第28話 遭遇

「あ」

「あ」


 お互いに口を半開きにして立ち止まる。


「ゆ、悠己くん……?」


 どこかで見覚えがあるな、とは思ったがそう呼ばれて確信した。唯李だ。

 見慣れた制服姿とは違い私服だったのもあるが、一瞬気づかなかった。まさかこんなところで偶然出くわすとは。

 わずかに遅れて悠己が「やあ」と手をあげると、唯李の隣を歩いていた女性が唯李の顔に迫りながら、


「おやおやおやぁ~? 知り合い?」

「……く、クラスメイトの」


 唯李が苦虫を噛み潰したような顔でそう言うと、彼女は「ははーん」という顔をした。

 ちょっと邪魔、と唯李を押しのけて悠己の前に立ちはだかる。


「もしかして君が成戸悠己くん?」

「はあ……」


 見ず知らずの相手に初対面でいきなりフルネームを呼ばれる。不思議な感じだ。

 どう応対すべきか戸惑っていると、


「唯李の姉の真希です。はじめまして」


 彼女はゆったりとした所作でお辞儀をした。

 肩まで届くふわふわの茶色の髪がふぁさっと揺れて、かすかに香水の甘ったるいよ

うな匂いがする。


「はじめまして……」


 悠己は調子を飲まれつつも、なんとなくそれにならって頭を下げる。

 すると顔を上げた真希は、上から下までジロジロと、まるで品定めでもするかのような視線を送ってきた。

 これがウワサの姉か、と悠己も負けじと相手のなりをまじまじと観察する。


 なるほど姉妹というだけあって、細かいパーツこそ違えど、唯李とおおもとの顔の作りは似ている。

 ただ全体的に少し肉付きが良い感じで、身長も唯李よりわずかに低い。

 そしてやはりちょっと大人な落ち着いた感じ。

 ぽわぽわとした雰囲気もそうだが、常に口角が上がり気味で、若干目尻が垂れている。そしてゆったりとした声からしても、とても優しそうな印象を受ける。

 今日も見るからにカルシウム足りてなさそうな唯李とは雲泥の差だ。


「会うなら唯李ももっとおしゃれしてくればよかったね~」

「うるさいな」


 唯李がデニムジーンズに白いシャツ、という出で立ちなのに対し、真希は薄い青のワンピース姿。

 足元もスニーカーの一方でヒール、というとても対象的な二人。姉妹といえどこれでは断然差をつけられている感がある。

 それでなんだかカリカリしているのかな、と思った悠己は、


「昨日の唯李の写真、かわいかったよ」

「えっ……なっ、な、なんでそれ今言うかな⁉」

「今日は普通だね」

「ふ、普通で悪い⁉」

「普通もいいと思うけど」

 

 一気にカっと顔を赤くした唯李が掴みかからんばかりの勢いで迫ってきたが、すぐに足を止めて真希を警戒した。

 真希は満面に笑みをたたえながら、唯李へ意味ありげな視線を送ってはうんうんと小さく頷きを繰り返す。


「へ~へ~……」

「な、何その顔」

「別に~? いつもこんな顔だけど?」

「変な顔」

「あとで覚えときなさいよ」


 真希は言葉こそきついがニコニコと笑顔を絶やさない。

 唯李のラインを勝手に送ったりもするらしいし、少しお茶目なところがあるのかもしれない。


(仲が良さそうでいいなぁ)


 そう思いながら眺めていると、真希が何事もなかったように悠己の顔へ笑いかけてきて、


「ねえ成戸くん。あ、悠己くんでいいかな?」

「どっちでも」

「私のことは真希でいいよ。あ、真希お姉ちゃんのほうがいいかな?」


 呼び方はなんでもいいのだが、横からジリジリと唯李が無言で圧を送ってくるのはなんとも。

 しかし真希はそんなものどこ吹く風と、まっすぐ悠己を見て質問を重ねてくる。


「悠己くんは、胸とお尻だったらどっちが好き?」

「はい?」


 突然の謎質問を受けて固まっていると、とうとう我慢の限界に達したらしい唯李が、横から真希の顔ごと押しのけて間に入ってきた。


「はいはい、なんでもないからねごめんね~」

「ちょっと唯李! お姉ちゃんの顔面手でつかんでのけるってどういうこと?」

「それガン○ムファイト中でも同じこと言える?」

「何それ? ……いやあのね、一応性癖確認しておいたほうがいい……」

「だっ、ちょっ……声が大きい!」


 一見きれいどころの二人が何やらゴタゴタやっているので結構目立つ。

 普段からこんな感じなのかな、とぼんやり見ていると、にこっと真希が振り返ってきて、


「立ち話もなんだし、どこか喫茶店でも入りましょうか」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん勝手に……」


 今度は真希が唯李の顔をぐい、と押しのけてやりかえした。この姉妹はすぐ手が出てしまうようだ。


「それじゃ行きましょうか……あら? そっちの子は……」

 

 勝手に話を進めようとした真希が、ずっと悠己の陰に隠れてひっついていた瑞奈の姿に気づく。

 真希が身をかがめて覗き込むようにすると、何を思ったか瑞奈はぱっと悠己の背後から前に飛び出た。

 そしてきっと上目に真希を睨みつけると、


「わ、わたしは……ゆきくんの彼女です‼」


 ぎゅっと目をつぶって、声を振り絞るようにしてそう叫んだ。

 その一言に、一瞬にしてその場が凍りつく。

 当の瑞奈は言うだけ言うと、あとは任せたと言わんばかりに再度悠己の陰に隠れた。


 鷹月姉妹はぽかん、とした顔のまま固まってしまって動かなくなる。

 この状況いったいどうすべきか迷っていると、瑞奈がぐいぐいと服の裾を引っ張ってきた。 

 悠己はよろめきながらも、結局「それじゃあ」と手を上げて、そそくさとその場を立ち去った。


◆  ◇


 帰宅後。

 リビングに入って荷物を下ろすやいなや、ずっと押し黙っていた瑞奈が突然カーペットの上で正座を始めた。

 どうやら自分がヤバイことをしたという自覚はあるらしい。

 座りながらきゅっと脇をしめてうつむきかげんに、じっと何事か言われるのを待っているので、


「君は言ってることとやってることがぜんぜん違うね?」


 彼女作れ、と言いながら自分が彼女宣言とはどういう了見か。

 そう尋ねると、瑞奈はちらちらと上目遣いをして、口元をまごつかせる。


「だって、だって……。ゆきくんが、困ってると思って……」

「いやだからってなんであんな……」

「その……ゆきくんが逆ナンされてると思って」

「どこで覚えてくるんだそんな言葉。あるわけないでしょそんなもん」

「だから、『瑞奈が彼女です!』って言ってゆきくんを守ろうと思ったの」

 

 行動の意図がまったく不明だったが、別に悠己を陥れようとしたとかそういうわけではないようだ。

 他に言いようがあったような気がしないでもないが、決して悪気があってのことではないとわかって、はあ、と体から力が抜ける。

 

「……そっか。俺を助けようとしてくれたんだね。ありがとう、瑞奈」


 悠己は瑞奈のすぐそばに膝をつくと、「足崩しなよ」と言って頭を撫でてやる。

 すると、くっとこわばっていた瑞奈の口元が緩み、


「ふわぁ……お兄ちゃぁあん……好きぃ……。好きじゃなくてしゅきぃ……」

「酒気帯びか」

「もうべろんべろんですわよ」


 そんなことを言いながら、腕を腰に回してきてぎゅうっと抱きついてくる。


「わかったからほら。まったく、自分で早く妹離れしたほうがいいとかって言ってたくせに」

「はっ……。つい我を忘れて……今のはナシで」


 瑞奈は慌てて体を離すと、キリっと顔を作って離れた位置に座り直す。

 そんな瑞奈の姿を見て悠己は少し安堵しながら、


「今日はなんか一日変だったね。どうしたの」

「べつに変じゃないよ。いつもどおり」

「全然いつもどおりじゃないでしょ。急に出かけるとか言い出したのもそうだけど」


 ここ数日、家事だなんだやりだしたのもそうだが、全体的にちょっとおかしい。

 そう問い詰めると瑞奈は一度視線をそらしたあと、むっと不満そうな顔をしてきた。


「き、今日は……ゆきくんがどうしてもって言うから連れてってあげたけど、本当はゆきくんがいなくても大丈夫なんだからね!」

 

 いったいどの口が言うか、この妹にはまったくの異次元世界が見えているのか。

 まあなんとなく意図が読めなくもないが、ことここに至ってずいぶん急というか。


「やっぱり瑞奈はさ、もうちょっとしっかりした友達とかを作るべきだよ。そうすれば一緒に遊んだり出かけたりできるでしょ?」

「瑞奈だってしっかりしとるわい! ゆきくんこそ瑞奈にくっついてばっかりいないで、早く彼女作ってデートとかしなよ!」


 何か譲れないものでもあるのか、瑞奈は烈火のごとく言い返してくる。


「人にばっかそんなこと言って、ゆきくんだって彼女できてないじゃん。むしろ彼女いなくてかわいそうなゆきくんの相手を瑞奈がしてあげてるみたいなとこあるよね」


 瑞奈は立ち上がるとふんぞり返って腕組みをしながら、悠己を見下ろしてきた。

 やたら挑発的な態度に面食らっていると、さらに瑞奈は続ける。


「だいたいそんなに言うなら、ゆきくんが先に彼女作って見せてくれないとね」

「俺に彼女できたら友達作るって、それ絶対?」

「うん。絶対の絶対」


 瑞奈はよどみなくコクコクと頷く。

 前にも言っていたときは半分冗談かと思っていたが、わりと本気らしい。


(う~ん、彼女か……)

 

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