらこちらを見ていた。
突然謎の単語が飛び出てきてなんぞやと唯李は首をかしげるが、凛央のキャラがリスポーンしてきたのですぐに注意をゲームに戻す。
「今回だって、その……言いなり券だなんて、自分からそんな提案するなんて……唯李ももっと自分を大切にしないと。そんなことまでして、惚れさせゲームなんてもうやめなさい」
「アアッ!? なんじゃウソやろ今の!?」
「あっ、ち、違うの今のは別にそういう、命令っていうわけじゃ……」
「え? あ、ゲームゲーム」
ここはいける、というところでありえない挙動でカウンターを食らった。
してやったりのドヤ顔をされるかと思ったが、凛央はやたらと神妙な面持ちで、
「それで隣の席キラーなんて、陰でそんなあだ名までつけられて……」
「……え、ちょっと待って。ていうかその隣の席キラー? ってなに?」
いよいよ不審に思って聞き返す。
何やら勝手に話が進んでいるようだが、そんな単語は初耳である。
「だからそれは、唯李が隣の席になった相手を惚れさせるゲームをしてるって……」
「……それ、誰が言ってたの?」
「それはプリースト……いえ成戸くんが」
なんとなくしていたいや~な予感が的中して、唯李は眉をひそめる。
「……悠己くんが凛央ちゃんに?」
「そうよ。それで私は、唯李がそういう危ない綱渡りをしていると思って……今回のもほら、テストで負けたほうが相手の言いなりになるだとか……さすがにやりすぎだと思ったし」
(あいつ……どこまでしゃべりやがった?)
言いなり券のことまで知っているとは。
しかしそれではまるで、自分が悠己のことが気になってちょっかいをかけているようではないか。
……いやまあ実際そのとおりではあるのだけども、そうやって第三者に告げ口していくのは反則だろう。少なくとも唯李ルールではそうなっている。
「そ、それは……言いなり券は、もともと悠己くんが言い出したような……気がしないでもなくはない」
「じゃあお弁当をあげたのは何?」
「え? お弁当……?」
「成戸くんが唯李のお弁当だって言って見せびらかしてきたの」
そういえばお弁当をあげた日、どうも悠己の姿が見えないと思ったら、いったいどういうつもりで……。
それで唯李が惚れさせゲームをしているだとかなんとか、凛央に変なことを吹き込んだのかもしれない。
しかし実際、そう取られてもおかしくないことをしているのは事実だった。お弁当という証拠もあるとなると説得力抜群。
かといってここで「ゲームなんかじゃねえんだよ!」と開き直るわけにもいかない。
(……まじゅい、ごまかせ。なんとかごまかせ)
「あ、あれはそのぅ……残飯だよねある種。余ったでんぶ全部ぶち込みましたみたいな?」
「なっ……ていうことは何? じゃあデビル唯李は……?」
「なにその風神拳しそうなやつ。とにかくあたしは、その隣の席キラーとかっていうのも全然知らないから」
(くっそあいつ、裏で勝手に変なあだ名を……)
きっぱりそう返すと、ついにコントローラーを動かす凛央の手が完全に止まった。
ピクリとも動かなくなった凛央のキャラに、これはチャンスと唯李が大技を叩き込もうとすると、
「な、成戸ぉぉぉおおおおおおお!!」
激しい怒号とともに、画面には大きくKOの文字。
強烈なカウンターコンボをもらった唯李のキャラが、場外遥か彼方に吹き飛ばされた。
「ああああっ!?」
唯李も一緒になって叫ぶ。すぐに凛央の様子がおかしいのに気づいて、
「ちょ、ちょっとどしたの凛央ちゃん急に!? そんなドスの利いた声で!」
「まんまとたばかられたわ!! ライアー成戸ぉぉおおお! おかしいとは思ったのよ、だいたい唯李がそんなことするわけないのよ、隣の席キラーだなんだって……!」
ギリギリと歯噛みをした凛央は、コントローラーを放り出して立ち上がった。
そして両拳を握りしめ、わなわなと体を震わせながら、
「あの男だけは許せん! 信じた私が愚かだったわ!」
「な、何が? どうしちゃったのいきなり?」
「唯李、あの男はやはり危険よ。金輪際、唯李には近づけさせない!」
「ちょっ、り、凛央ちゃん? 落ち着いて落ち着いて!」
「こうなったら今から家に乗り込んで……!」
「いいから落ち着け」
今にも部屋を飛び出していきそうだった凛央の顔面を唯李フィンガーで捉える。
改めて凛央をその場に座らせて、
「よーしよし、ステイ! ステイだよ凛央~!」
荒い呼吸をする凛央の頭を撫で、ぽんぽんと肩を叩きながらコントローラーを握らせる。
これでなんとかひとまず落ち着けた。
それにしてもなんだって凛央がこんなハッスルする事態になっているのか。
きっと悠己がお得意のボケであることないこと吹き込んだに違いない。
(ていうかデビル唯李ってなによ。隣の席キラーって……)
よくもまあ吹いてくれたものだ。
ならこちらもお返しと、唯李は凛央の目の前に腰を落ち着けて、ゆっくり諭すように語りかけた。
「あのね……悠己くんはかわいそうな人なの。まあその……ご覧の通り、ちょっとその、人と考えがズレてるっていうか……。あたしも偶然隣の席になって、『あっ、こいつやべえな』って思ったから、なるべく優しく見守ってあげようかなって。だからその、あんまり責めないであげてほしいんだ」
嘘は言ってない。
嘘は言ってないはず。たぶん。
「だからちょっとアレな言動するかも知れないけど、怒らないであげて」
「そ、そういうことだったの……。唯李……なんて優しいの……。デビルどころかエンジェルよ。エンジェル唯李……」
「違う違う、発音はエインジュエル」
「オウ……エインジュエル唯李……」
(ふぅ、危ない危ない、なんとかなったか……)
凛央はすっかり感心したように唯李を見つめて息をつく。
なんとかなだめることに成功したらしい。
唯李はそっと額を拭うと、「ちょっと休憩しよっか。なんか飲み物持ってくるね」と言ってひとまず部屋を出る。
そして一階への階段を降りながら、前回の悠己とのいざこざを思い出す。せっかくの言いなりチャンスを「めんどくさい」で流されたのを忘れてはいない。
(その上裏で人をデビル扱いとはねぇ……やってくれるじゃない。ふっ、まぁそっちがその気なら、こっちにも考えがあるってもんよ)
エンジェルは一人、にやりと悪い笑みを浮かべた。
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