第26話 小悪魔唯李ちゃん
訝しげに画面をタップすると、ぱっと大きく画像が表示される。
「ん?」
一瞬誰だ? と思ったがすぐに唯李の顔面アップの写真だと気づく。
ぐっと口角を上げた唯李が、目尻へ横ピースをしながら、カメラに向かってウインクをしている。
普段より全体的に顔が白いわりに、唇と頬にはほのかに赤みがさし、まつげがくるっとしていて目がぱっちり黒目も大きい。
(あ、かわいい……)
思わずまじまじと見入ってしまう。
それこそ間近で唯李の顔をジロジロ見るような真似はあんまりしないので、こうしてみると改めて美少女だったんだなあ、と思う。
男子連中があれこれ騒ぐのもわかる。やはり歯並びがいい。
『どしたの急に?』
しかし突然写真を送られてもなんと返したらいいかわからないので、そのまま聞き返す。
すると若干間があったあと、
『プレゼントありがとね。なんかちゃんとお礼言ってなかった気がして。これ、じっと見てるとなんだか気持ちが落ち着くね。すごいパワーあるよきっと』
『それなんだけどごめん、渡すの金運のやつと間違えたみたい』
それきり唯李の返信が途絶えた。
これで用件が終わりならそれはそれでいいのだが、画面の向こうでものすごく怒っている可能性もある。
なので一応伺いを入れる。
『ごめんね、怒ってる?』
『ううん全然? しょうがないよね間違えちゃったなら』
『効いてるなら大丈夫だよね。病は気からって言うしね』
また返信が来なくなった。
ちょいちょい返信が途切れるのはやっぱり怒ってるのか。
しかし「全然?」と余裕たっぷりだったので、単純に忙しいだけなのかもしれない。
「ゆきくんなにしてるんー‼」
とそのとき、いきなり背後から瑞奈が体当たり気味にぶつかってきた。
衝撃で手が滑り、スマホをベッドの上に取り落としてしまう。
すかさずスマホを拾い上げた瑞奈は、画面を覗き込みながら尋ねてくる。
「なに見てたのー?」
「いいから返しなさい」
と手を伸ばしてスマホを取り返そうとすると、
「ゆきくん……」
突然、瑞奈が憐れむような表情になった。
画面に写っていた唯李の写真を見せてきて、
「ダメだよ? 彼女できないからってアイドルに走ったら」
「違う違う、それアイドルとかじゃないから」
「うそだぁ、絶対アイドルとかでしょこの子。はっ、さてはゆきくん、かわいい子とあらばついに手当たり次第に見知らぬ他人の画像を……」
「見知らぬ他人でもないって。今ラインしてたから」
ぽろっとそう言うと、瑞奈が血相を変えて身を乗り出してくる。
「えっ、今この人とラインしてるの⁉ うそほんとに⁉ すごいチャンスじゃん!」
「何のチャンスよ」
「ゆいちゃんっていうのかぁ、かわいいなぁ~~。かわゆ~~」
またも勝手に人のスマホをいじりだす瑞奈。
テレビに出ているアイドルを見て「瑞奈のほうがかわいくない?」とか言っちゃう子にしては、これだけ褒めるのは珍しいことのように思う。
瑞奈はするすると画面をスクロールさせながら、「あ~」とかなんとかため息をつきだして、
「も~ダメだよゆきくん、こんなテンション低い感じじゃ。もうちょっとこう、フランクリンにいかないとダメだよ。たとえば~……今どんなパンツはいてるの? とか」
「おっさんか」
「わっ見てすごい、ゆきくんとシンクロしてる! 面白い!」
ぱっとメッセージ画面を見せてくる。
『今どんなパンツはいてるの?』に対し間髪入れず『おっさんか』の返信がついている。
「ってなんで本当に送ってるんだよ!」
「あっ、めずらしくゆきくんがちょっと慌ててる」
「返しなさい」
「やだやだもうちょっと! 瑞奈がいい感じにしてあげるから!」
ごねる瑞奈から力ずくでスマホを奪い返す。
これ以上好き勝手やられたらたまったものではない。
すぐに訂正を入れようとすると、続けて唯李からメッセージが来た。
『ヤダーもう! 悠己くんのえっち!』
(何だこのキャラ……)
おっさんか、からの突然の変わり身。あの唯李に限ってこんなこと絶対に言いそうにない。
顔が見えればバレバレなのですぐわかるのだが、文面だけだとなんとも。
またなにか企んでるな……と疑いつつも、こちらもメッセージを送信。
『今の間違いだから』
『もう悠己くんったら……。どんなの想像しちゃってるのかなぁ?』
『リボン付きの白いパンツ?』
そう送るとまたしても返信が途切れた。
いい加減もう終わりかなとスマホをしまおうとすると、瑞奈が横から覗き込んできて、
「ゆきくんダメダメだよそんなふうにしたら! 貸して貸して!」
「あっ、ちょっと!」
悠己の手からぱっとスマホをかっさらうと、器用に両手の指を使って凄まじい速さで文字を入力していく。相変わらずの手さばき。
謎の特技に目を奪われていると、ガンガンメッセージが送られてしまっていることに気づき、慌ててスマホを取り返す。
「なんてことしてくれてんだよもう」
「ねえねえ、なんて返ってきた?」
「ダーメ、もういいから」
頬同士がくっつきそうな距離で画面を覗き込んでくるので、ぐっと顔面ごと押しのける。
すっかり沈黙してしまっている唯李に対し、悠己はまたも訂正のメッセージを作成した。
◆ ◇
一方唯李の部屋のベッドの上では、一人スマホの画面を食い入るように見つめる唯李の姿があった。
昨晩は失敗したが、今日は最初から真希に手伝ってもらってかなーりいい感じにメイクできた。
完成するなり真希が「ヤバイ唯李ちゃん激カワ! 超カワ!」とはしゃぎだしてうるさかったが、こんなにガッツリやったのは初めてだ。正直自分でも驚くほどの完成度。
そのあと、真希によってスマホで写真を激写されまくり自分でも自撮りをかまし「もう写真送っちゃえ送っちゃえ!」とさんざん褒められ乗せられ、フォーーっと舞い上がってハイテンションで悠己に写真を送りつけた。
だが『どしたの急に?』(いきなり何なんだこいつ……)と言わんばかりのローテンションで返されて、一気に真顔になる。
取り繕うようにプレゼントの話題に切り替えたが、さらにそこでも渡された石は間違いだったというとんでもないトラップが発覚した。
(まあ金運でちょうどよかったし? お金欲しいし? ストレスとかないし、そもそも別に病んでるわけじゃないし?)
ギリギリギリ……と爪が食い込む勢いで石(金運)を握り込んでいく。
(待てここはこらえろ……今のあたしは小悪魔唯李ちゃん……エロカワ小悪魔……)
だから唐突な『今どんなパンツはいてるの?』などという完全になめくさったエロネタも余裕でかわし、逆に弄んでやらなければならない。
『リボン付きの白いパンツ?』
だがこの一言で「ブフォッ!」と小悪魔にあるまじき吹き出し方をしてしまう。
やはりガッツリ記憶に残るぐらいに覚えられていたのだと思うと、かぁーっと体の芯から熱くなってくる。
あんなかわいらしいパンツで小悪魔なぞちゃんちゃらおかしいのだ。
やはり自分には小悪魔は無謀だった……と肩を落としかけると、
『写真めっちゃかわいい!』
『超かわいい!』
『ちゅっちゅ』
『ゆい好き!』
『すきすき!』
怒涛の勢いでメッセージが連投される。
文字が目に飛び込むやいなや、唯李は目を見開いてまたも「ブフッ‼」と鼻から口からいろいろと吹き出した。
慌ててティッシュでぬぐいながら、
(ついに獲った! 何だかんだで男は顔か!)
ここに来て時間差でキメ顔自撮り写真の効果が。
一気にボルテージの上がった唯李は、勢いに任せて文字を入力しろくに変換もせず送信。
『あたしもすき! ゆうきくんすき!』
(はい両想い! カップル成立!)
やった。やってしまった。
本当なら慎重に焦らして確実な言質を取るべき場面だったが、相手のノリに合わせて勢い余ってやってしまった。
しかし悠己のほうが早かったのは間違いないのだ。これは完全に勝利。
すかさずうおっしゃあ! と唯李がガッツポーズをとろうとしたその矢先、すぐさま向こうからも返信が来た。
『ごめん今の勝手に妹が送った』
ブシューッ! とみたび盛大に顔面中の穴からいろいろ吹き出す。
耳からもなんか出た気がする。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイ‼)
パニックになって反射的にスマホを叩き割ろうかと思ったが、そんなことをしても何の意味もない。
それでも混乱する頭でなんとか起死回生の案をひらめくと、ガックガクの指先で入力する。
『こっちもおねえちゃんがかってに送った!』
どういう状況だよと頭の中で突っ込んだが、とっさに思いついたのがこれしかない。
向こうがどう出るか、画面を食い入るように見つめていると、
『お互い大変だね』
『そうね! 大変ね!』
(危ねーっ、セーフセーフ‼)
なんとかごまかせた。
ごまかせた……。
全身から力が抜け、ガクッと首をうなだれる。
はずみで手を滑らせてスマホを床に落とすと、そのすぐそばでキラっと何かが鈍く光った。
よくよく見ればカーペットの縁に、百円玉が落ちていた。
「やったぁお金だぁ。さっそくご利益……ウフフフぅ……」
百円を拾い上げて見つめた唯李は、それはそれはうれしそうに笑ったとか。
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