第27話 瑞奈とおでかけ

 翌日には無事台風も通り過ぎて、久方ぶりの晴天となった。

 絶好のお出かけ日和の休日。

 

 とはいえ悠己にはこれと言って外出する用事はなかった。

 リビングでテレビを見ながら一人ぼうっとしていると、部屋着から着替えた瑞奈が姿を現した。

 暗い色のパーカーにデニムジーンズと目立たない格好に、赤い小型のリュックを背負っている。


「出かけるの?」

「うん」

「どこに?」


 そう尋ねると、瑞奈はためらいがちに「この前始まったアニメの映画を見に行く、ついでに買い物してくる」と言い出した。悠己は少なからず驚きに目をみはる。

 いつもなら前もって悠己に了解を取って、一緒に来て来てとうるさいのに、今日に限ってはなんの相談もなくいきなりそんなことを言い出したからだ。

 もちろん瑞奈が一人で映画を見に行く、なんていうのはこれまでにないことだ。


「一人で大丈夫?」

「……うん」


 瑞奈は頷くが、いまいち覇気がない。

 どころかそわそわと落ち着きがなく、表情にもどこか緊張が漂っている。


「今日は急にどうしたの?」

「別に……一人で行こうと思ったから」

「本当に大丈夫? ついてってあげようか?」


 そう言うと、瑞奈はちら、と悠己の顔色を窺うような仕草をして、


「……し、しょうがないなぁ、ゆきくんも行きたいっていうんなら」


 少し歯切れが悪そうに言う。

 心配なのでついていくことにした悠己は、シャツをはおってチノパンという適当な格好でとっとと出かける準備を終える。


「ゆきくん準備できた? さあ行くよ!」

 

 瑞奈は急かすように言って、意気揚々と腕を振る。両手首には、それぞれ違う色のパワーストーンブレスレットが装着してある。

 休日に出かけるときはたいていこの装備だ。


 瑞奈に言わせるとこれは魔除けで、魔物を近寄らせないためだという。

 その魔物とはいわゆるちょっと見た目怖そうな人たち……のことらしい。

 それも判定が甘々で、彼女の基準でいうと慶太郎あたりも魔物認定されてしまうかもしれない。


 マンションの外へ出ると、瑞奈はMと刺繍のあるつば付きの帽子をリュックから取り出して、目深にかぶった。

 全然関係ないのだが「このMは瑞奈のMね」と母親に言われて購入したもので、ずっと前からお気に入りのものだ。


 目的地は、駅をまたいで反対側にある映画館。

 付近には本屋やら電気屋やらアニメショップやら、瑞奈の用を済ませる場所は一通り揃っている。


「それじゃ出発!」


 そう宣言すると、いったいどういう風の吹き回しか瑞奈は先陣を切って、駅までの道のりを歩き出した。

 いつもなら悠己の後ろをひっついてくるだけなのだが、やはり今日は少し様子が違う。

「瑞奈と手をつなぐとゆきくんも魔物に襲われなくなるよ」などと言って無理やり手を取ってきたりもするのだが、そんなこともなく妙に口数も少ない。


 しばらく威勢よく歩いていたが、途中コンビニの前にたむろする若い男の集団が視界に入ると、瑞奈は突然歩みを緩め、悠己を盾にするようにして身を縮こまらせる。

 露骨に帽子のつばを傾けたりして挙動不審だ。

 無事通り過ぎると、瑞奈は再び何事もなかったかのように前に躍り出た。

 

 しかし駅に近づくにつれ人の数が多くなってくると、瑞奈の足取りが徐々に鈍ってくる。

 さらに駅構内に入ると中はいよいよ混雑していて、瑞奈は人の流れが見えていないのか、すれ違う人と何度もぶつかりそうになっている。

 

 挙句の果てに、きょろきょろと向かう方角を見失っている始末。

 ずっと黙って見守っていたが、さすがに見ていられなくなって瑞奈の手を取ると、するすると人の波を抜けて、駅の西口から東口に出る連絡通路へ向かった。

 

 やっとのことで東口から駅の外へ出ると、すでに時間がお昼を回っていた。目についたファーストフードで昼食を取ることにする。

 瑞奈と一緒にカウンターに並びながら「なんにする?」と聞くと、急に「自分で注文する」と始まったので、言われたとおり悠己は自分の分だけ注文をする。

 瑞奈はいざ自分の番になって注文を始めたが、声が小さすぎて何度も聞き返されてしまう。結局見かねた悠己が横から口を出して、代わりに注文を済ませる。


「お腹へったね」


 席についてほっと一息つくが、瑞奈は小さく頷いただけだった。ちょっと疲れたのか。

 それでもハンバーガーにかぶりつくと、「おいしいね」と口元をほころばせて、これから見る映画の話などをしだして幾分調子が戻ったようだった。

 だがその矢先、隣にちょうど同い年ぐらいの女の子グループがやってくると、露骨に顔をうつむかせて黙り込んでしまう。

 あまりやかましいのは悠己も苦手なので、早々に残りを平らげて店を出た。

 

 また少し歩いて、駅に隣接する映画館へ。

 ここでも瑞奈は先導しようと前に立つが、受付の前でぴたっと立ち止まってしまい悠己が手続きをする。

 チケットを購入し、売店で飲み物とキャラメル味のポップコーンを買ってやって、席につく。

 瑞奈はいつもはここでもしゃもしゃとポップコーンを頬張りだすのだが、今日はほとんど手を付けなかった。

 やがて照明が落ちて上映が始まると、悠己はここに来て猛烈な睡魔に襲われだした。


「おもしろかったぁ~~」


 映画が終わって館内を出ると、瑞奈はご満悦の表情であれがこうでこれがこうで……と熱く感想を語りだす。


「ゆきくん途中寝てたでしょ」

「寝てない寝てない」


 意識を失ったのはほんのちょっとだ。

 そのあと、瑞奈行きつけのアニメショップのあるビルへ。

 ここはビル丸々それ系のお店が入っていて、階をはしごすればたいていのものは揃う。


 瑞奈のお目当ては、新刊の漫画とアニメグッズ。

 漫画はどちらかというと少女漫画より少年漫画を好んで読んでいて、それは悠己とも共有している。


「えっと、今月のおこづかいは~~……」 


 コミックの棚をあちこち物色しながら、瑞奈はしきりに財布の中身を確認している。

 いつもは問答無用で欲しい物をかごに入れて、「これ買っていい?」と伺いを立ててくるのだが、今日に限っては何やら自分で計算をしているらしく慎重だ。


「これと……これぐらいでいいか」

「それだけ? 今日は少ないね」

「ちゃんと節約しないとね」


 父からは生活費小遣いあわせて、そこそこの額を預かっている。

 しかし瑞奈にまるまる渡してしまうと際限がなくなるので、悠己がある程度小出しに渡して管理している。

 なので全部使い切っても問題はないのだが、瑞奈の口から節約なんて言葉が出てくるのは少し驚きだった。


 ここでは自分で会計を済ませた瑞奈が、リュックに購入した収穫物を詰めて買い物終了。

「ゆきくんは?」と尋ねてくるが特に買うものもないので、それからはどこにも寄ることなく、ビルを出て駅の西口側まで戻ってくる。


「夕飯はお弁当かなにか買ってこうか」


 そう言うと、「牛丼!」と瑞奈が行く手の脇にあった牛丼屋の看板を指さした。

 急な思いつきのようだったがちょうどよかったので、持ち帰りで二人分購入する。

 さてあとは帰るだけか、と駅出口へと足を向けると、


「は~? 最初にお姉ちゃんが言ったんでしょ?」

「え~知らな~い何それ~?」


 駅とつながっている百貨店の入り口から、買い物袋を下げた女性二人組が何やら言い争いをしながら出てきた。

 聞き覚えのあるような声だったので何気なくちら、と視線を向けると、女性の片割れとちょうど目が合った。

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