第3話 昼休み
昼休み。
悠己が家から持参したおにぎりを一人自分の席で頬張っていると、パタパタとスリッパの音を立てて慶太郎がやってきた。
紙パックのジュースにストローを立ててちびちびやりながら、「どうよどうよこの席は」としきりに尋ねてくる。
ちなみに現在、唯李はよそで女子グループに混じって昼食をとっていて席には不在だ。
「立ってないで座れば?」
壁際に寄りかかっている慶太郎に向かって、空いている唯李の席を指さす。
だが慶太郎はぶんぶんと首を横に振って、
「オイオイ誰の席だと思ってる。そんなことしたら殺意の波動飛んでくるだろ」
「どこから?」
「あっちこっちの野郎連中に決まってるだろ。表向き紳士を装っててもスキあらばその椅子をくんくんしてペロペロしたいと思ってるやつらばっかだからな」
「変態ばっかりだね」
匂いはともかくそんなもの舐めても木の味しかしないと思うのだが。
慶太郎は唯李の席に向かって拝むような仕草をしたあと、悠己に耳打ちしてくる。
「……ところで、どうなの。お隣さんの感触は」
「いや、すごくいい人だと思うよ」
即答すると、慶太郎は「はは~ん」と顔をにまにまさせて、
「あらら~まさかの半日KOですか。まぁ、成戸ならもう笑顔であいさつされただけで即落ちするんじゃ? とかみんな言ってたけどな」
「宿題とか見せてくれるし」
「……それ普通にいい人じゃん。そういう話じゃなくてな……てかなんでがっつりお世話になってるわけ? お前が頑張れよ、いいとこ見せろよ」
どうしてそうなったのか詳しく聞かせろよ、と顔を近づけてくる。
いちいち話すのもめんどくさいので、黙って残りのおにぎりを一気に口に入れると、慶太郎は急にしたり顔になって悠己の肩に腕を乗せてきた。
「一応忠告しておくけどもだ。もしかしていい感じかも……? なんて思っても、残念ながら彼女、誰とも楽しそうに話すから。あんまり舞い上がらないほうがいいぞ」
「いや思ってないけど」
「つまりあくまで隣の席効果だからな。勘違いするなよ」
まるで吊り橋効果のように言うが、そんな効果は聞いたことがない。
話半分に聞いていると、唯李が足早に席に戻ってきた。
机の中をごそごそやって何か取り出すと、ちらと一度悠己たちを見たきり、またグループの輪に帰っていく。
「なんで腰引けてんの?」
うるさい慶太郎のことだから、ここぞとばかりに何かしら声をかけるかと思っていたが、なぜか唯李を避けるようにコソコソしている。
「い、いや、オレはあれだよほら。中学も同じだったから、まあいろいろとね……」
「それなんか関係ある? まぁ別にどうでもいいけど」
「もうちょっとオレに興味持てよ。お前探偵だったら失格だぞ。重要な手がかり逃すぞ」
二人になった途端グチグチとうるさい。
無視していると再び唯李が席にやってきた。
すると慶太郎が今度はいきなり窓の外を眺め始めたので、何かあるのかと一緒になって外へ視線を向けると、とんとん、と肩を叩かれる。
振り向くと唯李が腰をかがめながら顔を近づけてきて、ややトーンダウンした声で、
「ねえ成戸くん、さっきの話……忘れてる?」
「え? あ……。……忘れてないけど?」
「絶対忘れてたでしょ今の反応」
唯李に予習やら宿題やら見せてもらった悠己は、お礼に昼休みにジュースをおごる、という話をしたのだが、二つ授業をまたいで完全に忘却の彼方だった。
「今すぐ行ってくる。飲み物何がいい?」
「うーん、何があるのかなぁ……。じゃ一緒に行く?」
「え? 別にいいけど……」
急に言われて少し面食らったが、断る理由もない。
しかしこれは当然慶太郎が茶々を入れてくるだろう……と思いきや、いつの間にか慶太郎は逃げるようにいなくなっていた。
それならそれでうるさくなくていい。悠己は椅子から立ち上がると、唯李と連れ立って教室を出た。
そして悠己たちは、校舎一階の売店脇、自販機が立ち並ぶ一角にやってくる。
このあたりは時間帯によってはそれなりに混雑するのだが、今は少し時間が中途半端なこともあり、人影はまばらだった。
自販機の前で飲み物を選んでいる生徒の背後に立つと、隣で立ち止まった唯李が口を開く。
「……ねえ、成戸くんってかなーり無口なタイプ?」
「いやそんなことないけど。普通だよ」
「ここまでひとっこともしゃべらないとか普通じゃないよね」
「それはお互い様でしょ」
一応ずっと廊下を一緒に並んで歩いてはいたが、お互い謎の沈黙を守ったままここまでやってきてしまった。
「あたしは、成戸くんがいつしゃべるかいつしゃべるのかなーって様子見てただけ。そしたら着いちゃったの!」
「そうそう、俺もそれ」
「……ほんとに?」
嘘ではない。これまでのようにてっきり向こうから何事かしゃべりかけてくると思っていたのだ。
もしかすると唯李の中では高度な心理戦が繰り広げられていたのかもしれないが、悠己は単純に自分から話題を振るのがあまり得意ではないだけだ。
唯李はどうにも腑に落ちない顔をしていたが、急に上目遣いぎみになって顔を見つめてきた。
「あ、もしかして~……緊張してたのかな~?」
「緊張? ……してたの?」
「あ、なんでもない。なんでもないでーす」
唯李はふるふると首を振ると、それきりこの話は終了とばかりに前を向く。
目の前では、さっきからカップルらしき男女が自販機の前で肩をつつきあっていた。
「ねぇねぇたっくんは~?」
「ん~どうしよっかなぁ。ミキはなにがいい~?」
「え~……。ミキはぁ……決められなぁ~い。たっくんの好きなのにして~?」
「じゃあせーので一緒に好きなの押そっか。ためしにためしに」
「よぉし、たっくんとおんなじのにするぅ~」
などとやりつつ、二人組は自販機前に陣取って盛大にキャッキャウフフしている。
周りが見えていないのかわざとなのか、そのあともたっぷり時間を使いようやく飲み物を買うと、互いに腕を絡ませながらその場を離れていく。
するとその一部始終を真顔で眺めていた唯李が、遠ざかっていく二人の後ろ姿を見ながら、
「……チッ」
「今舌打ちしなかった?」
「してないしてない、そんなことしてません~。……成戸くんはああいうの見てなんか思わないの?」
「別に……邪魔だなって」
「ふぅん……なんか初めて意見があったかもね」
「やっぱり舌打ちしたでしょ」
「だからしてないって。ダメだよそういうのは、心が汚れてるよ?」
唯李はそう言って悠己の鼻先に人差し指を立ててみせると、どれどれと自販機のほうへ目線を走らせる。
「成戸くんのおすすめは?」
「う~ん。この中だとドクペかな」
「それ以外で」
それ以外だと特にない、と言うと、唯李はさっさとストレートの紅茶を選んだ。
小銭を投入して買ってあげるついでに、自分の分も購入する。
そして早速毒々しい色の液体が入ったペットボトルの蓋を開けて飲んでいると、唯李が若干眉をひそめながら、
「……それ、おいしい?」
「おいしい。飲んだことないなら飲む?」
手にしたペットボトルをそのまま唯李に向かって差し出す。
唯李は悠己の顔と手元を一度交互に見たあと、飲み口を指さしながら、
「いやでも、それ……」
「ああ、この口のこっち側から飲んだから、そっち側なら大丈夫」
「……なんでそんなギリギリを攻めさせようとするわけ?」
「だって言うから……俺はそういうの別に気にしないけどね」
「ふ、ふ~ん……? ま、まぁあたしもね、一応言ってはみたけど、たかがそのぐらいで騒ぐほどのものじゃ……」
「じゃどうぞ」
すっとペットボトルを手渡す。
しかし唯李はつい受け取ってしまったけどどうしようという顔で、いつまでたっても飲もうとしない。
しまいにはなにか訴えかけるように顔を見つめてくるので、
「……何?」
「えっと……その、じ、じっと見られてると飲みにくい! ちょっと後ろ向いてて!」
わけもわからず回れ右をさせられる。
別に着替えをするわけでもあるまいし、どうしてここまでしなければならないのか。
などと考えているうちに「もういいよ」と声がかかり、振り返りざまに素早くペットボトルを手元に押し返されるが、中身はほとんど減ってないように見えた。
「あれ? 飲んだ?」
「飲んだ」
「減ってなくない?」
「飲んだ!」
そんな顔赤くして半ギレで言わなくてもいいのに、と思う。
どうやら味のほうがだいぶお気に召さなかったようだ。
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